3-30 水面下の調整
「大方の話はついたな。ではニノマエ氏よ。もう少し休んでいきなさい。」
伯爵はニコニコ顔だ。
「そうお邪魔ばかりしてもいられませんので、自分もこれで失礼させていただきます。
レルヌさんや宿屋の女将にも早急にこのレシピを伝えて、当日のソースとマヨを作ってもらいますね。」
「分かった。こちらも知り合いにレシピを伝えてすぐに使えるようにしてもらっておく。」
流石、伯爵様だ。
自分の中にストンと落ちれば、行動が早い。
おそらく明日にはシェルフール中にこのレシピが伝わっていることだと思う。
「おう!そうだ。ニノマエ氏よ、大切なものを渡すのを忘れていた。
これが主のスタンピードの取り分だ。」
伯爵から革袋に入ったお金を渡される。
「今回のスタンピードで、均等割、特定素材分を合計して、金貨15枚、大銀貨76枚、銀貨4枚だ。
ただし、固有ドロップ分は換金していない。」
「固有ドロップとは?」
「それは、オークの睾丸とキングオークの睾丸だ。」
「は、キャンタマ?」
何に使うのかは分からないが、そんな嫌なものが固有ドロップなのか?
「これらは高値で取引されているものだからな。」
「因みに何に使うんですか?」
「煎じれば滋養強壮、男女が飲めば子宝に恵まれるというモノだ。オークの睾丸だと金貨5枚、オーク・キングの睾丸は希少なものなので金貨50枚くらいになると思うが。」
「は?白い奴のキャンタマですよ!?キャンタマごときが何でそんなにするんですか?」
「子宝に恵まれない者が多いんだ。」
あ、そういう事か…。
貴族や王族は血が濃すぎるって聞いたことがあるからな…。そのためのモノなのか…。
「まぁ、そういう訳でオークの睾丸3個とオーク・キングの睾丸3つを渡しておくぞ。」
げ、6つもあるのかよ。
どうすりゃいいんだよ。こんなの持ってるの嫌だぞ。
「ははは、主は正直だな。必要があるかは兎も角、要らなければ来週開催されるオークションで売れば良い。」
「はい。是非売りますよ。こんなの持っていたくないですから。」
そんな冗談だか本気なんだか分からない話をしつつ、介抱していただいたことにお礼を言い、館を後にした。
少し遠回りだが、レルネさんの店とマルゴーさんの店に行くことにする。
先ずはレルネさんの店だ。
「邪魔するで~」
「邪魔するだけなら、帰ってんか~」
「ほな、さいなら。って、ちゃうやんけ!」
いつもの挨拶だ。
「ははは。この掛け合いはニノマエさんですね!
良かった。元気になられたんですね。
ちょっと待っててください。レルネ様を呼んでまいります。」
ルカさんが笑顔で迎えてくれる。
しばらくしてレルネさんが出てくる。
「おぉ、イチか。復活したのか!」
「レルネ様。いろいろとご心配をおかけしてしまい申し訳ありませんでした。」
「ほほほ、それにしてものう、イチが戦略魔法を使えるとは知らなかったぞ。」
「あれは、突発的に出たものですので…。」
頬をポリポリと掻く。
「まぁ良い。イチのおかげでこの街が救われたからのう。で、今日は何用じゃ。」
「二つあります。一つは自分とディートリヒの魔力を測定してください。二つ目は錬金をお願いしたいのです。」
「あい分かった。しばし待っとれ。」
ルカさんが測定器を持ってきて、先ずはディートリヒを調べる。
「ふむ。一般の人よりは若干多いくらいだな。」
「そうすると、どれくらいの魔法が使えるんですか?」
「そうじゃの。自分にかける強化魔法がメインとなるの。後は日常魔法くらいかの。」
「ありがとう。それだけできれば彼女も十分だと思います。」
次に自分を測定するのだが…、レルネさんが口をあんぐり開けて何も答えない。
「イチよ、お主、もう人の域を脱しているのじゃが、何になるつもりなんじゃ…。」
もう、その一言であっさりと片づけられた。
「で、もう一つはなんじゃ。」
「このレシピでソースを作ってほしいんです。」
俺は伯爵邸で作ったレシピを見せる。
「ほう、これは何ぞや?」
