第4話 決起集会

「部長、いつもこういう店に来てるんですか」

 ようやく実現した真衣との初デートの最後の場所に真衣がセッティングしていたのが高級フランス料理店の個室だった。

「そういうわけではないけど、ここは隠れ家みたいなお店で気に入ってるのよ」

「確かに、隠れ家って感じですもんね。自分と部長が密会してるの、うちの部署の誰かに見られたらまずいですもんね」

「そうよ。というか、これ密会じゃないからね」

「えー、そんなあ。大人の男女がこうして二人きりで隠れ家で密かに会っているのを世間では密会って言うんです」

「何でそう決めつけるの。大人の男女が二人きりで会っているからって違う場合だってあるでしょう。それに、平野君にはあんな可愛い彼女がいるじゃない」

「そうなんですよね。彼女って、とにかく顔が可愛いんですよね。性格的にはちょっと難ありなんですけどね」

「そうなの。性格もいいと思うけど、私は」

「それは偏見です?」

「偏見?」

「あれっ、言葉の使い方間違っちゃったかな。まっ、ともかく彼女が可愛いことは間違いないんです。彼女、乃木坂と日向坂の両方のオーディションに合格したくらいですから。親の反対で芸能界は諦めたみたいですけど」

「そうなんだ…」

「僕ってKPOPオタクでもあるじゃないですか」

「知らないわよ、そんなこと」

「冷たいですね。もっと僕に興味を持ってくださいよ」

「そんな義理はない」

「冷た~い。で、ともかく、韓国のアイドルも好きなんですけど、韓国のアイドルの顔って、確かに美人が多いけど、ちょっときつめの顔が多いんですよね。だから、顔的には日本人らしい彼女みたいな顔が大好きだなあ」

「私は何を聞かされているわけ」

「ひとり言です」

「何、それ。平野君ってなんかへんよね」

「そこがまた魅力だったりして」

「自分で言っちゃうところも、へん」

「もおー、遮らないでください」

「ごめん、どうぞ」

「ともかく、僕の彼女は坂道シリーズにいるような可愛い顔をしてるんですけど、そこへいくと部長は女優顔なんですよね」

「う~ん、女優顔ねえ」

 普通、女優顔なんて言われると喜ぶものだけど、さして嬉しそうでもない。

 もうちょっと攻めてみよう。

「それもハリウッド系。エマ・ストーンとか、若手で言えばジョーイ・キングとか」

「私、あんまり洋画観ないからわかんないわ」

「そうですか。じゃあ、日本の女優さんで例えますね。う~んと、北川景子と菜々緒を足して引いたような顔って言うんでしょうかね」

「何で引いちゃうのよ。普通、足して2で割るんでしょう」

「えー、割っちゃったら元に戻っちゃうでしょう」

「いったん足してるんだから元には戻らないわよ」

「そうなんだ。でも、とにかくそういうことで部長はハリウッド系美人です。わが社で一番美しい。そのきりりとしたお顔。鼻筋の通った高いお鼻。高い知性をも併せ持ったその大きなお目目。時折見せるアンニュイな表情。まさに国宝級美女。いや、世界遺産的美女」

