1-11



「そうだ、小説でも書こうかな。」



少し蒸し暑くなってきた。太陽の光も差すような強さになってきた。


強い光が苦手な先輩は、結局サングラスを買ったらしい。

サングラスをかけて、屋上に寝っころがった先輩は、唐突にそう告げた。



「先輩って、本当に小説家なんですよね。」


先輩から「小説」と言う単語が出てきたのは初めてだった。



「なんだ、知ってたの。友達いないから知らないのかと思ってた。」


「今、傷付きました。友達いなくても、噂ぐらい耳にします。」



軽口をたたける、それくらいには詩編先輩とは打ち解けた。

でも、自分から簡単に先輩の小説の話に踏み込めるほど、私には先輩と仲良い自信なんてない。


だから今がチャンスかなって思った。


先輩が自分からその話を始めた今なら、踏み込める。



あの日、本屋で手に取った小説は、今は家の本棚に並んでいる。


開いては、いない。



「ちょっと前に、本を書いてコンテストに応募したんだ。そしたら運よく賞を貰って出版。ただそれだけのことだよ。」


大したことないように言うけど、そんなはずない。



「すごいですね。」


何かもっと良い言葉をかけてあげたかったけど、口下手な私から飛び出たものはその一言だった。



「そんなに良いものじゃないよ。」


感情を表現するのって難しい。顔を顰めると、先輩はそんな私を見て少し笑った。


私がもっと人と関わっていたなら、この言葉では表せないような感情を伝えられたのだろうか。






「読んでもいいですか?」


何度その本を手に取っただろう。

何度その本を開きかけただろう。


それでも読まなかったのは、先輩に読んでもいいか聞かなければならないと思ったからだ。


だから、何度その言葉を口にしようとしただろう。


それでも聞けなかったのは、踏み込むのが怖かったからだ。



先輩に嫌われたらどうしようだとか。

先輩に読むなと言われたらどうしようだとか。





「俺の心を覗く準備が出来たらね。」


私の心配を他所に、詩編先輩はにっこり笑って言った。


それは、読んでいいと言うことか。

それとも、まだ読んではいけないと言うことか。




「次の話の主人公は引っ込み思案で臆病で、口下手な女の子。

その子が魔法使いの男の子と出会って、いろいろな異世界を旅する話。」


先輩はポケットからノートを取り出すと、ペンで思いついたことを書き綴る。


出会ったときに「花曇り」と書きつけた、あのノートだ。

懐かしい・・・。




「その話って・・・。」


「俺、小さい頃は魔法使いになりたかったんだ。」



引っ込み思案で臆病で、口下手な女の子は私、魔法使いの男の子は詩編先輩。



自惚れていいのだろうか?


私は、先輩の友人の一人になれたのだと。



期待してもいいのだろうか。


私は嬉しくてそっとと口元を緩めた。




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