7.

 その後も様々なハプニングやトラブルを乗り越えつつも、マイとソラはこの2年半あまり、それなりに充実した中学生活を送ってきた。


 元の空より体格の劣るソラは、俊足と巧打力を活かした1番打者へと転向し、ご存じの通り成功している。


 マイの方は、ひ弱で運動神経もイマイチな状況に当初は苦しんだものの、精神的には本来の舞より根性があったおかげか、徐々に体力も(あくまで女子中学生としてのレベルだが)改善した。

 また、幼少時にオルガンを習っていたおかげかリズム感がよく、積極的に知識を蓄えたこともあって、運動能力が十分についてくると、一転チア部の練習でも抜きんでた演技ができるようになった。

 三年生になった今では、その実力と真面目な性格を見込んで副部長を任されているくらいだ。


 こういう状況なので、対外的には幼馴染という名目でふたりは共に過ごす時間が多かったものの、部活仲間やクラスメイトとも、それ相応の交流は持っているし、その中で今の立場に沿った“同性”の友人もできた。

 それらの友人と、女子中学生、男子中学生らしい毎日を送り、不慣れなことに戸惑いつつも、いつしかそれ以上に、新たな発見や楽しみを見出すようになっていた。


 無論、良いことばかりではない。


 1年の秋に打者としてスランプに陥ったソラをマイが懸命に励ましたこともある。


 逆に、2年の終わりに、“舞桜のイチロー”と親しいことを嫉んだ女の子たちに「なんで、あんなペチャパイデカ女が……」と陰口を叩かれて、ショックを受けたマイを、ソラが慰めてくれたこともあった。


 身長が高い(といっても165センチ程度だが)のも、胸がペッタンコなのも、マイが元々男の子であることを考えれば無理もない、当然の話なのだが、その時、なぜかマイは多大なコンプレックスを感じたのだ。


 (私は、ソラくんのそばにいるのにふさわしくないんだ……)


 いつの間にか、心の中でも「ソラ」と呼ぶようになっていた相手から距離をおくべきだと考え、無性に悲しくなるマイ。


 幸いにして、“彼女”の友人たちが何があったか察してソラに注進してくれたおかげで、急によそよそしくなったマイの部屋にソラが押しかけ、半ば強引に彼女の本音を吐き出させてくれた。


 「私、ソラくんのそばにいたい、いたいよ……」

 「なら、それでいいじゃねぇか。オレだってマイにそばにいてほしいし」


 野球部に入って随分伸びたが、それでもまだ“彼女”よりいくぶん背の低い彼に、強く抱きしめられ、マイは嬉し涙を流した。


 (あれからなんですよね。私が“彼”になんとなく頭が上がらなくなったのって──恥ずかしいトコ見せちゃったからかなぁ)


 頭が上がらなくなったというか、無意識に甘え、頼りにするようなっているのだが、本人に自覚はないようだ。

 ずっと、自分が庇護してきたと思っていた存在に、今や自分の方こそが守られる立場なんだということを、理屈ではなくハートで実感させられたのだろう。

 それまで“男のプライド”という言い訳でかろうじて一線を保っていた空としての意地がポッキリ折れ、“女の子としての自分マイ”を素直に受け入れるようになったというところか。


 「でも、賭けまでしてソラくんがしてほしい“お願い”って、何なんでしよう」


 日曜の午後、“彼”が訪ねて来るのを、マイは落ち着かない気分で自室で待っていた。

 居間やダイニングならともかく、ソラをこの部屋に招き入れるのは、久しぶりだ。


 「っていうか、ホントはココが“彼”の部屋なんですよね……」


 即ち、マイにとっては幼馴染とは言え他人の部屋のはずなのだが、今となっては少しもそういう気がしない。


 それは、2年半あまりもここで寝起きしてきた慣れによるものもあるだろうし、またその2年半のあいだにマイ自身の手によって部屋が相応に様変わりしていることも関係しているだろう。