「何、何、何? なんかキモイんだけど」

「キモイなんていわないでください。その鋭い眼差しに見つめられると、僕はもうダメになっちゃいそうです」


「ねえ、桃香。今日の夕飯は?」

「出前館」

「はっ?」

「ウーバーのほうが良かった。最近、ウォルトっていうのもあるらしいけど」

「そういう問題じゃなくてさあ」

「じゃあどういう問題なのよ」

「ここんとこぜんぜん料理作ってくれないじゃん。俺、桃香の手作りの料理が大好きなんだけどなあ」

「あのさあ、私、今翔ちゃんがリーダーをしているプロジェクトの仕事で毎日忙しいわけよ」

 そんなこと言われたら何も言えなくなる。

「そうか。そうだよね。じゃあ、ウーバーのほうでお願いします。

 わけのわからぬ返事になってしまった。

「あいよ」

 というわけでウーバーでいろいろ注文して配達してもらい、やっと夕飯にありついていた。

「ところで、チーム内での俺の評判ってどう?」

 一心不乱にピザにかぶりついている桃香は聞こえているはずなのに無視した。

「あのさあ」

「うるさいな。聞こえているわよ」

「で、どうなのよ」

「評判なんか気になるわけ?」

「一応気になるんだよね」

「あっ、そう。でも、聞かないほうがいいと思うよ」

「えっ、そんなにひどいの」

「まだ何も言ってないけど」

「だって、今の言い方だと悪いってことでしょう」

「安心して。みんな、人はいいって言ってるから」

「何それ。他に褒めるところがない時の台詞じゃん」

「だって、その通りなんだから仕方ないじゃない」

「そんなあー」

「うるさいなあ。声がデカイんだよ」

「だってさあ」

「あのねえ、今言ったのは最初の頃の話だから。最近はみんなも翔ちゃんの良さがわかってきたみたいよ」

「例えば?」

 具体的なことが聞きたい翔。

「例えば?」

 オウム返しの桃香。

「うん」

「う~ん」

 と桃香。

「出てこないんかい」

「あっ、ちょうどいい。これからここに一部を除いたメンバー達が来るから直接訊いてみたら?」

「ええー、ここに来るわけ?」

 久しぶりに桃香といちゃいちゃしたいと思っていたのに。

「何しに?」

「打ち合わせに決まってるじゃん」

「そんなんの聞いてないけど」

「そうでしょうね」

「そうでしょうねって、どういうことだよ」

「今にわかるから」

「今にわかる?」

 ちょうどそのタイミングでチャイムが鳴った。

「あっ、来た」

 しばらくしてメンバーたちが入ってきた。

「お邪魔しま~す。あれっ、リーダーいたんですか?」

 最初に現れた丸山が迷惑そうな声をあげた。

 自分が来ていることを桃香はみんなに伝えていなかったのか。

「いちゃ悪い?」

 不機嫌になった翔がそう答えたが、丸山はそれは無視して後ろにいるメンバーに向かって叫んだ。

「みんな、リーダーがいるんだけど」

 すると、そのみんなが一斉に声をあげた。

「ええー」

 ええーって言いたいのはこっちのほうだ。

やって来たのは、谷口、丸山、紗英の3人だ。

 みんなが、ソファーに座っている翔を見下ろしている。

「桃香、どういうこと?」

 紗英が腕組みをしながら桃香に言う。

「どういうことはこっちの台詞なんだけどね」

 みんなの顔が怖いので、必然的に翔の声は小さくなる。

「ごめんね」

 と桃香。

 自分に対して謝っているのかと思いきやみんなに言ってる。

 自分は謝られる存在なのかい。

「今日彼は来ない予定だったのよ。だけど、突然来ちゃって。一応彼氏なもんで返すわけにもいかないじゃない」

 一応彼氏ってさあ、ひどくない。確か、桃香の方から付き合ってほしいって言われた記憶があるんだけど。

「そうだったんだ。それならしょうがないわね」

 しょうがないって何だよ。

「まあ、どうせ、いてもいなくても同じようなものだからいいでしょう」

 桃香が聞き捨てならないことを言った。

「キャハッハッハツハ」

 紗英が大笑いするが、みんなは曖昧な顔をしている。

 それを見て紗英が言った。

「あのねえ、みんな。ここは笑うところだから。ねえ、桃香」

「そうよ。まっ、いいじゃないの。とりあえずみんな座ってよ」

「あっ、はい。ありがとうございます」

 みんなが座るのを待って翔が発言した。

「あのさあ。さっきからぜんぜん意味がわかんないんだけど」

「そうですよね。はい。じゃあ、私が説明しますね」

 紗英が翔を見ながら言う。

「先日、あるメンバーからリーダーとサブリーダー抜きでコミュニケーションを図りたいって話があったんですよ。お二人がいると、それなりに気を遣うじゃないですか」

 自分に気を遣っているようには見えないけど、まあ、ここは同意しておく。

「まあ、そうだよね」

「それで、どこでやろうということになったんだけど。外は誰が聞いているかわからないので無理。だけど、メンバーの部屋はみんな狭いしって。ただ、一人だけバカ広い部屋に住んでいる人がいるんですよね」

