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「雨宿り」一部抜粋

**********





雨がやんだら、さようなら。






お姉さんと出会ったのは、まだ夏の始まりのことだ。



白い半袖シャツに、ベージュの短パン。

パンパンに膨らんだリュックに、お気に入りの麦わら帽子。


思い切って家を飛び出した僕に突きつけられた厳しい現実。



それでも、家には帰りたくないんだ。


ポツリ ポツリ


ひとつ、またひとつ。

雨粒が空から落ちてきて、僕の心は余計に沈んだ。


まだ、今日の宿を決めていないのに。

辺りが薄暗くなって、キラキラと光るネオンが恨めしい。



お気に入りの麦わら帽子じゃ、雨は防げなくて、僕は途方に暮れた。


ビルの壁際に雨から逃げるように張り付いて、そのまま座り込む。


雨が止むまでやり過ごそう。


どうせ夕立だ。直に止む。




でも、このままずっと雨が降り止まなかったら?


僕はこのまま石と化してしまうのかもしれない。


座り込んで、結構時間が経過したような気がした。

でも実際はそんなに経っていないのかもしれない。

急に視界が暗くなった。




「ねぇ、ウチで雨宿りしてく?」



驚いて顔を上げると、僕に傘を差し出すお姉さんがいた。


ショートパンツにタンクトップのその姿は、何だかこの夜の街には不釣り合いの格好だった。



「・・・・・・。」


急に声をかけてきたお姉さんを訝しげに見る。



「やーね。警戒してる?私には愛する旦那がいるから逆ナンなんてしないって。ただ、君本気で困ってそうだったからさ。」



その視線に気づいたのか、お姉さんは豪快に笑い飛ばした。

お姉さんの言う通り、その左手の薬指には指輪が嵌っている。


「・・・・・・。」


「雨、止まないよ。今日から梅雨入りだから。」


それでもなお動かない僕に、お姉さんは困ったように呟く。



そっか、雨は止まないのか。

それを知ると口が勝手に動いた。


「雨宿りさせて。」


雨は、嫌いなんだ。




***



お姉さんに連れられてたどり着いたのは、小さな庭のある古民家だった。


庭には紫陽花が植えられていた。

紫陽花を横目で見ながら玄関先の石畳を歩いて、引き戸を開ければ、どこか古い懐かしい匂いがした。




「ようこそ。ここが私の家。」


お姉さんがにっこり笑って、僕を招き入れる。


玄関には女物の靴しかなかった。

お姉さんは閉じた赤い傘を無造作に傘立てに突っ込む。


靴箱の上には、庭先に咲いていたのと同じ紫陽花が一輪生けられていた。



「お邪魔します。」


僕はリュックを背負ったまま、恐る恐る靴を脱いで上がる。



「荷物はその辺置いとけばいいよ。」


お姉さんが廊下を適当に指差す。


「うん。」


僕はやっとリュックを下すことができた。


ずっしりと重たいリュックを下すと、解放された気持ちになった。


肩がバキバキで、想像以上にリュックに負担がかかっていたのだと知る。



「こっち。そこ座ってて。」


居間に招かれ中に入る。


そこには、6月なのにも関わらずこたつが置いてあった。


少しだけ散らかった居間を見ながら、ここにはテレビがないことに気づく。

今時珍しい。


襖の上には、何枚か写真が額縁に入れて飾られていた。


古いものは白黒だった。

この家の玄関の前で撮った家族写真なんかだ。


そして、一際新しい写真がふと目につく。


警察官の制服に身を包んだ若い男性の写真だ。


お姉さんの、旦那?

そう勘ぐってしまったが、他人の家の居間を観察するのは良くない気がして、視線を外した。



庭に目をやると、先ほどの見事に咲いている紫陽花が目に入る。

紫陽花が、好きなのだろうか。



「はい、どうぞ。」


お姉さんがキッチンから戻ってきて、僕の前に湯呑みを置く。


中には、温かい日本茶が入っていた。



「ありがとう。」


お礼を言って、お茶を一口飲む。


苦い・・・。


滅多に日本茶なんて飲まない僕には、普通に淹れたお茶でも苦かった。




苦い、なんて口には出さなかったけど、顔には出ていたらしい。



「はっはは!ごめんごめん!若い子には出すものじゃなかったね。」


お姉さんは大笑いをすると、片手でごめんのポーズを作る。


若い子って・・・。

お姉さんだって、十分若いじゃないか。



「飲めますから。」


笑われて、意地になってお茶を飲みほした。

お姉さんはまた笑って、自分もお茶を一口飲んだ。



***



しばらくすると、雨が強まった。


「泊まっていきなよ。」



というお姉さんの勧めで、僕はその日お姉さんの家に滞在することにした。


旦那さんが帰ってこないかドキドキしたけど、用意された夕食は二人分だった。


そして、僕に差し出されたお茶碗は、お姉さんと色違いのもので、明らかに旦那さんのものだった。


今日は、帰ってこないのかもしれない。




夕食は和食だった。

僕の家はすっかり洋食なので、米と味噌汁と魚と漬物という和食は物珍しかった。


「口に合うといいけど。」


「美味しい・・・。」


すごく美味しくてビックリした。


パクパクと食べる僕に、お姉さんはまだ手をつけていない自分の魚を差し出す。



「これも食べていいよ。お昼食べすぎちゃってお腹いっぱいだから。」


「いや、でも・・・。」


「今更遠慮なんてしないの。」


押し切られて、魚を受け取った。

結局お姉さんは口に入れた量は、僕がペロリと平らげた量の10分の1にも満たないような気がした。




夕食後には、お姉さんは白湯を持ってきて、いくつかの薬を飲んでいた。


「どうしたの?」


何気なく問いかけると、お姉さんは困ったように笑う。



「ここ最近、風邪を引いちゃったみたいでさ。」


「大丈夫なの?」


「大丈夫さ。じきに治る。」


そう言われ、僕はそのことについてさほど気にしなかった。



もっと気にしていればよかったのかな。

いや、それでも未来は何も変わらなかっただろう。




***

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