4.
それは、ふたりが中学に入学したばかりの4月半ばのある土曜日の話。
中学校という新たな環境にも多少は慣れ、また1年生のクラブへの参加も学校からOKが出たことから、この日、ふたりはそれぞれ希望する部活への入部届を出していた。
星崎空は、小学生時代からリトルリーグに入っていたこともあり、野球部へ。
一方、桜合舞はどちらかと言うとインドア派の少女であり、幼馴染の空はてっきり何か文化系のクラブに入るだろうと思っていたのだが……。
「え!? 何、舞、チアリーディング部なんて入ったの!?」
ちょうど時間が合ったので学校から一緒に帰る途中、舞からそのコトを聞いた空は、思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。
「う、うん……やっぱりヘンかなぁ」
恥ずかしげにうつむく少女を見て、慌てて少年はフォローする。
「い、いや、全然そんなことないよ! 舞はかわいいし、チアリーダーの衣装とかも似合うだろうなぁ!」
コレを何の打算もなく素で言ってしまえるあたり、少年と少女の距離感の近さが推察できるだろう。
「ただ、舞ってあんまり運動が得意じゃないだろ。よくは知らないけど、アメフトの応援とか見てると、チアリーディングって結構ハードっぽいし」
「それは、大学生とか社会人だからだよぉ。中学の部活なら、そこまでハードってことはない──と、思うんだけど……」
言ってるうちに自分でも自信がなくなってきたのか、舞の言葉が尻すぼみになる。
「ま、しばらくやってみて無理そうなら、最悪転部って手もあるんだし、何事もチャレンジしてみるのはイイと思うよ。でも、なんでいきなりチアリーディングなんだ?」
「うん、あのね。舞は空くんの言う通り、あんまりスポーツとか得意じゃないから、空くんにつきあってトレーニングとかできないでしょ。だから、せめて野球部で頑張る空くんをチアで応援してあげたかったの」
仲の良い幼馴染で、親愛・友情・恋慕の3つがごちゃ混ぜながら間違いなくお互いのことを大切に想っている相手からそんな事を言われて、嬉しく思わない男がいるだろうか。
当然、空も、照れくさそうに視線を明後日の方に向けつつ、内心では「くぅ~、舞のヤツ、可愛いこと言ってくれるなぁ!」とテンションが鰻上りだった。
そのせいもあって、舞に「ちょっと寄って行きたい場所があるけど、いいかなぁ?」と聞かれた時も、上機嫌で承知したのだ。
舞に連れられて林の中の小道を抜けると、そこには小さな神社らしき建物があった。
「へぇ、こんなトコに神社──っていうかお社があったんだ」
「うん。願掛けの穴場なんだって」
確かに古いし小じんまりとしてはいるが、荒れた感じはしないから、誰かが頻繁に通って掃除とか手入れをしているのだろう。
舞がカバンの中から取り出した紙にメモしてあった“願掛けの作法”に従って、ふたりは揃って並んで社の前に立ち、まずは二礼二拍で挨拶。続いて、柏手を打った手を合わせたまま、心の中で願い事を思い浮かべる。
(神様、僕は自分のことは自分で頑張りますから、舞の願い事をかなえてあげてください)
先ほどの幼馴染のけなげさに打たれたのか、空少年はとても優等生な“お願い”をしている。
まぁ、神頼みで願いがかなうとは本気で思っていないが故の鷹揚さなのだろうが、もし、隣りの舞の願いを知っていたなら、そうはいかなかったかもしれない。
(神様、もしできるなら、あたしも空くんと同じくらい野球とか運動が得意になって、空くんのことを、もっともっと理解したいです。それで、空くんにも“桜合舞”のこと、もっともっと知って欲しいです!)
内気でおとなしげな外見に似合わず(いや、あるいはそれだからこそ、か)まだ幼さの残る少女は、どうやら心の内に激情を秘めていたようだ──1歩間違えばヤンデレと言われそうな気もするが。
最後に一礼して参拝を終えたふたりだが、その時、不思議なことに頭の中に「──その願い、叶えて進ぜよう」という声が聞こえた……ような気がした。
「え? 何、いまの?」
「あぁ、やっぱりここ、神様は本当にいたんだぁ」
うろたえる空と対照的に舞はうれしそうだ。
(これでわたしの願い事、かなえてもらえるんだ)
ニコニコ顔で動じていない舞を見て、空も落ち着きを取り戻す。
「ちぇっ、本当に神様がいるなら、もっと別のお願いをしとけばよかったかな。舞は、どんな願い事をしたの?」
「んー、ないしょ。さ、そろそろお家にかえろ、あたしなんだかお腹がすいちゃった♪」
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