 そう言って紗英は桃香の顔を見た。

「バカ広いとか言うな」

 そうツッコんだ桃香だったが、4LDKのファミリー向けの部屋に1人で住んでいるのでツッコまれるのも無理はない。

「だって、そうでしょう」

 みんなコクンと頷く。

「まあ、そうなんだけど。私がここを選んだんじゃなくて、パパがここにしろって決めたんだから」

「おかげで使わせてもらえるわけだから感謝です」

 谷口が冷静に言った。

「ところでさあ、みんななんかほしい?」

 桃香がみんなの顔を見渡して言った。

「最近疲れてるから、甘いものがあったらいいな」

 紗英が代表して答える。

「あっそう。じゃあ、俺のミルクはどう。ハンパじゃなく濃いヤツ」

 桃香がテレビCMで流されていた、あの商品名を半分にやけ顔で口にした。

「下ネタかい」

 案の定、紗英がツッコんだ。

 桃香は紗英があまりテレビを観ないことを知っていた。

「あのねえ、紗英ちゃん、知らないの? 下ネタじゃないのよ。ノーベルという製菓会社が出しているキャンディのことよ」

 桃香が『俺のミルク』の袋を摘まみ上げながら紗英に見せた。

「ええー、やだあー、知らなかったあ」

 みんな大笑いだが、紗英は真っ赤になった。


 少し落ち着いたところで、ビールで乾杯することにした。

「何の乾杯だかわからないけどね」

 翔がみんなの顔を見ながら言う。

「それはプロジェクトの成功を祈ってに決まってるじゃないですか、リーダー」

 なぜだか谷口がキレ気味に言ったが、キレられる理由はないと翔は思う。

「そうだね」

 正論を言われて、翔は意気消沈した。

 おつまみや料理は各メンバーが持参してきた。

「みんな、今日はざっくばらんに話し合いましょう。ちなみに、ここからはリーダーはいないことにして進めますので、リーダー、その点よろしくお願いします」

 紗英がへんな音頭をとった。

「わかった」

 そう言うしかない。

「プロジェクトの会合は3回終わったところだけど、みんなどう?」

 桃香がみんなの顔を見渡した。

「私は最初にプロジェクトの会合に参加した時、正直不安だったわね。何しろ癖のあるメンバーばかりだったし。自分も含めてだけどね」

 紗英が桃香に向かって答えた。

「確かにね。ただ、中でも癖の強い人は今日参加してないけどね」

「うん。一応リーダーとサブリーダーを除く全員に声をかけたんだけどね」

 大野はもちろんだが、畑中と板倉美紀も来ていない。

「いろいろあるんでしょうよ。その方たちは」

 桃香が不貞腐れたように言う。

「丸山さんはプロジェクトに参加してみてどうだった?」

 どうやら紗英が司会進行するらしい。

「私はとにかくびっくりしましたね。部長どうしちゃったんだろうって」

「リーダーのこと?」

「それも含めてですけどね。まあここにいないから言えるんですけど」

 ここにいるよ、俺は。

「アッハッハ。でも、私はリーダーが平野さんと聞いて良かったと思いましたね。というのは、以前大野さんがリーダーの別のプロジェクトに参加したことがあるんですけど、あの人って自分の意見を優先するタイプでうんざりでしたから」

