第二章 出会い

第6話 森の妖精

 隣国へと続く森は、思ったよりも歩きやすかった。


(これなら一人でも大丈夫そうだわ。一日くらいなら野宿も出来そうね)


 隣国のスカイテルーシ帝国は、ゴーシュラン王国よりも大きな国だ。科学技術も魔法発展していると聞くし、案外住みやすいかもしれない。


(死ぬのに比べたら、どんな国でも楽しみね。今ならどんな国でも生きていける気がするわ)


 足取りも軽やかに歩いていたのだが、しばらくすると急に息が苦しくなった。


(苦しい……この感じ、裁判の後で感じた息苦しさと同じ……)


 立っていられなくなり、その場にしゃがみ込んでしまった。



 なんとか息を整えていると、草の間から小さな声が聞こえてきた。


「こんなところに半妖精がいる……珍しい」

「違うよー。魔力が似てるけど……これ、人間だと思う」

「……本当だ、人間だ! もっと珍しい」

「連れて帰っちゃう?」

「さんせー!」


(かわいい声……誰?)


 声のする方に目を向けると、小さな妖精が二人、こちらを見ていた。


「こっち見た!」

「見た見た! ……ねぇねぇ、僕達と遊ぼうよ!」


 二人とも無邪気に笑いながら、私に話しかけてきた。

 ゴーシュラン王国では珍しい存在であった妖精だが、この辺りには多いのかもしれない。


「ごめんなさい……私、スカイテルーシ帝国へ向かう途中なんです。それに今、息苦しくて……遊べないのです」


 息も絶え絶えに伝えると、妖精たちは顔を見合わせて不思議そうな顔をした。


「息苦しいんだって! ……本当だ。これは自分では解けないかも」

「解いてあげよ! 遊びたいし」


(解く? 息苦しさを?)


 妖精たちの言葉に頭を傾げている間に、彼らは私の頭の上をクルクルと回りだした。

 されるがままに大人しくしていると、すーっと息苦しさが消えていった。


「すごい……治していただき、ありがとうございます。もう大丈夫です」


「治した訳じゃないよ! でもどういたしましてー」

「お礼はいいから遊ぼうよ! ちょっとだけ!」


「では、少しだけ……」


 助けてもらったのに断るのは悪い気がして、ついつい了承してしまった。一応悪意は感じないし、大丈夫でしょう。


「やったー! 僕はパール」

「私はルチル! よろしくー。お姉さんは? なんだか不思議な力があるね」


「私は……リディアと申します。ゴーシュラン王国で聖女をしておりましたので、そのせいかもしれません」


 妖精に名乗るのは危険だけれど、向こうの名前も知ってしまったし、嘘をつく方がまずい気がした。


「リディアー、かわいい名前!」

「聖女? それって楽しいの?」


「楽しいと言うものではありませんでしたね。今はただの旅人ですし」


パールとルチルは私を花畑へ連れて行くと言って、森の奥へと誘った。


「リディアは、エルナンデス達に似てるー」

「そうかも! 半妖精みたいだもん」


(エルナンデス? 人の名前かしら? 私に似ている……?)


「エルナンデスってどなたですか?半妖精の方々ですか?」


「そう! スカイテルーシ帝国にいるよ」

「一緒にいると心地良いの! リディアもそう!」


 スカイテルーシ帝国には、王国とは異なる文化がある。半妖精が住んでいても不思議はないのかもしれない。

 それにしても、私が半妖精に似ているってどういう事かしら? 聖女の力は妖精の力に近いのかもしれない……。


 ぼんやりとしていると、色とりどりの花が咲いている花畑に着いた。


(本当に花畑で遊びたいだけなのね。純粋な妖精たちで良かったわ。せっかくだし、楽しみましょうか)





 パールとルチルと一緒に走り回ったり、花冠を作ってあげたり、時間を忘れて遊んでしまった。


「ねぇ、聖女を辞めたなら妖精にならない? リディアと遊ぶの楽しいもん!」

「そうだよ、一緒に暮らそうよ!」


 それはとても魅力的な誘いに聞こえた。どうせ追放された身だし、帝国でうまく生活していけるかも分からない。


(ここで二人と一緒に楽しく暮らしたら、幸せかもしれない……)


 頷きそうになった時、シャーロット様からもらったお守り袋が熱くなって私の意識を引き戻した。


「……申し出はありがたいのですが、もう少し人間として生きてみます」


 そうだ、私はもう少し普通に暮らしてみたい。やっと自由になれたのだし。


「えー残念……」

「妖精になりたくなったらいつでも言ってね!」


 パールとルチルはあっさりと引き下がり、気がついたら花畑はなくなっていた。

 少し遠くに大きな街が見えている。


(ここは? ……森の端まで来ていたのね)


「ほら、あそこがスカイテルーシ帝国だよー」

「エルナンデスの一族に会ったら、よろしく言っといてー」


 どうやら送ってくれたようだ。本当に何もなくて良かった。


「ありがとうございます。お会いできたらお伝えしますね」





 パールとルチルと別れた後、森を抜けて街の方へ向かっていると、誰かがうずくまっているのが見えた。


(誰かいるわ……怪我をしているのかしら?)


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