第18話 妻の優しさ

「……追跡できない。完全に消えちゃったよ。どんな技術なんだ?」


 偉大な魔女であるニョンゴでさえ、捕捉できないとは。


 ニョンゴが知らない技術を、使っているのだろう。


「いいさ。必ず現れる。オレがいる限り」


 あいつは、オレとの戦いを望んでいる。きっと再び、まみえることになるだろう。


 被害に遭った街に戻る。


 フローレンス王女が、王とともに治療兵を先導していた。救出されたばかりだというのに、兵隊たちの歓迎もそこそこに動く。自身も、民を励ましている。


 オレは、姫に背を向けた。


「会っていかないのか? 姫はお前に、感謝の言葉を」

「いいんだ。オレなんかが行ったら、邪魔になってしまう」


 ジーンが引き止めたが、オレは首を振る。


 姫様は律儀だから、きっとお礼の言葉とかもくれるだろう。でも、彼女の優しさを一番必要としているのは、被害に遭った民衆だ。


「それより、手伝えることはあるか?」

「ない。それよりひど顔だ。治療を受けた方がいい」

「いいんだ。家でゆっくりするよ」

「大丈夫か、モモチ?」


 心配そうに、ジーンがオレの顔を覗き込む。


「オレは大丈夫だ。みんなは?」

「無事だ。犠牲者は少ない」

「少ない、か」

「お前は、すごいよ。がんばってくれた。おかげで、これだけの被害で済んだんだ」


 でも、被害は出たんだよな。


「そうだ。ライコネンの持っている物資で、オレが使えそうなものを見繕ってほしい」

「街を救ってくれた礼だ。いくらでも無償で提供しよう」

「いや、そうじゃない。金を出したいんだ」


 街が少しでも、潤ってくれればいい。


「わかった。用意する」

「あと、この辺でうまそうなものを。女房が待ってる」

 オレが言いづらそうにするのを、ジーンが笑う。

「別に照れなくてもいい。家族を大切にしている男は、すばらしい」

「ありがとう」


 ライコネンの道具屋にて、鉄と魔法石を手に入れた。装備開発に使えそうな魔導書も、ニョンゴに記録させる。


 感謝されるために動いたわけじゃない。


「あとは、我々でするから、ゆっくり休んでくれ」

「そうさせてもらう」


 スーツのエネルギーも、残り少ない。オレにできることは、ないだろう。


 

「ただいま」


 オレは、レクシーのもとへ帰ってきた。スーツを外して、くつろぐ。


「変えることだと思って、お食事を用意していました」

「いいね。一日、何も食べてないんだ」


 ニョンゴは充電器のような台に乗って、じっとしている。


「お前さんも、充電が必要なのか?」

「これが、ワタシの食事だ。この端末にはね、君らの世界で言う『リアクター』ってのが必要なんだ」

「ああ、よく『魔力炉』とかいうもんな」


 内蔵小型リアクターの調節、洗浄、安定化を兼ねている。

 この炉を保管するために、家が必要だったのか。


「ウェザーズとの戦いは、課題が多かったね」

「そうだな。スーツと互角の奴がいるとは」


 このスーツは、ザコを相手にすれば無敵に近い。しかし、パワーで押してくるタイプにはまだ力が足りない。持続性も気になる。


「ウェザーズの素材が、一切手に入らなかったのは痛いね」

「その分、データは大量に手に入ったろ?」

「うん。いい研究対象になったよ」

「オレの体感を話す。スーツはもっと出力多めで、強さより速さを重点に置きたい。武装には硬さより軽さが欲しい」


 あんなバケモノタイプは、そんなに出てこないはずだ。強化したヴァージョンは、いざというときの切り札でいい。


「毎回、バカみたいな火力はいらないってわけだね?」

「そんな感じでいいと思う。あれで完成形でいいと、一旦は思ったんだが」

「じゃあ、次はドワーフの鍛冶屋にでも行ってみよう」

「いいね。次の行き先が決まった」


 手を叩いたところで、レクシーが料理をテーブルに置く。


「グラタンか。うまそうだ。それと、これを」

「これは?」

「ジーンからもらった梨だ。デザートにって」

「まあ。今度お礼を言いに行きます」

「じゃあ食べようっ。うーん。うまい」 


 レクシーと一緒に、食卓を囲む。


 家に奥さんと、あったかい食事がある。


 オレは、これくらいの幸せが欲しかったんだな。



 風呂に入って傷を癒やしていると、レクシーが入ってきた。


「お背中お流しします」

「お願いします」


 毎回こうである。もう、オレも止めることはしない。


「傷だらけですね」

「すまんね。ダメ亭主で」

「いいえ。あなたの目元を拭うのが、わたしの務めですから」

「目なんてケガしてないぜ」

「でも、心は傷ついてる」


 オレは、ハッとなった。


 なにもかも、レクシーはお見通しなんだ。


「辛いことがあったのでしょう。あなたは毎回そうです。スーツで頼もしく活動していても、マスクの中は泣いている」


 ゴシゴシという、背中を流す音だけが浴室に響く。


「ニョンゴから聞いたのか? そんなワケないよな」

「何も。わたしが個人的に、あなたのケアをしたいのです」


 レクシーの温かい手が、オレの肩に触れた。


「どうか、わたしの前だけでは、重く冷たい仮面を脱いで。そうしないと、あなたは壊れてしまう」

「う、うう……」


 オレはレクシーの手を握りながら、嗚咽を漏らす。

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