第5話 僕のリディア ※ルーファス視点

 リディアを送り出した後、医務室で最後の診察を受けた。もう身体は問題ないようだ。

 自室に戻って一人でいると、リディアのことばかり考えてしまう。

 だけど今は誰にも会いたくない。人払いをして一人にしてもらった。


(リディアは無事だろうか? 一人きりで森を抜けて隣国へ行くなんて! あぁ……今すぐ追いかけて、守ってやりたい)


 僕があの時コーヒーさえ飲まなかったら、リディアは今も僕の隣で笑っていてくれていただろう。





「こちらのコーヒーはリディア様が用意してくださったようですよ」


 馴染みの使用人にそう言われて、油断してしまった。リディアが用意したコーヒーなら、と喜んで飲んだのが間違いだった。

 一口飲んだ後の記憶が全くない。気がついたらベッドの上に寝かされていた。毒を摂取したのだとすぐに分かった。


 心の中で自分の不甲斐なさを反省していた時、使用人が言いにくそうに最悪の事態を伝えてきた。


「ルーファス様には大変申し訳にくいのですが、毒を盛ったのはリディア様であるとのことです。リディア様には死刑判決が下りました」


「何だって? リディアが死刑だと?」


 毒を盛られていたという事実より、その犯人がリディアであるということに驚いた。


 彼女がそんな事するはずがない。

 僕が彼女のことを一番良く知っているのだから間違いない。





「お兄様、いつまで寝ているのですか? このままだとリディア様が処刑されてしまいます。早くお父様のところへ行って、止めてもらわないと……!」


 シャーロットは泣きながら僕をベッドから引っ張り出した。そして、僕が歩けると分かるとすぐに父のもとに引きずっていった。

 あの時のシャーロットは、今までで一番迫力があったな。そのおかげでリディアを救えたのだから、そこは感謝している。

 あと一日遅かったら、リディアは処刑されていただろう。そう考えると背筋が凍る。


 だけど……


(やっと手に入れられるところだったのに……! ようやくここまで来たのに、手放すことになるなんて……)


「なんて可哀想なリディア。すぐに連れ戻して僕のそばに置いておきたいのに……」


 ぽつりと呟いた声を聞く者は誰もいなかった。





 リディアを最初に見たのは、もう十年以上前の事だ。

 田舎に遊びに行った時に彼女を見て以来、僕は彼女に夢中だった。


(何とかして彼女と仲良くなりたい! 彼女が王宮に来てくれたら良いのになぁ……!)


 どうにかして手に入れたいという僕の強い思いが、数年後、彼女を王宮に連れてきた。


 リディアの両親が王都に来る機会なんて、滅多にない。……他に手段なんてなかった。

 リディアには可哀想なことをしたが、彼女を手に入れるためだから仕方がなかったんだ……!


 王宮来たリディアは僕のことを覚えていなかったけれど、そんなことはどうでも良かった。

 

 両親を失って傷心していた彼女は、とても儚くて美しかった。守ってあげたいと思ったんだ。

 幸いにも聖女である彼女は、代々王族と結婚するしきたりだ。それなら僕と結婚すれば良い。僕は彼女を手に入れられるし、彼女も幸せに暮らせる。良いこと尽くめだ!


 そう思っていたのに……


(国外追放だって? リディアは無実なのに! ……僕から離れて行かないで。あぁ僕のリディア! 彼女は僕のものなのに)


 誰かがリディアを嵌めたんだ。聖女である彼女を憎む人間がこの王国にいるに違いない。一体誰なんだ……? 許せない、絶対に見つけ出してやる……!


 僕を殺そうとするなら、もっと大量の毒を仕込むはずだ。思い切り飲んだのに数日間寝込むだけだなんて、こんな少量では殺せないだろう。

 本当の犯人は、リディアを処刑するために僕を利用したに過ぎない。


 だけど表向きはリディアが犯人ということで片付いてしまった。今から調べるのは難しい。彼女が犯人であるという証拠が揃い過ぎていた。


 なぜリディアの部屋から毒が出てきたんだ? 彼女の部屋に入れる者は限られている。

 彼女の部屋に自由に出入りできる人物の顔が何人か浮かんだが、どの人物も犯人だとは考えにくい。


「まさか本当にリディアが僕を……? リディアが何か気がついたのか? ……いや、あり得ない。バレるはずないんだ。彼女も僕のことを愛しているはずだ」


 彼女がそんな事するはずがない。

 僕が彼女のことを一番良く知っているのだから間違いない。

 

 やっぱり誰かが彼女を嵌めたのだ。可哀想に……僕が助けてあげないと。


「あぁ、リディア。待っていてね。絶対に君を迎えに行くよ」


 そのために居場所を特定できるネックレスを渡したのだから……。


 人払いをしておいて良かった。今日は少し独り言が大きすぎた。


(気をつけないと。リディアとリディアの両親を引き離したのが僕だと知られたら、僕は――)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る