 ぬいぐるみやマスコット人形が数体増え、カーテンやベッドカバーは淡い色のレースで彩られた可愛らしい代物へと変わり、本棚の少女漫画やファッション誌も順調に量を増している。


 あの朝、目覚めた時と比べて、箪笥の中のワードローブも随分増えたし、その大半が(今のマイの嗜好に合わせた)年頃の女の子らしいフェミニンなものだ。


 一昨年の夏の“舞の誕生日”に父親が買ってくれたドレッサーには、いくつかの化粧品類が並んでいるし、就寝前や起床後はその前でブラッシングしたりスキンケアしたりもしている。


 それに、優等生な女子中学生らしく、普段学校がある日はほぼスッピンのマイだが、こんな風に休日にソラと会う時は、多少は気合を入れてメイクもしているのだ。

 ──もはや、立場交換する前の舞より女の子らしいとか言ってはいけない。本人があえて気が付かないフリをしているのだから。


 そうこうしているうちに、玄関の呼び鈴の音とともに、“彼”の声が聞こえてきた。


 「こんにちはー」

 「まぁ、空くん、こんにちは。相変わらずカッコいいわね」


 (もう、何言ってるんですか、ママは!)


 年甲斐もない“自分の母親”の言葉に、自室で聞き耳を立てていたマイの眉が吊り上がるが──そこには僅かな嫉妬がにじんでいた。


 「ははっ、恐縮です。おばさん、マイは?」

 「二階の自分の部屋にいるわ──そうそう、今日はパパは朝から釣りに出かけているし、わたしもこれからちょっと郊外のヨウコ堂まで買い物に行くつもりなの」


 (ええっ、聞いてませんよ!?)


 「はぁ、そうなんですか」

 「つ・ま・り、しばらくウチには空くんとあの子のふたりだけだから……ね♪」


 (ね♪ じゃありませんよ。年頃の娘を同い年の男の子と長時間ふたりきりにするって、ソラくんが誤解したらどうするつもりなんですか!)


 マイとしては、いつも通りソラが軽く流してくれるのを期待したのだが。


 「えっと、そのお心遣いは有り難く」


 (え!?)


 「あら、もしかして空くん、今日は本気? 今夜はお赤飯かしら」


 (ななななな……)


 「いや、流石にそこまで一気には」

 「まぁ、空くんなら安心してあの子を任せられるから、別にいいわよ。でも学生のウチは、避妊だけはキチンとしなさいね」


 (ひひひ、避妊って……)


 二階で聞いてるマイは真っ赤になって悶絶している。

 自分とソラが“そういうコト”をしている場面を思い浮かべたのだろう。


──トン、トン、トン……


 階段を上ってくる足音がする。


 (ああ、もうソラくん来ちゃった。どんな顔して会えばいいのよぅ)


 ……

 …………

 ………………


 そして翌週の月曜日、桜合舞と星崎空がこれまで以上に親密に(ほとんどダダ甘といっていいレベルに)仲睦まじい様子で登校してくる様子を、彼らの友人たちは目にするハメになる。


 「ちょっと舞、アンタもしかして──彼氏とヤッちゃった?」

 「こらこら、マッキー、お下品やで。ここは慎み深く、こう聞くべきやろ──なぁ、舞やん、昨日はふたりで貫通式やったん?」

 「どっちでもおんなじです! それと黙秘権を行使します!」


 即答した彼女の答えに、槙島と相良はニヤリと頬を歪める。


 「ほぅ、黙秘権。今までやったら即座に否定したやろうに」

 「そういえば彼氏って言われたのも否定しなかったわね。そこんトコ詳しく!」


 さらにくらいついてくるクラスメイト兼部活仲間の興味本位な追及を懸命にかわす舞。

 その姿は、どこからどう見ても、“彼氏と想いが通じ合って幸せな女子中学生”そのものだった。

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