そして輝く星空のように

嵐山之鬼子(KCA)

1.

 夏本番──というにはまだ少し早いが、それでも屋外に出て座っているだけでも自然と汗ばんでくる季節。雲ひとつない天気もそれを助長している。

 この市営グラウンドでは、土曜日の昼前から、全国中学校軟式野球大会の地区大会決勝戦が行われていた。


 午後2時を回ったところで、今まさに9回裏ツーアウト満塁。ランナーがひとりでも帰れば同点、ふたり以上生還すれば大逆転という、まさに大詰めともいえる局面であり、両チームは元より観客やそれぞれの応援団のボルテージも最高潮まで高まりつつある。


 三塁側スタンドには、片方のチーム──すぐ近くの公立校である舞桜中学校の応援団が陣取り、熱い声援を送っていた。


 「「「「ふれっふれっ、まいおー! ごーごーれっつごー、まいおー!」」」」


 舞桜中にはクラブ活動としてのチアリーディング同好会が存在しており、10人ほどの所属部員が校名の“桜”にちなんだ色鮮やかなピンク色のミニスカ衣装に身を包んで、ポンポンを手に動きを揃えて応援している。


 バッターボックスに入ったのは背番号7番、3年生のレギュラーでショートを守る“星崎 空(ほしざき・そら)”だ。

 身長はあまり高くないが、学年で1、2を争う俊足と優れた動体視力を持ち、的確に出塁&盗塁をキメる(公式戦の出塁率はなんと7割以上だ)ことから、“舞桜のイチロー”の異名を持つ。このような場面では実に頼りになる選手だった。


 相手チームもそのことは分かっているのだろう。本来なら敬遠したいところだろうが、それでは押し出しで同点になり延長戦にもつれ込んでしまう。

 覚悟を決めたのかマウンドのピッチャーは外角低めすれすれにスライダー気味の球を投げ込んできた。

 1球目は見逃したものの、2球目は打ち返してファールに、3、4球目は低すぎたためボールになる。


 カウントは2-2。二死満塁でこの状況は、攻守どちらにとっても多大なプレッシャーだが、もう一度だけ外せる投手側がやや気分的には楽だろうか。


 しかし、その僅かな余裕が逆に仇になったのだろう。

 スリークォーターのフォームから放たれた5球目は、先ほどに比べていくぶん制球が甘く、星崎選手の膝の上あたりを通過する──かと思われた時!


 「この瞬間を待っていた!」


 “舞桜のイチロー”が見逃すはずもなく、鋭くカットされたボールは、ライナー性の軌跡を描いて右中間へと飛び、ホームランにこそならなかったものの、フェンス下部に当たってセンターとライトの丁度中間のかなり深い位置へと転がった。

 おかげで、三塁はもちろん二塁にいたランナーもかなりの余裕をもって本塁に帰ることができ、この瞬間、舞桜中の地区大会優勝が決まったのだ。


 三塁側からベンチ・スタンド問わずひときわ大きな歓声があがり、逆に相手校のいる一塁側からは落胆の溜息が漏れた。


 「ぃやったーーーっ!!」


 チア部員たちも、先ほどまで懸命に振り回していたポンポンを放り出して、抱き合ってピョンピョン跳ねながら、喜びの声をあげている。


 と、その時、この試合の殊勲者とも言うべき星崎選手が、整列のためホームのそばに戻る途中で、サムズアップした右手を三塁側スタンドに向かって大きく突き出す。

 その視線の先は明確にチア部のいる辺り──もっというなら、その中のひとりを見つめていた。


 「ありゃりゃ、星崎くん、やるねぇ」

 「ホラホラ、舞、愛しの彼氏の挨拶にちゃんとこたえてげないと」


 先ほどまでの純粋な歓喜の笑顔とは異なる、どこか人の悪いニヤニヤ笑いを浮かべて、チア部員たちは仲間のひとり──“舞”と呼ばれた背の高い少女を急かし始めた。


 「え!? いや、あの、えっと……」


 うろたえながらも、皆の勢いに負けて小さくヒラヒラと手を振る舞。

 彼女から反応があったことに満足したのか、星崎選手は駆け足で整列するチームメイトの方に戻っていった。

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