 大野とは相性が悪いらしい谷口が言った。

「そうなんだ」

 思わず翔は反応してしまった。すると、桃香が口に指を添えて言った。

「シー」

 なんだよ、俺は犬か。

「自分のこと頭がいいって思っている人にありがちですよね」

 すかさず谷口が答えた。

「そうよね。その点、うちの翔ちゃんなんか頭が良くないの隠そうともしないもの」

 桃香の発言に愕然とする。

 何もそんなことみんなに披露しなくても。

「ほんと、そうよね」

 なんと紗英が同意した。

 いくら桃香と紗英は親しいからと言って…

「ちょっとさあ」

 さすがの翔も我慢できずに叫んだ。

「シー」

 今度は全員が翔を見ながら口に手を当てて言った。

「はい。話を変えましょう。今後チームを進めていくに当たっての課題はどこにあると思いますか?」

「はい」

 やはりここでも谷口が手を挙げた。

「どうぞ」

「やっぱりライバル社にどう打ち勝つかじゃないですかね。何しろ相手は大手ですから強力な提案をしてくると思うんですよね」

「そうですね。われわれも英知を集めて相手に負けない提案を出したいですね」

 紗英が、自分には1回も向けたことのない尊敬の眼差しを谷口に向けた。

「今のところまだチームワークがいいとはいえないので、まずはそこが課題かと、私は思います」

 丸山がみんなに言い聞かせるように冷静に言った。

「そこは陰のリーダーの細野紗英さんにお願いしたいですね」

 谷口が紗英の顔を覗き込んで言う。

 紗英が影のリーダーだったとは知らなかった。

「私?」

「そうよ。紗英はそういうの向いてるわよ」

 桃香が念を押す。

「じゃあ頑張る。あと、何かありますか丸山さん」

「そうですね。確かに陰のリーダーの役割も大事だと思うんですけお、やはりリーダーの果たす役割は大きいと思うんです。ということで、リーダーに望むことを、みんなの中で一番リーダーのことを知っている新川さんに話してもらったらどうでしょう」

「賛成」

「賛成」

 あちこちから声があがった。

「わかりました。では、私がどこかで聞いているであろうリーダーに向けて話したいと思います。彼は、ああ見えて案外、意外にも」

 案外、意外にも?

 まずい。

 しょっぱなから日本語がおかしい。

「繊細でみんなが気づかないようなことに気づく人なんです。それに、普段は皮を被っているんですけど」

 みんなが『ん?』という顔をしている。

 これはヤバイぞ。

「その皮を剥けば」

「ちょっと、桃香。下ネタかよ」

 紗英が今度こそ正解のツッコをした。

「えっ?」

 何も気づかない桃香。

「それを言うなら殻を破って、でしょう」

「あっ、それそれ」

 みんなの顔がホッとしている。

「で、殻を破れば、彼が本来持っている超能力を発揮してくれること間違いなしです」

「ひょっとして桃香、潜在能力って言いたかったの?」

「そうとも言う」

 そうとしか言わない。

「それに、彼、褒めると伸びるタイプなんですね。なので、本当のところはともかく褒めてやってほしいんです。そうすれば登っちゃうと思うんですよ、山に」

 本当のところはともかく?

 山に登る?

 誰かツッコめ~

 しかし、こんなこと日常茶飯事の桃香には誰もツッコまない。

 かといって、ここで自分がツッコムのもどうかと思うし…。

「なるほど。さすが、彼女ですね。操縦法を知ってらっしゃる」

「ええ。ついでだから言わせてもらっていいですか」

「どうぞ」

「ということで、私は彼のことが大好きなんですよ。こう言っちゃあなんですけど、彼、うちの会社の中で一番のイケメンじゃないですか。その上、とにかく優しくて力持ち。それから華奢に見えると思うんですけど、脱いだらすんごいんです。おまけに夜も強いんです」

「知らんがな。それに、今度こそ下ネタだし」

 いいぞ、紗英。

 桃香に唯一ツッコめるのは紗英だけ。

「でも大事なことだから」

 正論ではある。

「だから、私は彼との結婚を考えているんですけど、なかなか首を横に振ってくれないんです」

「桃香、そこは縦に、ね」

「横やりは入れないで、紗英ちゃん」

「そこは横ってわかってるのね」

「うるさいな、紗英ちゃんたら。で、今回のプロジェクト成功の暁には、みなさん、そちらのほうの応援もお願いします」

「は~い。以上で新川桃香さんによる平野翔さんに対する応援演説は終わりにさせていただきます」

 桃香の話が横道にそれたので、紗英が終わらそうとした。

「まだあるんだけど」

 と桃香。

「もう終わり。見てみなよ、桃香。みんなのうんざりした顔」

 紗英はつれない。

「えっ、そうなの」

「ということで、ここからの第2部は上司の悪口大会となります。リーダーも参加したければご参加してください。

「もちろんです」

 2部は1部以上に盛り上がり、みんなへべれけになったところで解散となった。

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