第2話 牢獄の元聖女

「シャーロット様、罪人に近づかないでください! 危ないですよ。第一王子が倒れた今、王女様にまで何かあってはいけません」


 私を連行している警備隊に阻止されても、シャーロット様は怯まなかった。


「下がりなさい! 私はリディア様と話があります。……リディア様、もうすぐきっとお兄様は目を覚まします。そうすれば状況が変わるでしょう。どうか諦めないで!」


 シャーロット様は私の肩に手を置き、涙を流しながらも私を励ましてくれた。


「あ、ありがとうございます、シャーロット様。私……」


 なんとかそれだけ返したものの、突然息苦しくなってしまい言葉が続かなかった。


(せっかくシャーロット様が励ましてくださっているのに……もうお話出来るのは最後かもしれないのに!)


 もっとお話ししたいと思うのに、それは叶わなかった。


「さあシャーロット様、離れてください。王女といえど、罪人にそのような言葉をかけてはいけません。民衆が混乱します。……おい! さっさと歩け!」


 あっという間に警備隊に引き離されてしまった。

 シャーロット様はまだ何か言いたげな表情をしていたけれど、大人しく私から離れていった。





 冷たい牢屋に入れられた後、私は呆然としていた。処刑は2週間後だと告げられても、もはや反応する気力もなかった。


(私の人生はこれで終わるのかしら。今まで国のために働いてきたのに、感謝されるどころか処刑されるなんて悲惨な人生ね)


 ズルズルと壁に背を預けて目をつぶると疲れがどっと押し寄せてきて、あっという間に眠ってしまった。





 ふと目を覚ますと、牢屋の中に固くなったパンと水が置かれていた。


(これが食事なのね。食べ物をもらえるだけマシなのでしょうけど、とても食べる気にはなれないわ)


 まだ頭がぼんやりとしている。尋問の時に飲まされた薬は、よほど強力なものだったようだ。


(ルーファス様は無事かしら? もう会えないかもしれない……。少し前まで、ルーファス様とは婚約の話も出ていたのに)


「リディア、今度指輪を見に行こう。僕たちは結婚するのだから、必要だろう?」


 そう言ってくれたのが懐かしい。

 ルーファス様の声が頭の中に響き、楽しく過ごした日々が急に恋しくなった。


 幸せだった頃を思い出して涙が溢れそうになった時、小さな声が聞こえてきた。


「少しの間だけですよ。もし他の人に見つかったら……」


「すぐに済ませます。無理を聞いてくれてありがとう」


 ひそひそと話す看守の声と……もうひとりの声は、シャーロット様?


 コツコツと足音が近くなり、シャーロット様の姿が見えた。


「シャーロット様! どうしてここに?」


「あなたに会いに来たのよ。お兄様が目を覚ましたの! 容態も安定しているわ。今、裁判の判決に抗議しに行ってきたところなの。だから安心して……それを伝えにきたの」


「本当ですか? 良かった……ルーファス様はご無事なのですね!」


「その反応……やはりリディア様は犯人じゃないわ。私もお兄様も信じていますよ」


 私が犯人ではないと力強く言い切ってくれるシャーロット様に、少しだけ勇気づけられた。


(信じてくれる人たちがいる。今はそれだけが救いだわ)




「シャーロット様、そろそろお時間です」


「もう?リディア様、また外で会いましょうね!」


 シャーロット様は、看守に急かされて名残惜しそうに去っていった。


 (ルーファス様は無事……! 良かった。彼は生きているのね)


 シャーロット様もクラウス様も、私を信じてくれている。もしかしたら私の容疑が晴れるかもしれない。そうすれば、生きて外の世界に出られる。


 そうやって自分を励まして、食事に手を伸ばした。生きるためには食べなくちゃいけない。





 数日経って、ようやく意識がはっきりとしてきた。尋問もなく、少し身体を休めたからだろう。


(もう私には死刑判決が下っているのだものね。尋問なんて必要ないわよね)


「死刑まであと1週間もないわ。それまでに判決が撤回されるかどうか……私はどうなるのかしら」


 ポツリと呟いた言葉は、牢屋の壁へと吸い込まれていった。


(聖女にならなければ、もっと別の人生だったでしょうね……)

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