3-31 恋人たちの聖地
あれから、マルゴーさんにしこたま鑑定をさせられ、へとへとになって店を出た。
そう言えば、俺、まだ病み上がりというか、起きたばかりだったんだ…と思い出しながらも、ディートリヒに肩を借りなくても歩いている姿に驚く。
やはり、ヒトと会い会話することがエネルギーになるんだろう…、そんな気がしてきた。
琥珀亭までの道すがら、魔物が襲ってきたエリアを見る。
まだ、調査などが行われているのだろうか…、ところどころ守備兵が立ち、ヒトを誘導している。
建物が全壊、半壊しているものもあれば、建物は無事でも内側が異臭を放っているものなど、さながらこれまでの世界の浸水災害に似た感がする。
建物の中を掃除しているヒトも居れば、閑散としている建物もあり、復興までには程遠いが、作業をしているヒトの顔は、曇った顔ではなく、どことなく明日に何かを繋げたいといった希望に満ちた顔をしている。
うん…、とても良い事だ。
ため息ばかりついていると幸せが逃げると言われたことがある。
まさにその通りだと思う。
今日生きている実感を明日の糧とし明日はもっと良いことがありますように、と神様に祈る。
生きているだけで、良いことがあるようにしていきたい。
そのための明後日の大慰霊祭と食事会なのだ。
いつまでも過去に囚われていても仕方がない。
そう思いながら、北西門まで歩いてきた。
「カズ様、街の外を歩いてみますか?」
うひゃ、ディーさんや、俺がやらかした地獄絵図を見せようと言うのかね?
まぁ、罪悪感を持って、今後の復興の力にしたいって事かな。
その心意気や良し!甘んじて受けようじゃないか。
「うん。じゃ、外に行こうか…。」
北西の門番に挨拶をし、外に出る。
壁は取り外され、数日前ここで戦闘が起きていたという記憶も一切ない。
が、その向こう、確か5番目の壁があった先は光景がまったく変わっていた。
「綺麗だ…。」
スタンピードでやっちまった魔法を暴発させた俺であったが、本心から綺麗と言ってしまった。
陽の光に反射した透明状の突起物が辺り一面を覆っている。
洞窟にある鍾乳石や水晶がたくさんあるような感じだ。
「カズ様、私はこの風景を一緒に見たかったのです。」
俺の左腕をぎゅっと掴んで前を見る。
うん…、何か柔らかいものが左腕に当たっているが、それは無い事としよう。
二人で惨劇から一変した光景を見渡す。
「そうだ。カズ様、外壁に上りましょう。」
ディートリヒは俺の腕を引っ張っていく。
「ディートリヒ、すまない。俺おっさんだから余り体力が無いんだ…。」
「あ、すみません。夜とは違いますものね。」
え?俺、夜も体力ないよ。動いてないし…、もっぱら動かずにいられる方法でしているだけで…。
ゲフンゲフン…。
「よく意味が分からんが、連れて行ってくれないか。」
俺は、自分の手を差し出す。
多分、男女逆だな…。男性が女性の手を引く、エスコートするってのが定番なんだろう…。
でも、すまん。今の俺にはそんな体力がない!
さっきは体力が戻って来たって言ったが、大きな嘘だ。
上下運動、階段の昇り降りは膝が痛くなるんだ。
しかし、ディートリヒはそんな思いなど微塵もなく、少し赤い顔をし、
「仕方ありませんね。カズ様。」
とにっこり微笑んで手をつないでくれる。
まさに、父と娘?祖父と孫?そんな気分になってきた。
「うわぁ、凄く綺麗!」
先に壁の上に到着したディートリヒが声を上げる。
2歩遅れて到着した俺はその広大な光景に声も出ない。
「なんだ?このファンタジーな世界は?」
そこには、やっちまった魔法の結果、七色の光を放つ水晶のような突起物が乱立し、宝石を散りばめたような美しさがあった。
「なんだか、この場所って、恋人の聖地になりそうな気がするな…。」
俺が独り言ちを言うと、その言葉をディートリヒが聞いていたようだ。
「ふふふ、カズ様、では、その聖地に一番乗りした私たちは神様に祝福されるって事ですね。」
あ、多分一番ではないと思うよ。守備兵さんとか伯爵様も見ていると思うけど…。
スタンピード後の、宝石のようなお花畑とファンタジーか…。
何か観光の目玉になるような気がするな。
「神様には祝福されていると思うぞ。その証拠に今日ディートリヒは魔法を会得したからな。」
「そうでしたね。自分でもびっくりです。そうだ、ここで試してみても良いですか?」
「いいけど、あまり派手にマナを使うなよ。俺、ディートリヒ担いで下までいけないからな。」
「はい。分かっています。」
ディートリヒはレイピアにマナを込め、そして遠方に輝く虹色の花畑に向かって剣撃を出した。
虹色の花畑には届かないまでも、陽の光によって輝く剣撃は、これからの彼女を祝福しているように見える。
「ここが恋人たちの聖地になると良いですね。」
ディートリヒが幸せそうに微笑む。
「ディートリヒ、今幸せかい?」
「はい。カズ様、これまでの私より、今の私が一番幸せです。」
そう言うと、ディートリヒは俺の前に片膝をついて首を垂れる。
「私、ディートリヒは、この命果てるまでカズ様の傍を離れません。そして、終生カズ様をお助けすることを誓います。」
ディートリヒの本気が感じられた。
俺は、貴族のような剣を肩に置き…という事は全く分からないから、屈んでディートリヒの両肩に手を置く。
「よろしくお願いするよ。ディートリヒ、君に俺の左側を任せる。」
「はい。ありがとうございます。」
彼女は泣いている。
その涙を指で拭ってあげると、彼女は瞳を閉じる…。
そして、時が止まってほしいと思うくらい、優しいキスを交わした。
外壁を降りる頃には陽も陰って来た。
俺の左側にはディートリヒが居る。腕を組んで歩く。
恥ずかしいけど問題ない。先ずはディートリヒを笑顔にしたい。そしてその自信を次に繋ぎ、皆を笑顔にする。
そんな思いをずっと持ち続けたい。
琥珀亭に着いた。
何日ぶり?三日ぶりか?
「いらっしゃいませぃ~。って、あ!ニノマエさんだ! 父ちゃん、母ちゃん、ニノマエさんが帰って来たよ~。」
大きな声でマリベルさんが厨房に声をかける。
「おう!街の英雄!戻って来たな!」
「英雄ではないんですが、ただいまです。」
「そうか、良かったよ。」
「琥珀亭は大丈夫だったんですね。」
「おうよ。店の前で母ちゃんが鍋と包丁持って立ってたからな。」
「あんた!何言ってんの!」
「うわ、やべぇ…、聞こえてたよ。」
いつもの会話だ。
この会話をこれから先もずっと聞いていたい。この風景をずっと見ていたい。そう思った。
「あ、そうそう、イヴァンさんに頼みたいことがあるんだった。」
「ん、母ちゃんか、今呼んでくるから、ちょっと待ってろ。」
うん。落ち着く。
ディートリヒを見ると、彼女も笑顔だ。
食堂で飯を食っているヒトたちも笑顔だ。
んじゃ、もう少し笑顔をみんなで分け合おう! そう心に決めた。
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