5-1
「ねぇ、なんか面白い話をしてよ。」
涼しくなって過ごしやすくなった時期の、とある昼休み。
詩編先輩は笑顔で私に無理難題を押し付けてきた。
「え、無理です。」
急に言われて、すぐに面白い話なんて多いつくものか。
今日は来ていない瑠夏先輩がここにいたら、悪態を付いていたことだろう。
その瑠夏先輩はというと、委員会の仕事があるらしい。
なんの委員だか聞いたら、保健委員だって。
似合わない〜。
なんて笑った罰なのか。
この詩編先輩の無茶振りに付き合わされてる現状は。
「じゃあ、面白くない話でいいから〜。」
詩編先輩が妥協したように言う。
いやいや、そもそも話が思い付かないんですケド。
「うーん。」
私は頭を捻る。
詩編先輩が、綺麗なシアン色の瞳で私を見つめる。
やっぱりいつ見ても綺麗。
「まだー?」
詩編先輩が催促する。
思い付かない。
「無理です。てか、そんなに見ないでください。」
「えー?」
パッチリとしたアーモンド型の目が私を見つめていて、どうにも居心地が悪い。
それじゃあ思いつく話も思いつかない。
「詩編先輩の瞳の色が気になっちゃいます。」
「そう?」
正直に告げると、詩編先輩は首を傾げた。
「ええ。日の当たり具合によって、色んな色に変化するの知ってます?」
「いや、自分じゃわからないし。」
「ですよね。」
詩編先輩は自分が美麗なる見た目をしていることには気づいているだろう。
でも、自分の容姿に興味があるわけではない、と思う。
だって、髪の毛なんてよく寝癖ついてるし。
セーターを裏表逆に着ている時もあったし。
「今はどんな感じ?」
「うーん。シアン色。」
「シアン?」
詩編先輩の名前と同じ色だ。
でも、詩編先輩はあまりピンとは来ないらしい。
「ほら、絵の具の・・・、あ。」
「何?」
絵の具のシアン。
ふと、頭の中でよぎった出来事。
小学生の時の、随分昔の話だ。
「今ふと思い出した話があったんですけど。」
「話して。」
「つまらないからやめます。」
「話して。」
ギュッと制服の袖を掴まれる。
ブルーの瞳が爛々と輝いている。
困った。
本当になんてことのない話だ。
私の小学生時代の日常のひとコマ。
「いやいや。そんな話すほどのものではないです。それより、離してください。」
「じゃあ、話すまで離さない。」
ええい、話すと離すが紛らわしい。
「もうすぐ授業始まっちゃうんですけど。」
あと五分で予鈴が鳴る。
私は詩編先輩と違って真面目に授業を受けるんです。
「話してくれたら離すって。」
「わかりました。」
つまらない話だって後で文句を言われても責任取りませんから。
「小学生の時、公園で犬を拾ったんです。大雨の、寒い日でした。」
思い出すように、ゆっくりと話す。
「へぇ、どんな?」
「毛がクリーム色で、瞳の色がシアン。だから、私その犬をシアンと名付けたんです。」
「うん。」
「でも、拾った時にはすでにかなり弱っていて、助かりませんでした。それだけです。面白い話でもなんでもありません。」
暗い話だなって思う。
今はなんでもないように話せるけど、当時の小学生だった私はショックが大きすぎた。
泣きじゃくって泣きじゃくって、それを宥める周囲の大人は大変だったろう。
「そう・・・。でも、その犬は最後に君に出会えて幸せだったんじゃないかな。・・・って思ってはダメだろうか。」
詩編先輩がスッと目を細めて遠くを見る。
「さあ、どうでしょうね。」
幸せだったって決めつけることは出来ないけど、幸せだったと願いたい。
幸せだったと思ってくれたら、私は嬉しい。
「もう行きますね。」
予鈴が鳴ってはっとする。
そうだ、授業。
相変わらず袖を掴みっぱなしの詩編先輩の腕を掴んで剥がす。
ちょっと不満げな顔をされたけど、約束は約束だ。
話したのだから授業に行かせてもらう。
「待って。」
詩編先輩が立ち去る私の背後に声をかける。
「なんですか?」
「俺は幸せだよ。君と出会えて。」
え。
急になんなんだ。
こんな話をした後だから、言いたくなったのだろうか。
あまりにも真面目に言うもんだから、笑っていはいけないと思いつつも、少し笑ってしまう。
「随分と急ですね。」
照れたのを誤魔化すように口を開く。
「でも、思った時に言っておかないと。いつ相手に伝えられなくなる日が来るかわからないから。」
あんまりにも真剣だから、こっちが恥ずかしくなってしまって、つい顔をそらしてしまう。
だから、詩編先輩が今どんな顔をしているかはわからない。
「私もです。」
私も、詩編先輩と出会えて幸せです。
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