5-6




「詩編、先輩!」


やっぱり、ここにいた。




「あっ・・・。」


詩編先輩は、突然現れた私にめいっぱい目を見開いた。




カサっと音がして、床に散らばったもの。



先輩が、ハッとなってそれらを拾い集める。



まるで、私から隠すかのように。



時が、止まった、ような気がした。

キーンと、耳鳴りが、する。


やがて、私と詩編先輩の間に重苦しい沈黙が流れて、それから私はやっと口を開いた。









「・・・病気、ですか?」










散らばった薬。

その光景が、頭から離れない。


普通の人からは考えられない薬の量に、軽く眩暈を覚えた。



私は先輩を問い詰めるように、彼を見る。

先輩は下に視線を落として、少しだけ息を吐いた。




「あーあ、ばれちゃったか。」


わざとらしい笑顔。

努めて明るく出した声が、痛々しかった。



「治りますか?」


「俺は魔法使いだか「治るって言ってくださいっ!」


私の問いに、先輩は冗談を言おうとする。


きっとあれだ。

次に書くつもりの、物語の設定。





「治るよ。」



先輩が、笑顔でひと言告げる。


その言い方が、あまりにも普通だった。

九九を唱えるような感覚の、返答だった。


普通すぎて、不自然だった。




「嘘吐き。」


私のひと言に、先輩の笑顔が固まった。



色々な人にそうやって治ると返答して、嘘を吐き続けてきたんだ。



だから、こんなにも嘘が上手い。


視界がぼやける。

この人の前で泣いちゃだめだ。




私は身を翻すと、先輩の元から駆け出した。













ダボダボの服を着ているのは、細い身体を隠すため。


やる気がなさそうな動作をするのは、だるいから。


授業をさぼるのは、誰かに怒られたいから。


快晴が嫌いなのは、眩しいから。


桜が好きなのは、自分に似ているから。


小説を書くのは、生きた証を残すため。



私に近付きすぎないのは、ずっと一緒にいられないから。


先輩は、そうやって息をするように嘘を吐き続けて生きてきたんだ。







先輩が病気なことが悲しいのか、それとも嘘をつかれたことが悲しいのか、私にはわからなかった。



******



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