第2話 奇術師と若い女性

 若い執事は、しばらくの間、他の執事が伯爵に報告をする場に立ち会うことにした。


 その日、太った執事が連れて来たのは、長いシルクハットをかぶった紳士。


 木の扉がついた大きな木の箱を、伯爵の寝室に運び込んだ。


 伯爵は、ベッドの上で、興味深げに様子を伺っている。


「この者は、一流の魔術師でございます」


 太った執事が紹介すると、紳士はシルクハットを外して深く礼をした。


「奇術師ではなく、魔術師とは、おもしろい」


 伯爵は目を輝かせた。


「この箱に、こちらの執事様に入っていただき、消してしまいます」


 太った執事は、木の扉を開き箱の中に入った。


 伯爵に向かって手を振る執事。奇術師はそっと扉を閉じた。


 数秒後……。奇術師が扉を開けると太った執事は消えていた。


「ほほう……」


 伯爵は感心しながら、若い執事に中を調べるように指示した。


「伯爵様。中は完全に空洞です」


 壁に隠れるスペースは無い。伯爵の部屋の床に事前に仕掛けをすることもできない。


 奇術師が扉を閉じて、数秒後に改めて開ける。


「これは見事じゃ」


 箱の中には太った執事が戻ってきていた。中から出てきた執事。


「伯爵様、いかがでしたか?」


「楽しませてもらった。これまでで一番よかったぞ。ただ……」


「ただ?」


「仕掛けはわからんが、結果は予想の範囲内。ワシの望むレベルはもっと高い」


 太った執事と奇術師は、残念そうに部屋を出て行った。


 若い執事は「伯爵を満足させるのは至難のわざだ」と思った。



 * * *


 別の日に、頭がはげた執事が伯爵の前に連れてきたのは、若い女性。


 胸が大きく、大人の色気がある黒髪の女性。


「扉も蓋も見当たらんが……」


 ベッドで上半身を起こした伯爵は困惑の表情。


「この女は、伯爵様に恋をしているのです」


 頭がはげた執事の話は、要領を得ない。


「事業を大きくされた伯爵様にあこがれているのです」


「扉とどう関係があるんじゃ?」


「伯爵様が、この女の心の扉をお開けになったのです。心が踊りませんか?」


「ハハハ」


 大声で笑う伯爵。少々、呆れた感じの笑い。


「ありがたい話じゃが、駄洒落だじゃれでは、ワシを満足させることはできん」


 頭がはげた執事と胸が大きい女性は、残念そうに部屋を出て行った。


 別の日には、世界一大きな真珠を箱に入れて持ってきた執事がいた。


 それでは、大金持ちの伯爵の心は動かなかった。


 ――他の執事が用意する物のレベルは分かった。そろそろ、旅立とうか。


 若い執事は、そう思い始めるが、どこに旅立つか決めかねていた。

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