第11話「期末に向けて」
2学期になり、11月に突入すると、さすがに肌寒さを覚えた、むしろ寒い。秋はどこへ行ってしまったのか。これではまるで冬じゃないか。
この頃になると小野寺はスランプからも脱し、落ち着いたプレーができるようになった。試合にもスタメンではないが何度か出て、まずまずの結果を残している。結局スランプの原因はわからなかったし、なぜ解決したのかもわかっていない。
対して柴山はと言うと、スタメンで試合に臨むことが多く、ちゃんと与えられた仕事をきっちりこなしている。さすが次期エースだ。
柴山との仲はあの雨の日以降親密になった。彼もまた松崎のバッティングセンターの常連になったし、同じクラスということもあり学校の中では一番会話する相手になった。
12月になると寒さは本格的になり、あのうだるような夏の暑さが恋しい季節になった。
「なあ、このあと勉強会あるんだけど、一緒にどう?」
学校の駐輪所で自転車に跨ったタイミングで、柴山が訪ねてきた。期末試験1週間前の今日は、全ての部活動は試験が終わるまで活動を控え、生徒たちは勉強に勤しむのがこの学校の校則だ。
「え、行かなきゃダメ?」
「ダメじゃないけど……この後どうせ家に帰っても勉強するだけだろ? ならいいじゃん。付き合ってよ。ついでに勉強も教えて」
お前の方が頭いいだろ、というツッコミは胸の奥に留めておいた。どうやら同じ野球部の榎並と秋元も来るらしい。クラスも違うのであまり話したことはないが、気さくな奴ら、というのは記憶にある。ムードメーカー的な存在だ。
「わかった。で、どこ?」
「図書館。ほら、ここから自転車で5分の」
「そこね。了解」
じゃ、俺日直の仕事あるから、と柴山は校舎に戻っていった。わざわざ呼び止めるためにここまでやってきたのか。校舎までかなり離れているし、1年生の教室も4階なので、ここまで来るのも大変だっただろうに。スマホで連絡でもすればいいのに。不思議な奴だな、と首を捻りながら小野寺は地面を蹴る。
自転車を漕いで約5分、小野寺は勉強会の会場である図書館にやってきた。しかし他の生徒も考えていることは皆同じなのか、使用できそうな机は皆占領されている。勉強会どころではない、と思ったが、遠くの方で榎並が秋元と一緒に手招きしているのを発見した。もう既に場所を確保していたらしい。
「柴山、日直だから遅れるって」
「さっき連絡来た。それよりもさ、ここの答えわかる?」
榎並は開口一番に小野寺に数学の問題集を見せた。自分で考えろ、とあまり相手にせず、椅子に座って勉強の準備を始める。2学期になって勉強がさらに難しくなり、前回の中間テストも点数をかなり落としてしまった。母の雷はもうごめんだ、と思うと、なんだか自然と身震いする。
館内はとても静かだった。「ここがわからない」と質問するのもはばかられるくらい、何も聞こえない。3人は黙々と課題の問題集を進めた。
「ごめん、遅れた」
日直だった柴山も小野寺たちの元へとやってきた。この4人の中で一番成績がいい。その次に小野寺で、榎並と秋元は同じくらいの学力だ。柴山は椅子に座ると真っ先に眼鏡をかけ、問題集を開いた。
「お前、目ぇ悪いの?」
「いや、黒板の文字や教科書の文字が読みづらいだけ。野球には影響ない」
榎並の問いに柴山は答える。それと同時に柴山は手が止まっていた秋元に声をかけた。
「それ、文法がまず違う」
と言うと柴山は秋元に対し懇切丁寧に英語のアドバイスを送る。秋元は「なるほど」と理解した様子でまた問題集を解き進めていった。
「けーちゃん、ここわからん」
「どこ?」
榎並も柴山に数学の問題集を見せた。けーちゃん、というのは柴山のニックネームだ。クラスメイトや部員たちからよくそう言われているのをよく耳にする。
「小野寺はどこかわかんない問題とかない?」
「いや、別に」
不愛想な様子で小野寺は答えた。前回の中間を踏まえ、期末対策として毎日の復習は欠かしていない。おかげでどの教科も平均点より上は確実に狙えそうだ。
やがて勉強会は柴山と小野寺が榎並と秋元に教えるという形になった。相手に勉強を教えると自分の理解度も深まる、とネットか何かで見た記憶がある。実際そうだと思った。
6時の時報が外から響き、勉強会はお開きになった。明日もやるそうなのでまた参加する旨を伝え、小野寺は他の3人と別れた。といっても柴山とは変える方向が同じなのでまだ一緒なのだが。
「今回小野寺にテスト抜かされるかもしれん」
「んなわけあるか」
小野寺の発言を受け、ははは、と声高らかに柴山は笑う。何がそんなにおかしいのかわからない。柴山はこんな奴だ。掴みどころがなくて、まるで掌で転がされているよう。
しばらく走って交差点までやってきた。「じゃあな」と柴山と別れた小野寺はそのまま真っ直ぐ自宅へ向かう。外はもうすっかり暗くなっていて、「こんな時間に何してたの」という母親からのお叱りが怖いなあ、なんてびくびくしながら自転車を漕いだ。帰宅して事情を話したら案外あっさりとした対応で拍子抜けしてしまったけれど。
夕食を済ませ、部屋に戻りまた試験勉強を始めていると、スマートフォンの着信音が鳴った。松崎からだった。
『もしもーし。今大丈夫?』
「あ、はい。大丈夫です」
あれから週に1度か2度ほど松崎からの電話が来る。彼女からの電話が来る度、小野寺の心は少しだけ舞い上がっていた。
「で、今日も作業通話ですか?」
『うーん、ちょっと違うかな。大事な報告』
「えっ……」
大事な報告、というワードを聞いて小野寺の脳がフリーズする。なんだろう、ほんの少しだけ嫌な予感だする。
「……なんですか?」
『えーっとね、単刀直入に言うと、専門受かったよ』
なんだ、と小野寺はほっと胸を撫で下ろした。すぐに「おめでとうございます」と言葉をかける。
『ありがとー。今日発表でね、合格通知来た時はめっちゃ嬉しかったな。受験終わってから今日まで全然生きた心地がしなかった』
「でも受かってよかったじゃないですか。おめでとうございます」
彼女が夢に一歩近づいたのはとても嬉しいことだ。だけど、その間続いていた作業通話という名の松崎との電話がなくなってしまうと思うと……少し物悲しく感じた。
『今小野寺くん何してるの?』
「期末に向けての勉強中です」
『どっかー。じゃあ、今日作業通話に付き合ってあげよっか』
マジで? と思わず素で出てしまった。本当は無音の方が捗るのだが、彼女と一緒にいる時間をこれ以上減らしたくはなかった。
「い、いいんですか?」
『いいよ。小野寺くんさえよければ』
「じゃあ、お願いします。松崎さんが話してるだけでもいいんで」
『それじゃ私のラジオじゃん』
ケラケラ笑う松崎だったが、ラジオと自分で銘打ったのが気に入ったのか、最近の出来事をつらつらとラジオのように語っていく。小野寺も相槌を打ちながら問題集を進めた。なんだか心が癒される。
下の階から母親が「風呂に入れ」と催促してくるので、2人は通話を切り上げた。
『じゃあ、試験頑張ってね』
「はい。おやすみなさい」
『おやすみ』
1週間後、期末テストにて小野寺は自己最高得点を叩き出した。
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