第4話 ヨモツヒラサカ
若い執事が、屋敷に戻ったのは半年もあとの事だった。
「長い間、戻らんので、逃げたのかと思ったぞ」
伯爵は、久々に若い執事の顔を見てうれしそうだ。
しかし、日々、体が弱ってきておりベッドから出られない。
「連絡を差し上げず申し訳ありません」
屋敷に来たころと比べると、随分と落ちつき大人になった印象だ。
「で、見つかったか?」
「お気に召されるかと」
若い執事の目がキラリと光った。自信がありそうだ。
「お入りください」
扉に向かって声を掛けると、外から初老の男性が入ってきた。伯爵には、見慣れない服装をしている東洋人に見えた。
「彼は日本人です。日本で宮司をしています。服装は仕事着です」
「宮司……神社を守る者じゃな。会うのは始めてじゃ」
宮司は猫背でオドオドしている。伯爵と若い執事を交互に見る。
「私は、偽物のパンドラの箱を見た時に思ったのです。世界の不可思議な現象を当たればきっと目的にたどり着くと」
伯爵は早く次の話が聞きたそうだ。
「私は日本語が話せます。日本には古い話があちこちに伝えられております。この半年、日本中を回っておりました」
伯爵は宮司の全身を観察している。相手が本物かを見極めているようだ。
「直接、彼に話してもらいます。では」
宮司がベッドに一歩近付いて、話し始めた。
「本当は、この話は他言してはいけないのですが……」
「……もし、扉に名前があるなら、最初に教えてくれんか?」
伯爵は、宮司を驚かせないように優しい声で尋ねた。
「はい、日本語で『ヨモツヒラサカ』と申します」
宮司が語ったのは、古い日本の伝説だった。
日本を創ったイザナキと、その妻のイザナミ。
イザナミは火を司る神であるカグツチを生んだとき、炎が原因で命を失ってしまう。
悲しんだイザナキは、死者が住む黄泉の国に妻を迎えに行った。
しかし、そこで出会ったのは、化け物のように醜くなったイザナミだった。
追いかけてくる化け物から逃げたイザナキは、現世に戻るとその扉を大きな石で塞いだ。
それが『ヨモツヒラサカ』。
「『ヨモツヒラサカ』の場所は、よく知られています。しかし、あれは偽物なのです。私が管理する山奥の神社。そこにある扉こそ、黄泉の国とこの世をつなぐ本物の扉なのです」
宮司がこう話しを締めくくった。
「ハハハハハハ!」
伯爵は大声で笑い出した。執事も宮司も意味がわからず目を丸くしている。
「この者の話は本物じゃ。長年の感で分かる」
笑いは喜びの表現だった。
「……で、お願いがあるのですが」
宮司が言いにくそうに切り出した。
「何じゃ」
「もし、ヨモツヒラサカに興味がおありなら、一帯の土地を買い上げていただきたいのです」
宮司には大きな借金があった。この話に乗ったのもそれが理由だ。
「いくらかね?」
宮司は両手を開いて指を十本立てた。
「十億円か、良かろう。おい、すぐに払ってやれ」
宮司は耳を疑った。
一千万円のつもりで出していたのだ。まさか、百倍も多いとは。
「け……権利書をすぐにお渡しします」
気が変わることを恐れた宮司は何度も念を押し、部屋をあとにした。
「出発の準備をせい」
「まさか、すぐに日本へ?」
「当たり前じゃ。命あるうちに行くしかないじゃろ」
「分かりました。早急に手配します」
若い執事は、部屋をあとにし、他の執事に伯爵の指示を伝えた。
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