2-9


「待てよ!」


急に腕を掴まれて、私の足は止まった。

詩編先輩よりも、温かくて大きな手。



「・・・。」


泣いていた顔を見られたくなくて、私は俯く。



「どうして急に帰った?俺、なんかしちまった?

詩編みたいに察しがよくないから、話してくれなきゃわからねぇんだ。」


「え?」


瑠夏先輩の不安げな声に私は驚いて、自分が情けない顔をしていることも忘れて、顔を上げてしまった。

瑠夏先輩でも、不安になることがあるんだ。



「お前、すごい顔してるぞ。」


指摘されて、顔がグチャグチャだったことを思い出す。



「見ないでください。」


恥ずかしくて真っ赤になりながら、私は慌てて顔を手で隠す。



「で、どうして急に帰ろうとしたんだ?」


私の行動なんて気に止めず、瑠夏先輩は問い詰める。



なんでも素直に聞く人だ。

貪欲で、いい意味で子供っぽい。

なんでそんなに素直に聞けるのだろう。



「怖くなったんです。だって、私じゃやっぱり詩編先輩にも瑠夏先輩にも釣り合ってないから。

せっかく仲良くなれても、みんな私から離れていく。だから・・・。」


「仲良くなる前に、逃げ出した?」



私の言葉の続きを、瑠夏先輩が当てた。



「なんで、わかったんですか?」


「昔、これと同じこと言った奴がいたから。」


私の問いかけに、瑠夏先輩が笑った。


まさか、その人って・・・



「詩編先輩・・・?」


半信半疑だった。


私から見れば、自信家で、前向きな人。

友達が多くて、仲良くなる前に逃げ出したりなんかしない。


でも、瑠夏先輩は答えを教えてはくれなかった。




「離れていくってことは、双方が手を放してしまったからだろうな。だったら、手を放さなければ良い。」



瑠夏先輩は、簡単なことのように言う。




「どうやって・・・?」


「お前が逃げ出しそうになったら、俺がまた手を引っ張ってやるから。俺が離れてきそうになったら、お前が手を引っ張るんだ。そしたら何とかなる。」



何とかなるって。

なんて楽観的な考え方なのだろう。


でも、言わんとすることは、わかる。


ああ、そうか。

私はあの時諦めたんだ。

にっかちゃんのことを。


私からも、手を放してしまったんだ。



ちゃんとにっかちゃんに説明していたら、何か変わっただろうか。

それはわからない。


でも、にっかちゃんを諦めてしまったその瞬間から、離れる以外の選択肢は消えたのだ。




「瑠夏先輩、ごめんなさい。私、もう一度、瑠夏先輩の手を取りたい。」


「ああ。」


瑠夏先輩は少し笑って、私に手を差し出した。




楽観的で、ポジティブで。

色々と考えすぎちゃう私には、羨ましいほどの明るさ。

それが、詩編先輩の友人。



私は差し出された手をぎゅっと握った。


少しごつごつしていて、大きくて、温かな手。

私はこの未来さき、この手に何度も引っ張られることになる。





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