第15話「突然の再会」

 図書館のすぐ隣は公園になっている。2人はそこに設置されているベンチに座り、昼食を取ることにした。小野寺はコンビニの、松崎は持参した弁当だ。


先程まで暖房の効いた部屋にいたから12月の北風がより一層寒く感じる。もはや寒いを通り越して痛い。今日は曇り空で太陽が出ていないから余計にそう感じる。早く食べ終えて館内に戻ろう。


「勉強どう? 捗ってる?」

「まあ、はい。しんどいですけど」


 近くのコンビニで買った唐揚げを頬張りながら小野寺は答えた。休日に図書館に訪れた際は大抵コンビニの弁当だ。この唐揚げ弁当だってつい数週間前に食べたばかりで、正直味にも飽きてしまっている。


 一方松崎の小さな弁当箱の中は色とりどりの野菜や玉子などでカラフルに盛り付けされている。自分で作ったのだろうか。小野寺はじっと弁当箱の中を覗いた。


「ほしいの?」

「いや、そういう訳じゃなくて、ただ美味しそうだなって」

「ありがと。作った甲斐あったよ」


 どうやら彼女の手作り弁当だそうだ。なんでも栄養学の勉強の実践として料理を始めたらしい。料理ができたことにも驚きだが、その見た目のクオリティが高い。味はともかく料理歴1年弱とは思えないほどの出来の良さだ。


「食べてみる?」

「え?」

「自分で言うのもあれだけど、結構美味しくできたと思う」


 彼女の手料理の味が気にならないと言えば嘘になる。が、女性から手料理を頂くのは嬉しくもあり、少し恥ずかしい。


「……いいんですか?」

「いいって言ってんじゃん。ほら、どうするの? 早くしないと私食べちゃうよ」


 悩みに悩んだ末、頂くことにした。コンビニ弁当の容器に玉子焼きが移り渡る。鮮やかな黄色は小野寺の食欲を誘った。きゅるるるる、と彼の腹の虫が鳴り、松崎はクスリと笑った。恥ずかしくて死にそうだ。紛らわすように小野寺はすぐに玉子焼きを口にした。


「美味しいです、とても」


 口の中で出汁の風味が広がり、玉子の甘さを最大限に引き出している。定食屋も顔負けの味だ。悔やむべきは冷えていた、という点のみで、出来立てならもっと美味しかっただろう。


「そう? よかった」


 味音痴という烙印を押されなかったことに松崎はほっと胸を撫で下ろした。家族以外で自分の手料理を評価されることが初めてだったらしく、それなりに緊張したそうだ。


「ごちそうさまでした」


 2人とも同時に声を出したため、プッと吹き出してしまった。ずっと彼女を避けていたはずなのに、気が付けば前と同じような距離感に戻ってしまっている。


「じゃあそろそろ戻りましょうか」

「あ、待って」


 小野寺が立ち上がったところを松崎はまたしても呼び止めた。


「もうちょっとここでお話ししようよ。話したいことも訊きたいこともいっぱいあるし」


 彼女の言葉を聞いた瞬間、小野寺の頭の中に「あの日」の出来事が鮮明に蘇る。まるで昨日のことのように、事細かく色鮮やかに……。


 無言で小野寺はベンチに腰掛けた。本当はあまり触れてほしくない。自分でもなるべく思い出さないようにしていた。でも、あれから数ヵ月経った今なら少し俯瞰的に自分を振り返ることができるかもしれない。自分の過去と向き合えるチャンスだと捉えよう。


 空気がガラリと変わった。さっきよりも重く冷たい冬の風が小野寺の肌を刺激する。緊張感が並ではない。数週間前に模試を受けた時よりも遥かに居心地が悪い。


「えっと……あの試合、小野寺くんはどうだった?」

「あの試合って、地区大会の決勝ですよね」

「そう、それ」

「どう、と言われても……」


 脳内にあの夏の光景が鮮明にフラッシュバックする。自分たちが全力を出し尽くしても勝てなかった。あの対戦相手は今年甲子園の舞台で県勢史上初の4強まで上り詰めたそうだ。まさに歴代最強、そんな相手と1点差の試合をできたことは、振り返ってみるととてもすごいことなのでは、と思ってしまう。それでも……。


「悔しいですよ、今でも。小さい時からずっと追いかけていた夢が潰れたんだから。親にも、チームメイトにも、松崎さんにも申し訳ないって思い出いっぱいでした」

「申し訳ない、って……私そこまで恩義を売った覚えはないんだけどな」


 立派だね、と返しながら松崎は遠くの方をぼうっと眺めた。彼女の目の前には住宅が立ち並んでいるだけで、これと言って面白いものは何一つとしてない。


「私ね、元々野球が好きだったから野球始めたんだ」

「どうしたんですか。いきなり自分語りなんかしちゃって」

「まあいいから聞いてよ」


 普段松崎は自分のことを自ら話そうとはしない。尋ねられれば答えるが、そうでもしなければ彼女のことを知りようがない。だから今日のように自分から発信することは珍しい。


「お兄ちゃんが野球やってたから、私も始めたんだ。いつかお兄ちゃんを超えて、プロ野球選手になる、なんて夢見てたけど、現実はそう甘くなかった。中学に上がってソフト始めたら私なんかより上手い人はいっぱいいてさ、ちょっとショック受けたよ。野球とソフトは種目が違うから、なんて最初は言い訳してたけど、だんだんそんな言い訳も通用しなくなってね。まあ全然成果が出なくなった訳だ」


 いつもに比べて松崎の声のトーンは暗い。彼女の腕前は当時何度か練習に付き合ってもらったことがあるからよくわかる。打っても守っても、何をやらせてもちゃんと完璧にこなしていた、と今でもそう思う。そんな彼女よりも上手な選手がいるなんて、思いもしなかった。だから松崎はあまり自分のことを話したがらなかったのかもしれない。


「高校に進学する時さ、すごく迷ったんだよ。このまま選手として続けるか、別の道を選ぶか」

「で、松崎さんは野球部のマネージャーになったんですか」

「そ。だってあのままソフト続けてたらきっとスポーツが嫌いになってた。それくらい辛かったんだよ、当時は」


 辛かった、という松崎の言葉が小野寺には信じられなかった。だって、自分の前ではそんな素振り見せたことがないのに……いや、そういえば当時松崎が選手を辞めた理由を尋ねた時、その時の彼女の表情はいつもの笑顔よりほんの少し濁っていたような気がする。「いろいろあるんだよ」というその声にもどこか棘があった。昔の記憶だからあまり確証はないけれど、そんな気がする。


 だから、こんなことを尋ねてしまったのかもしれない。




「後悔してますか、選手辞めたこと」

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