赤い糸が見えた
直井千葉@「頑張ってるで賞」発売中
赤い糸が見えた (1)
あの人と結婚すると知って「あ、そうなんだ」と思った。
笑うポイントが似ていた。先生の説教の最中、不意に鳴ったスマホ。みんな恐怖に顔を引きつらせるか、うんざりしていた。そんな中、長谷川大輝と私だけが笑いを噛み殺していた。
好きなYoutuberが同じだった。チャンネル登録者数10万人のお洒落ゲーム実況者。私は3万人の頃からファンだと言った。長谷川くんは「俺はニコニコの頃から見てた」と言った。
嫌いなものが一緒だった。人の痛みの分からない人間にはなりたくなかった。くだらないねと軽口を交わした。どうでもいいかと静かに言った。
でも、別に好きではなかった。
親友でもなかった。いい友だち、そんな感じだろうか。彼も同じだろう。長谷川くんから恋の相談をされたことだってある。別に「実は私のことが好きで遠まわしに伝えていました」とかでもない。彼は由子ちゃんが好きだった。長谷川くんがうじうじしている間に由子ちゃんには彼氏が出来た。
「長谷川大輝くん、いるでしょ? 私、あの人と結婚するよ」
だけど、私は私にそう言った。町がオレンジに燃えていた。寺の敷地を抜けた先のコンクリート塀の上から私は足を投げ出していた。山の上にある寺だったから、町が一面見渡せる。近頃私は自分だけの秘密の場所を探していて、ここは最有力候補の場所だった。それで少し考えをまとめたいときには決まって訪れていた。
そこに私を大人にしたような、或いは母を若くしたような、親近感だけはある知らない人が、気が付くと隣で同じように座っていた。
「私ね、未来のあなたなの。あんまり時間もないし、そもそも出来ないのかなあ。ごめん、説明は難しいんだ。あ、でも私である証明は勉強机の左の引き出し側の天板裏にあるものを知っていること」
「……急いでいるなら、早く要件を済ませてよ」
「あら、こんなに利発だったかしら。でも用事はさっきので終わりよ」
「……私が長谷川くんと結婚することだけを伝えに来たの?」
「そうよ」
「なんで?」
「それは知らなくても大丈夫」
「いやいや」
「とにかく伝えたから。ちなみに他の人に言ったら駄目だからね。未来が変わっちゃうかもしれないから。よく聞くでしょ? まあ変えたいなら変えてもいいけど。大輝くんと結婚して私は本当に幸せだと思ってるからさ」
え、もう駄目なの。その言葉を最後に未来の私は突然姿を消した。私の目の前で消えた。
夕日を透かすようにして、未来の私がいた場所を観察した。田んぼが広がっている。三階以上の建物なんて無い土地だったのに、最近できた大きなマンションが場違いに一棟だけ建っている。
芸がないと思いつつも頬をつねってみる。頬を叩く。頬を叩く。耳に軽く振動が残る。治まるのを待って、また元の塀から足を投げ出した姿勢へと戻った。
私が、長谷川くんと結婚する?
余計なことをしてくれた。私が何かアクションを起こして問題があるのなら、私に伝える必要はないだろうに。何も言わなければ私はそのまま長谷川くんと結婚していたはずなのだ。
しかし、構える必要もないのかもしれない。結婚するのならば、するのだろう。しないのならば、しないでいい。未来の私が何をしたかったのかは謎であるが、理由を伝えてくれない以上こちらが努力する必要性も分からない。
何も変わらない。今まで通りでいい。そのはずなのだが、なぜか私は強い不安を覚えていた。
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