6-1
あれから、私たちは何事も無かったかのように日常を過ごす。
「寒いから、近付いていい?」
「はい。」
嘘。
何事も無かったかのようだなて、嘘だ。
縮まった物理的距離。
こうして詩編先輩に触れる事なんてあまりなかったのに、それが増えた気がする。
でも、遠のいた心の距離。
あれ以来、先輩の考えていることが全くわからなくなった。
寂しい。
だから、心の隙間を埋めるように、肩を寄せ合うのだろうか。
「もうすぐ冬だね。」
先輩が呟く。
春に出会って、夏を共に過ごして、秋が深まりつつある。
冬は、どんな季節になるのだろう。
「詩編先輩と出会って、半年以上ですね。」
長いようで、とてつもなく短い。
もっともっと、早く出会えたらよかったのにな。
「へぇ。もうそんなに経つんだ。」
詩編先輩が懐かしそうに目を細めた。
この話の流れで、前から聞きたいと思っていたことを聞いてみようか。
「ずっと気になっていたんですけど。」
勇気を出して、切り出した。
「あー、なんか嫌な話っぽいな。」
そしたら、すぐさま嫌な顔をされた。
え、待って。まだ何も言っていない。
「聞く前から、なんで嫌だなんて言うんですか。」
「なんとなく?」
「とにかく、聞いてください。」
「はいはい。」
ムッとした私に対して、先輩は仕方がないなぁとばかりに肩を竦める。
でも、その顔はちょっぴり笑っていて、この状況を楽しんでいるらしい。
「前に、なんで私なんかと一緒にいるのか聞いたら、詩編先輩は”私を見つけたから一緒にいるんだ”って言ったの覚えていますか?」
「やっぱり嫌な話だ。」
話を切り出すと、先輩は顔をしかめた。
なんだかんだ、あの日の会話は覚えていそうだ。
“先輩は、どうして私なんかと一緒にいるんですか?”
“見つけたから。”
“え?”
“あの日、君を見つけたから一緒にいるんだよ。”
答えになっていない回答だった。
あの時はそれで誤魔化されてしまったが、よく考えるとおかしい。
「ずっとずっと考えていました。でも、答えは見つけられなかった。
私を見つけたから一緒にいるってことは、あの屋上で出会うより前に、詩編先輩は私のことを知っていた?」
覗き込むように詩編先輩に問いかけると、彼の澄んだ瞳が僅かに揺れたように見えた。
「あの日は雨だったよ。」
「雨?」
「俺は公園で寒くて震えていたんだ。そしたら、赤いランドセルを背負った女の子が来てね、俺を優しく抱きしめて、温めてくれたんだ。」
あ、これは違うぞ。
「・・・それは私が前に話した、犬のシアンの話ですよね?」
ジト目で見ると、詩編先輩は悪戯めいた顔をして笑った。
「あ、バレた?」
「バレバレです。それで、本当は?」
問いかけると、しばしの沈黙。
「・・・秘密。」
やがて、詩編先輩が口を開いた。
「教えて、くれないんですね。」
ちょっぴり落胆した。
嘘。だいぶ落胆した。
詩編先輩なら、なんでも私に教えてくれるんじゃないかって。
そう思い違いをしていたのだ、私は。
「うん。君には、教えたくない。」
「なんで。」
片方の口角を釣り上げて、詩編先輩は含みを持たせたように笑う。
「君が、俺を見つけてよ。」
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