赤い糸が見えた (2)
自分は結婚はしないと思っていた。あまり恋愛の感情が分からないのだ。嬉しさよりも面倒さが勝ってしまう気がしていた。
未来の私はなぜ結婚などしたのだろう。恋愛感情が分かるようになったのか、同じ家で生活する者として居心地が良かったのか。
お互いに働いてはいるのだろうか。私も長谷川くんも堅実な性格だと思う。
仕事が終わる。家に帰って来る。「ただいま」と声をかけると「おかえり」と返事がある。
先に帰ってきていた彼がご飯を作って待っている。お礼を言って、晩御飯を食べ始める。
どんな会話をしているだろうか。仕事の話をしたり、テレビを見ながら話をしたり、一緒にyoutubeを見たり? 今はお互いに黙っていても何とも思わないが、果たしてそこは変わらないのだろうか。
あの日以来、結婚生活を想うことがあった。今の私と長谷川くんの関係からすると、案外それほど面倒ではないのかもしれない。お互いに過干渉な性格ではない。だが、夫婦となるとどうだろうか。今は友だちだから、相手に何かを期待することもない。結婚して夫婦になったとして、友人以上の何かを私たちは一体どこに見出すのだろう。
それが独占を意味するなら、そこに期待を伴うなら、そう考えるとやはり不安になってしまう。
組んだ腕を気怠く机の上に置いて、窓の外を見ていた。一番窓側の席だから、そうすると誰にも表情を見られなくて済んだ。
誰かが私の目の前の椅子を引いた。
「千恵、また悩んでるんだ」
「悩んでない」
「定義はどうでもいいの。一番短い言葉で、意味が大体あってるんだから」
中川佳奈はそう言うと、自分の肘で私の肘を小さくつついた。
「それよりもさ、千恵にちょっと話があるんだけど」
佳奈は声を抑えて言った。丁寧にも口に左手を添えている。深刻な雰囲気はない。御節介焼きの響きがあった。
「長谷川君って今、好きな子いるかとか知らない?」
「知らない。いないような気はするけど」
佳奈から長谷川くんの名前を出されて、少なからず私は動揺した。私の態度に露骨なところがあったのではないかと思ったのだ。佳奈に分かるのなら、長谷川くんにもきっと分かってしまう。
「おーそっか。そうなんだね」
もったいぶった口調で佳奈は喜んだ。私はなぜか少し腹が立って「結婚する相手はいるみたいだけど」と心中で呟いた。
「実は、茉莉香が告白しようか悩んでいるらしいんだ。でもあんまり女子と喋らないから、彼女がいるか分からなくて、千恵に聞いて欲しいって頼まれたんだ」
「え。へえ、ふーん……」
「……嫌な聞き方だよね。私は別に千恵がただの友だちだって知ってるから、まあいいかなとは思ったんだけど。悪い子ではないの。ただ、ちょっとずるい」
「いいんじゃない。別に」
本心からそう思っていた。
私も茉莉香のことは知っている。確かに性格の悪い子ではないのだが、恋に恋しているタイプであって、その上で人生と恋が一本で成り立っているような子であった。
だから、あの茉莉香が好きになるタイプなのかと驚いただけ。
「ひょっとして、長谷川くんってモテるの?」
「え……うん。まあ、そりゃね。優しいし、嫌いな人はまずいないんじゃないかな」
……そうなんだ。
あ、私、最悪だ。
恥ずべきことに、ささやかな自尊心が満たされていた。
茉莉香であればその資格はあっただろう。だが求めていないと言い張る私に許されることではない。彼を装飾品のように思う心だけは決してないと断言できるのだから。
「いいんじゃない。別に」
興味の無い振りをして呟いた。もうこの話題を終えたかった。言霊があるのなら、自分を罰して欲しかった。
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