5-7




「泣かせちゃった。」


詩編が珍しく落ち込んでいる、とその場に後から現れた瑠夏は思った。



「ついにばれちゃったな。」


詩編が拾い忘れた薬を拾って、瑠夏は彼に押し付ける。



「ねぇ、瑠夏。俺、ずっと考えていたことがあるんだけど。」


詩編が弱々しい声で話を切り出す。




「あんだよ。遺言なら聞かねぇぞ。」



瑠夏の鋭い返答に、詩編は一瞬たじろいだ。

図星だったらしい。


でも、そこは詩編だ。

瑠夏の返答を気にせずに話を進めることにする。




「あの子のこと、好き?」


窺うような視線。

深い深いブルーの瞳。


「小学生の質問かよ。」


勝負を仕掛けた詩編に、瑠夏は咄嗟に話を逸らす。


でも、詩編は本気だった。




「本気であの子のこと好きなら、俺はお前に譲る。

というか、ずっとずっとあの子の隣にいてほしい。


・・・俺にはどうやら無理そうだから。」







ドス


消えかけそうな最後の言葉に、瑠夏は思わず手が出た。


殴った手が痛い。心が、痛い。

殴られた頬を抑えて、詩編は驚いていた。





「そんなこと言うなよ!そんなこと・・・。

ちゃんと、生きる努力しろよっ!!!」



瑠夏が、泣いていたからだ。

他人をどんなに殴っても傷つけても、彼は何にも感じていなかったのに。


だから、一緒にいることにした。


でも、詩編はこの瞬間に気付いた。

彼は表に出していなかっただけで、本当は傷付いていたのだと。


いや、もっと前から気付いていたのかもしれない。




本当は、瑠夏が人一倍優しいことを。



そうでなければ、愛しい女の子を彼に託そうとはしないだろう。




「俺が居なかったらきっとあの子と上手くいく。」


詩編は静かに言う。

見せた微笑は、彼が心からそう願っているのだと、物語っていた。







「どうして俺がアイツに惚れている前提で話すんだ。」


だが、瑠夏からすれば不可解な話である。



「え、違うの?」


瑠夏の言葉に、詩編は目を丸くした。


ふむ。

もしかして、自覚していないのか?



「お前に似ているから、気になるんだ。」


「それだけ?」


「ああ、それだけだ。」


まっすぐに瑠夏に見つめられて、詩編は困った。


やっぱり、自覚していないらしい。



「とにかく、俺はいなくなるから。」


とりあえず、強引に話を進める。

きっと、後々気付くだろう、と。



「冗談でもそんなこと言うなよ!

俺は、お前がいなくなればいいなんて思ったことは、たった一度たりともないんだぞ!」


そんな詩編の態度に、瑠夏は怒鳴った。


今にも消えてしまいそうな詩編を、どうやって繋ぎ止めたらいい?


考えても考えても、答えは出ない。



「そうだね。お前は本当に綺麗で真っ直ぐでいいやつだよ。

・・・あの子のこと、本当に好きなんだ。だから、幸せになってほしい。

こんなこと頼めるのは、瑠夏しかいない。」



綺麗なのは、詩編の方だ。



瑠夏はそう思った。


どうしてそこまで他人の幸せを願えるのだろう。


俺だったら、残された時間の限り、彼女を独り占めしたい。

例え傷付けたって、一生、自分のことを覚えていてほしい。


それなのに、詩編はそんな瑠夏のことを綺麗で真っ直ぐだと言う。


彼女を頼めるのは、瑠夏しかいないと言う。

負けた、と思った。




「わかった。でも、それには一つ条件がある。」


瑠夏はちょっと考えて、詩編の瞳を見た。



「なに。」


「李鈴から逃げるな。」


指摘されて、詩編はドキリとした。



本当は、消えるつもりだった。


広い世界を知った彼女なら、もう一人で大丈夫だ。

だから、死ぬ前に彼女の前から姿を消して、忘れてもらおうとした。



俺のことは忘れて。


でも、忘れないでほしい。


泣かせたくない。


でも、泣いてくれて嬉しい。



なんて自分勝手で矛盾した感情。



瑠夏には、ばれていたようだ。



嘘が上手いと自負していたのに。

自分はどうやらあまり嘘が得意でないらしい。








「わかった。」


詩編はゆっくりと頷いた。




願いを叶えてもらうには条件を呑むしかない。

瑠夏に何を言っても無駄なのはわかっていた。


長い付き合いだ。

条件が、彼の最大の譲歩なのだ。




詩編は息を吸った。


覚悟を決めた。


彼女の中に残る覚悟を。

彼女を泣かせる覚悟を。

ズルい人間になる覚悟を。





「追いかけろよ。」


親友が背中を押す。


「うん。」


「きっとお前に内緒で泣いている。」


「うん。」


詩編は一歩踏み出した。



瑠夏にはきっと一生敵わない。

彼女に自分を覚えていてほしいと言う気持ちを見透かされた気がした。



少し進んだところで、詩編は足を止める。



「瑠夏。」


振り返り、親友の名前を呼ぶ。



「んだよ。」


瑠夏が早く行けと、手で払う。




「ありがとう。」


自分の人生で一番心を込めたお礼を言った。


「おう。」


親友は少し照れながら頷いた。



「いつかお前とあの子が笑って隣を歩いていたらいいなって思う。」



心から、そう思う。





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