「食事の時に使うソースというもので、かけると食事が美味しくなる調味料です。
これが基本形で、レルネ様のところにあるハーブや木の実などを入れることで、奥が深い味になります。伯爵様のところで少し作ってきましたので、試食してみますか。」
俺は小瓶に入った調味料を渡す。
蓋を開け匂いを嗅ぎ、小指ですくって嘗めてみる。
「うん。これはまろやかじゃの。」
「実は明後日、領主様主催で大慰霊会を教会とその前の広場で開催するのですが、そこで食事が提供することになりました。被害を受けた方は無料、その他のヒトは銅貨5枚で参加可能なんですが、その食事に必要な調味料なんです。」
「そういう事か。また伯爵がギルドに協力せよ、といった話なんじゃろ。」
「その通りです。そして、このレシピを全ギルドに提供する予定です。」
「イチよ、それは真か?」
「はい。」
「荒れるな…。じゃが、今はそれで良い…か。
では、早速うちのオリジナルを作ろうとするかの。」
レルネさん、ウキウキしてる。そんなに美味しかったのか…。
これで、錬金ギルドは協力してくれる。
明後日に教会前で会うことを約束してレルネさんの店を出る。
次に向かうはマルゴーさんの店だ。
「こんちわ!マルゴーさん、いますか?」
「いらっしゃいませ~、ってニノマエダーリンじゃないですか。」
誰がダーリンだ?
いつ、俺がアイナさんのダーリンになったんだ?
って、モジモジするんじゃない!
「お!ニノマエさんじゃねえか。元気になったんだな。」
「え?何で知ってるんですか?」
「そりゃ、おめぇが街を救った英雄だって、吟遊詩人が歌ってたからな。」
「へ? 吟遊詩人って。」
「広場に行きゃ会えるかもな。で、今日はどうした?」
「お願いが二つありまして。」
「なんだ、言ってみろ。」
「一つ目は、このテーブルくらいの鉄板を、ギルドを通して50枚ほど作ってほしいんです。」
「厚さはどれくらいだ?」
「そうですね、自分の小指の半分くらいで。」
「それなら容易いな。近いものなら裏にあるが、見てみるか?」
「是非。」
マルゴーさんが裏に連れて行ってくれた。
熱気がすごい。汗がいっきに出てくる感じがする。
「これくらいのでいいか?」
マルゴーさんが一枚の鉄板を持ってくる。
「そうです。これくらいで十分です。」
「で、何に使うんだ。」
「これはですね…、」
俺は伯爵主催の大慰霊祭、そこでの大食事会の事を話した。勿論、飲み物は持ち込み自由と。
「なんでぇ、酒はついてこないのかよ。」
「酒があったら、鍛冶ギルドが全部飲んじゃうじゃないですか。だから各自で好きな酒を持ってくるんですよ。」
「ははは、違いねえ。下手したら、半日で街中の酒を飲んじまうかもしれないからな。
で、この鉄板はどうするんだ。何か焼くのか?」
俺は、マルゴーさんは説明するより食べてもらった方が早いと分かっているので、奥様のマーハさんと一緒に厨房で今ある野菜を具材に“お好み焼き”を作り、その上に小瓶に分けておいたソースを塗り3人に試食してもらった。
「おい、ニノマエさんよ…、あんたどこぞの料理人か?」
「いえ、違いますよ。この料理は自分の住んでいたところで食べていた料理です。
簡単に作れるので、忙しいときには良いと思います。」
「で、これをつくるために鉄板が必要だって事だな。分かった。早速作る。」
「あ、それとこんな感じの平たくて薄いのを100個ほど作ってほしいんです。」
「こりゃ、何だ?」
「“へら”って言って、お好み焼きをひっくり返すときに必要なんですよ。」
「分かった。これも作っておく。任せておけ!」
二つ返事だった。論より証拠だな。
「かぁちゃん、明後日は店閉まって食いまくるぞ!」
「あんたはやらなきゃいけない仕事が溜まってんだからダメ!あたいとアイナで行ってくるよ。」
「そんな…、かぁちゃん…。」
どの家庭も女性は強いんです。
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