6-3
結局思い出せなかった。
だから、瑠奈ちゃんの言葉通り、そのある時を待つことにした。
「やっぱり思い出せそうもないので、長期戦でお願いします。」
そうお願いすると、詩編先輩はふんわりと笑った。
「そう簡単に思い出してもらえるとは思っていないよ。待っているね。」
そんなに、難易度の高い問題なのだろうか。
例えば、電車で一緒に乗り合わせました、くらいのことじゃ、私は一生かかっても思い出せそうにない。
急に不安になってきたが、考えても仕方がないのでやめた。
「何の話?」
そんな中、今日は瑠夏先輩のお昼に居合わせていたので、首を傾げた。
「秘密の話。」
詩編先輩は楽しそうにくすくす笑う。
彼のお弁当の中身は、半分以上残っていた。
「ちえ。」
瑠夏先輩はわざと舌打ち。
それから、自分のお弁当の最後の一口を口に放り込んだ。
そんな瑠夏先輩はどっからどう見ても元気そうだ。
悩んでいる素振りなんて一切ない。
そんなことを思っていると、横からいきなり温かい手で頰を引っ張られた。
「何するんですか!」
犯人は言わずともわかるだろう。
私が見ていたのは、瑠夏先輩。
横から引っ張れるのは、一人しかいない。
詩編先輩の方を見ると、少しばかり不満げな顔がそこにあった。
って、こっちの方が不満げな顔をしたいところだ。
なんせ、いきなり頰を引っ張られたのだから。
「ねぇ、何で瑠夏ばっかり見るの。」
その質問になんて答えようか迷う。
瑠夏先輩が悩んでいると聞きつけたので、観察していました、だなんて言えない。
「えっとー。」
はははっと誤魔化し笑いをしてみるも、詩編先輩が厳しい視線をやめてくれることはない。
「ん?俺の顔に何か付いていたか?」
そんな中、瑠夏先輩はお弁当を片付け終えると、私たちのやり取りを不思議そうに見ながら問いかける。
は、そうだこれだ。
「いや、気持ち良いくらい綺麗にお弁当を食べていたんで、つい見惚れてしまいました。」
私、嘘が得意になったような気がする。
これは詩編先輩の影響だ、絶対。
「ふーん?」
詩編先輩はあまり納得している感じではなかったが、ふと自分のお弁当に視線を落とす。
あれ?
さっきから、全然進んでいない。
「お前、さっきから全然食ってねぇじゃないか。」
瑠夏先輩も気付いたようだ。
「食べるのがゆっくりなだけだよ。」
ふんわりと笑うけど。
何か違和感。
作り笑い、のような気がする。
は、そうだ。
温かかったんだ。
詩編先輩の体温はちょっぴり低い。
それなのに、さっき頰を抓った手は温かかった、いや熱かったんだ。
「詩編先輩・・・?」
手を伸ばすと、バシッと叩かれた。
「あ、ご、めん。」
動揺した様子の彼に、やっぱりなって思う。
もう一度手を出すと、今度は退けられることはなかった。
ゆっくりと触れた詩編先輩の頰は驚くほど熱かった。
なんで、こんなになるまで言ってくれなかったのだろう。
なんで、私は先輩の体調に気づかなかったのだろう。
「熱、あります。」
「大丈夫だよ。」
にっこり笑う詩編先輩はやっぱり嘘が上手い。
「ダメですよ。今日はもう帰った方がいいですよ。」
厳しく言うと、詩編先輩はムッとした顔をした。
「帰りたくない。」
まるで子供のようだった。
座っている私の膝に縋り付いて、詩編先輩はその場を動こうとしない。
困ったように瑠夏先輩を見ると、彼は複雑そうな顔をしていた。
「昼休み。」
瑠夏先輩が言葉を発する。
「昼休み?」
「昼休みが終わったら、帰れよ。」
今すぐに帰れとは言わなかった。
いいんですか?って視線を送ると、瑠夏先輩は軽く頷いた。
だから、私はそれ以上口を挟むのをやめた。
「うん。」
子供のように私の足の上で身じろぎした詩編先輩はそのまま私のスカートをぎゅっと握った。
あーあ、皺になりそう。
私はスカートの心配と詩編先輩の心配をしながら、膝の上の色素の薄い髪をくしゃりと撫でたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます