6.

 こうして僕たち、いや“私”たちの新たな“日常”生活が始まった。


 意外なことに“星崎空”の立場を得た舞は、拍子抜けするほどあっけなくソラとしての生活に馴染んでいた。


 「普通、この種の『転●生』的シチュエーションって、男より女の方が戸惑ったり嫌がったりするものじゃないんですか?」

 「だって、オレ、ずっと空くんに憧れていたからね!」


 そんなことを言って屈託なく笑うソラは、確かに楽しそうに男子中学生の野球部員という立場を謳歌しているようだった。


 実際、傍から見ている限り、運動能力は以前の僕──“星崎空”のものを引き継いでいるようだし、野球の技術に関してもそれは同様だった。

 さすがに細かい知識に関しては一朝一夕で身につくものではなかったようだけど、元々“桜合舞”は“星崎空”と親しく、”空”との会話で出て来たわからない言葉などについては、その場で聞いたりネットを見たりしていたので、その不足分も些細なものだったようだ。


 男友達とのつきあいも、なにしろ幼稚園+小学校の8年間を同じ学校で過ごし(しかもその半分以上は同じクラスだ)、今年中学に入ってからも案の定クラスメイトになっていたおかげで、“星崎空”のおおよその交友関係は心得ていたようで、さほど困らなかったらしい。


 ──まぁ、一時期、「何か最近、星崎のヤツ、妙にハイテンションだよな」とか噂が立ってたみたいだけど、それもすぐに収まったし。


 けれど、“桜合舞”として過ごすことになったマイの方は、そうもいかない。


 (こうしてみると、僕、幼馴染のクセに本当に舞のことを知らなかったんだな)


 小学校時代からの舞と親しい友達くらいは、一応名前と顔が一致するけど、中学に入ってからの友人はかなりアヤしい。

 舞は色々見ていてくれてたのに──って、なんだか申し訳ない気分になったけど、反省するより、今は対策を考えないとなぁ。


 交友関係以外にも、衣食住その他も問題が山積みだ。


 たとえば服とかオシャレ関係。

 有名私立女子校とかの可愛らしいけど着るのがしち面倒くさそうなの代物とかとは違って、ウチの中学の女子制服はシンプルなブラウス+ベスト+スカートだ。


 スカートを履くのは気恥ずかしいけど、“桜合舞”は校則通り膝丈の長さにしてくれていたので、ミニと言える程短くなかったのも不幸中の幸いかも。

 ──それでも、最初の頃は足元がスースーする感触に違和感バリバリだったけど、ほぼ毎日着る服なんだから、嫌でも慣れるしかない。


 女の子の下着も、最初は触ることさえ罪悪感があったけど、「今は自分がマイなんだから」と懸命に言い聞かせて、何とか普通に着替えられるようになった。


 一方、食べ物関係は、地味に嬉しかった点かも。舞の──ううん、“私”のお母さん、元は洋菓子店に勤めていたパティシェールだったから、料理がすごく上手で、その点は空時代からうらやましく思ってたし(空の母さんは……まぁ普通の主婦レベルかな?)。


 ただし、“女子中学生の桜合舞”としては、あまりガヅガツした食べ方はできないし、量もあくまで「健康的な女の子」レベルまでしか食べるわけにはいかない。


 その点でストレスが溜まるかも──って思ってたんだけど、どうやら身体の方は今の“立場”に適応している(させられてる?)みたいで、いつもの半分くらい食べただけで満腹になっちゃったし、無理に急がなければ自然と女の子らしい上品な食べ方ができてるみたいで、ひと安心。


 最後の“住居”については、今のところは無難にやり過ごせていると思う。

 元々、小学校4年生くらいまでは頻繁に互いの部屋を行き来してたし、家の中自体も、親戚の家とかよりはずっと詳しいくらいだし。


 ただし、舞が女の子だからか、部屋を散らかしたりしてると「お掃除しなさい!」とお母さんにすぐに叱られるのは、まぁ、仕方ないよね?

 お風呂もウチ──星崎家よりもひと周り広くて綺麗だし、ひとり娘だから甘やかされているのか、いつも一番風呂に入れてもらえるし。


 ただ、やっぱり「女の子って面倒~」って感じることも多い。

 髪の毛を梳いたり、身だしなみをしっかり整えることについては、お母さんもお父さんも割と厳しいし、お行儀の悪い行動についても、しっかり注意される。

 学校から帰った時に着替える私服も、適当にラフな格好してればよかった空の時と比べて、それなりにキチンとした服装でないとお母さんが眉をしかめるし。


 そんな窮屈さの憂さを晴らすべく、せめて体を動かしてチアリーディング部の練習に専念しようとするんだけど、この身体というか“立場”は、絶望的に体力がなかった。


 あの日、ソラになった舞が喜んでいた通り、腕立て伏せも一回が限界、1キロどころか500メートルほど軽く走っただけで息が切れ、跳び箱の6段すら飛べない。


 当然、チア部の練習にはついていくだけでヘトヘト。

 一緒にチア部に入ったクラスメイトの槙島さんや相良さんは「無理しちゃダメだよ、舞」と心配してくれたし、ソラも「どうしても辛かったら、辞めてもいいぜ」と言ってくれたけど、“私”にも(元男の)意地があります。


 毎朝早起きして軽いジョギングと体操をし、寝る前にもストレッチや柔軟で身体を解し、休み時間には図書館でトレーニングやチア関連の本を呼んで知識を蓄える。


 その甲斐あって、夏休みが始まるころには、何とかチア部の練習でも遅れを取らずに済むようになりました。


 その頃になると、“桜合舞”としての生活にもだいぶ慣れ、幾分精神的にも余裕ができたので、この“立場交換”についても、いろいろな角度から考えてみることができました。


 “星崎空”としての暮らしに完全に馴染んだソラくんとも相談した結果、どうやら原因は、あの日の舞の“願い”にあるのではないか──という推論にたどりついたまでは良かったんですけど……。

 もし、それが本当なら困ったことでもありました。


 「噂では、あの社は願い事を“一度だけ”叶えてくれるんだって」


 言いかえれば、つまり“二度目”はないということ。

 実際、度々ふたりであの社に足を運んで、神様の機嫌をとるべくお供えや掃除をしてから“願掛け”をしているんですけど、あれ以来、一度もあの“声”が聞こえたことはありません。


 ここ以外に手がかりはないが、さりとて具体的に何をしたらいいかもわからない──というのが正直なところ。


 そのため、最近では、週に一度、日曜の早朝にふたり揃って足を運ぶ程度の、もはや惰性の習慣と化している観があります。

 ──まぁ、休日の朝から一緒にお散歩って感じで、ちょっぴり楽しみにしてたりもするんですけどね♪

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