1-10


「そう言えば、屋上っていつも鍵開いているんですか?」


今日も快晴。

いつものように詩編先輩とお弁当やお菓子を広げていると、今さらながらふと疑問に思ったことを口にした。



「あー、鍵ね。たまたま鍵が緩んでいたドアに、たまたま蹴ったボールが当たっちゃって、鍵が大破。」


先輩が気まずそうに報告する。


なるほどね。要は壊したわけだ。

たまたま鍵が緩んでいたドアに、わざとボールを当てたのだろう。

立派な器物損壊である。



「先輩がいくら不良だからって、それはまずいですよ。」


「不良じゃないってば。」



忠告してあげると、先輩がムッとしたように言う。


その言い方に、なんだか覇気がない。

不良っていう自覚が少しあるのか。


それとも・・・

私は先輩の頬をべしっと触る。




「先輩、風邪ぶり返しました?」


急に顔を触られて、先輩が驚いて目を見開く。


触った頬が熱い。

平気そうなふりをしていても、わかってしまった。



「んー、たいしたことないよ。」


先輩はすぐに我に返ると、笑顔を取り繕ってそう答えた。

どうやら、隠し通すつもりだったらしい。


そして、どうやら、隠し通せる自信があったらしい。


だから、私が気づいた時に、一瞬しまったと言う顔をした。




「体調悪いなら、学校休んで下さい。」



少しキツめに言う。


この前は心配して損したって思ったけど、やっぱり心配になる。





「朝は元気だった。」


嘘だ。こんな急に熱が出るわけない。

それに、今視線が動いた。



「嘘吐き。」


ひと言、そう言うと先輩はへにょっとだらしない笑みを浮かべた。


え、何?Мなのか?

冷たい言葉を浴びて喜ぶなんてそうとしか考えられない。






「本当は、今日は快晴だったから、学校行かなきゃなって思ったの。」




先輩は、私の冷ややかな視線に気づくと、急に真面目な顔をする。


その声は少しだけ弱々しい。いつも以上に、掠れている。



あ。目が合った。


鮮やかな空の色。

君に会うために来たんだよ、とブルーの瞳が伝えてくる。


言葉にしなくてもわかる。

だめだ。自惚れてしまう。




「無理しなくても、いつでも会えるのに。」


私は動揺して、先輩から目を逸らした。


それなのに、先輩は仕返しとばかりに私の頬に手を添えて、強引に自分の方に向ける。

急に頬を触ったこと、熱があるのに気付いたこと、根に持っているらしい。





「ふふ、やっと少しだけ君に近付けた気がする。」


緑がかったブルー。

嬉しそうに笑う先輩は、今何を考えている?



「詩編、先輩?」


いつもより緩んだ顔。

キラキラと輝く瞳。

熱で少し弱ってるのだろう。



「そうだ、膝枕してよ。」


先輩がいいことを思いついたとばかりにさらに頬を緩めながら笑う。





「ダメですよ。保健室に行きましょう?」


何を言っているんだ!?と心の中で動揺しつつも、私は先輩を引っ張る。


でも、先輩は動かなかった。

熱で弱っていようが、先輩の力には適わないらしい。



「昼休みが終わるまででいいから。」


頑として動かない姿勢と眉を落としてそう懇願する顔に、私は諦めた。





「わかりました。昼休みが終わるまでですよ。」


結局、私は詩編先輩に弱いのだ。

先輩のブルーの瞳に弱いのだ。


諦めて座った私の足の上に先輩が頭を載せる。

私は思わず先輩の色素の薄いサラサラの髪を撫でた。


先輩はご機嫌に私を見つめる。


なんか、緊張する。


澄んだブルーの瞳に耐えきれなくなった私は思わず先輩の目を手で覆った。





「何するの。」


かすれた声で抗議された。



「すいません、つい。」


先輩に手首を掴まれてどかされると、少し怒った先輩の顔が見える。





「本当はね、寂しかったんだ。まるで世界に一人取り残されたみたいだった。」


薄く目を開けた先輩が小さな声で呟いた。


急に話が飛んだもんだから、私は思わず「どうしたんですか?」と問いかけた。

そしたら「黙って聞いてよ。」と怒られる。



「今こうして近くにいることが信じられない。」


詩編先輩は訳のわからないことを言い出す。


まるで小説を綴っているみたいに。




熱で頭がおかしくなったのかもしれない。


その後、詩編先輩は三日ほど学校を休んだ。


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