2.
球場のそばにあるシャワー室付属の女子更衣室で、私たちはチアリーディングのコスチュームから学校の制服に着替えることになりました。
先ほどの決勝戦の興奮がまださめやらぬ状態ですので、皆テンション高く、今日の試合のことなんかをおしゃべりしていたのですが、思わぬ方向へと話題が転がり始めました。
「それにしても、舞はいいなぁ。あんな素敵な彼氏がいて」
へ!? それってやっぱり……。
「あのぅ、もしかして、ソラくんのこと、ですか?」
「決まってるじゃん。ほかに誰がいるのよ」
えっとですね。
「いえ、ソラくんと私は単なる幼馴染ってだけで、別に……」
つきあっているとかそういう仲では、と続けようとしたのですが。
「はぁ? まだそんなこと言ってんの?」
「先週末かて、アンタら、商店街で仲良くデートしとったやん」
そ、それは駅前に新しくできたパスタ屋に行こうって誘われただけで……。
「ほほぅ、でもお昼ごはん食べたあとも2時間ほどふたりでカラオケ行ってたよね」
な、なんで知ってるんですか!?
「あたし達も、同じカラオケにいたからよ!」
ぐっ……それは、言い逃れできませんね。
「ていうか、アンタら、野球部とチア部の休みが重なった日は、いつも一緒に帰っとるやろ」
それは、まぁ、家が隣り同士ですし。
「ふ・つ・う・は! 中学生にもなったら、たとえ家が近所の幼馴染だって、男と女なら、とくに理由もなく一緒に登下校したりしないの!」
「“一緒に帰って友達に噂とかされると恥ずかしい”からなぁ」
えーと、そういうもの、なんでしょうか?
「まったくこの子は図体ばっか大きくなっても、てんでお子様なんだから」
クラスメイトで、チア部でもいちばん親しい槙島さんが、チアコスを脱いだ下着姿のまま、うりゃっと後ろから抱きついてきました。
「ちょ、着替えられないからやめてくだ……ひゃん!」
ど、どこ触ってるんですか!?
「んー、あいかわらず、ツルペタストーンのちっぱいだねぇ」
ぅぅ~、気にしてるのに、ヒドいです。
「大丈夫、貧乳は希少価値でステータスやから。ウチらツルペタ同盟として、くじけず強く生きていこ?」
私に負けず劣らずのバストサイズを誇る(無論、小ささという意味で)、相良さんが、そう言って慰めてくれますが、素直にうなずけるものではありません。
とは言え、いつもの部室ではなく公共の施設ですから、あまり私たちだけでのんびり占有しているわけにもいかないでしょう。じゃれあいをやめて、着替えに専念することになりました。
ミニワンピースタイプのチアコスを脱いで、ブラ(AAカップだって一応してるんです!)とショーツだけの恰好になってから、シャワーを使ってる暇はないので汗をひと通りタオルで拭い、香料入りデオドラントのスプレーをシュッとひと吹きします。
スポーツバッグから、畳んだブラウスと制服のスカートを出して、手早く身に着け、ロッカーの扉についた鏡を見ながら髪と身だしなみを軽く整えて、足元もチア用スニーカーから革のローファーに履き替えれば着替え完了です。
スポーツバッグを肩にかけ、女子更衣室から出ると、ちょうど道を挟んで対面にある男子更衣室から、野球部の人達が出てきたところでした。
「あ、皆さん、お疲れさまー、それと優勝おめでとうございます」
私は、いろいろあって野球部の人たちも比較的親しいので、そんな風に声をかけました。
「おぉ、ありがとう、桜合(さくらい)さん。チア部の人たちも応援サンキューな!」
エースで4番で長身のイケメンという、どこかの野球マンガに出てきそうな(たぶん主人公のキザなライバル役とかでしょう)キャプテンの八重垣くんが、如才なくそう返してきます。
八重垣くんは、同じ3年生だけでなく下級生の子たちにもファンが多い人気者です。案の定、1、2年の後輩たちは“目がハート”状態になってます。
もっとも、同級生の槙島さんや相良さんは「カルくてチャラい」「リアクションがイマイチ」とあまり高い評価を下してないみたいですけど。
PTAが講堂でお祝いパーティの用意をしているそうなので、なんとなく流れでそのままチア部と野球部は一緒に学校に戻ることになったのですが……。
「よっ、マイ!」
「あ、ソラくん」
本日のMVP候補のひとりと言えるソラくんが、私の隣りにやってきました。
「どうだった、今日のオレの活躍ぶりは?」
「ええ、とっても凄かったです──羨ましいくらいに」
後半、思わず本音を小声で言ってしまいました。
幸い、周囲の人は元よりソラくんにも聞こえていなかったようで、「そうかそうか」とご満悦。
「最後のアレは一応二塁まで踏んだんだからツーベースヒット扱いだよな? サイクルヒット達成だから賭けはオレの勝ちだぜ」
「え? 賭けって……あっ!」
そういえば試合前にソラくんと「今日の試合でサイクルヒットを達成したら、ひとつ言うことをきく」という約束をしてたんでした。
決勝に臨むソラくんのモチベーションが、少しでも上がればと思っての言葉だったのですが、まさかホントに達成するとは……。
「わ、分かりました。約束、ですからね」
「よし。じゃあ、明日、お前んち行くから、その時にな」
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