第14話 猛将ウェザーズ

 王都に最も近く、最も親交の深い国家の城内に、猛将がいるという。

 そこまで、馬車を走らせる。


「猛将ウェザーズとは、何者なんだ?」


 後ろにいるフローレンスに、オレは運転しながら声をかけた。


 プロボクサー役か、宇宙からの捕食者にやられる役か。どちらにしても名俳優の名を関するなら、それなりの人物でないと。


「魔族の中でも、武闘派で通っている人物です。戦闘狂で、強い相手との戦いに目がありません」


 彼の振るう大剣は、山をも切り裂くという。


「人間相手じゃ、物足りないんじゃないのか?」

「はい。獣人族やエルフ、ドワーフなどと戦うのを好んでいますね。我が父も、それなりの使い手です。ジーンを鍛えたくらいですから」


 姫の側にいるジーンが、フローレンスに寄り添う。


「ライコネン卿は、我が師であると同時に憧れだった。私の父とも親しく、共にしのぎを削った仲だという。フローレンス様の騎士になれたことを、私は誇りに思っている。

「お互い、信頼しあっているんだな」


 城が見えてきた。もはや城の原型はとどめておらず、辺り一面に炎が上がっている。


 馬車を降りて、オレは状況を確認した。なんてこった、生存者がほとんどいない……。


「ニョンゴ、消火作業を頼む。オレは避難民の救助を!」

「あいよ!」


 オレの合図で、ニョンゴが馬車を解体した。ドローンへと変形させて、上空から氷魔法を散布する。


 炎は、みるみる消えていく。


 モンスターの素材を、片っ端からドローンにしたのがよかった。


「ジーンは現地の騎士たちとともに、周辺魔物の排除を!」


 フローレンス姫はけが人の救助をして、ジーンはそこらじゅうにいる魔物たちを撃退していく。


「二人は、ここを頼む。オレは強めの魔物の排除と、人名救助を」

「わかりました」


 飛んで生体反応を調査して、オレは生存者を助け続けた。助かったのは七割である。三割は、間に合わなかった。


 死体を食おうとした魔物たちを、今度はオレが死体にする。


「幻滅しているね」


 オレの気持ちを察してか、ニョンゴが語りかけてきた。


「ヒーローってのは、こんな精神状態で戦っていたんだな」


 もう、おかしくなりそうになる。もっと救えると思っていた。もっと平和にできるとも。


 しかし、実際はどうだ?


 オレ自身は、理想通りに戦える。理想通りのビジュアル、理想通りのヒーローになりつつあった。


 予想外と言えば、理想以上の奥さんが手に入ったことだが。


 けど、実際の戦場は悲惨なものだった。とてつもないリアルで、オレの理想を踏みにじる。


 あらかた片付いた後、オレは広場に人が集まっているのを見た。


「あれは……決闘か」


 人間の騎士と、赤い肌の魔族が向かい合っている。


 あの魔族が、ウェザーズとかいうヤツか。髪がボサボサの白髪で、ヒザまで伸びている。まるで歌舞伎の登場人物だ。肩に、分厚い剣を担ぐ。あのデカイ剣はなんだ? サーフボードくらい大きい。


 観衆が見守る中、騎士は民の声援に応えるかのように魔族と向かい合う。騎士は手に、槍を握っている。目元がフローレンスとよく似ていた。彼が、ライコネン卿だろう。


「ん、客か?」


 赤い肌の男が、こちらに気づく。


「申し上げます。あの男が例の」

「よい。見ればわかる。すばらしい働きぶりだ」


 配下がオレについての報告を、ウェザーズは止めた。


「見ていくがよい。これが、ワシの戦い方だ!」


 ウェザーズが、剣を振り下ろした。サーフボードくらい大きな剣を、片手で。自分の前に、線を引く。


「この線からワシを出せたら、お前の勝ちにしよう」


 余裕の顔で、ウェザーズは線の前に立った。


「ヨロイの御仁よ、逃げろ! この地を頼む!」


 ライコネン卿が、無謀な挑戦を受ける。槍を持って、ウェザーズに突進していった。


 だが、槍はウェザーズのみぞおちに跳ね返されてしまう。


 真っ二つに折れた槍を、ライコネン卿は投げ捨てた。そのままウェザーズに組み付く。


 しかし、どう力を入れてもウェサーズを動かすことはできない。


「く、くう!」

「ムダである。相手を投げ飛ばすというのは、こういうことをいうのだ!」


 ウェザーズは、ライコネンを片手で持ち上げた。ブン、と空高く投げ飛ばす。


「うおおおおお!」

「そのまま、王都まで飛ぶがよい! トマトのように潰れたそなたの肉体が、侵攻の狼煙となろう!」


 オレは、空高く飛んだ。ライコネンを抱きとめる。


「うう、あなたは?」

竜胆の騎士ジェンシャン・ナイトのシェリダンだ。フローレンス姫に呼ばれて、あんたらを助けに来た」

「ありがたい。だが、娘を連れて逃げよ。いくらあなたでも」

「心配には及ばない。とにかく、あんたは娘さんのところへ」


 フローレンスの元へと急いだ。ライコネンと合流させる。


「お父様!」

「ああフローレンス! もう会えないと思っていた!」


 後は、この二人に任せよう。


「ジーン、二人を頼む」

「お前、まさか」

「当たり前じゃん。ウェザーズをぶっ潰しに行く」

「おい!」


 ジーンが止めるのも聞かず、オレはウェザーズの待つ決闘場へ。


「待たせたな」


 間合いがゼロの状態で、オレはウェザーズの前に降り立つ。


「貴様! 猛将の真ん前に立つなど無礼な!」


 配下の魔族たちが、騒ぎ立てる。


 だが、ウェザーズはひと睨みしただけで、その口を閉じさせた。


「無礼は承知の上だろう。その度胸、面白いぞ。だが、わが余興を邪魔するとは。それにこの間合い、死にたいと見える」

「悪かったよ。その代わり、オレが遊んでやる」


 また、魔族たちがハッスルし始める。オレをあざ笑い、猛将を祭り上げた。


 猛将は、配下たちに火炎魔法を浴びせる。魔族たちを、「物理的に」黙らせた。


「よろしい。ただし、フローレンス姫はワシのものだ。これは、覆らぬ」

「それでいいよ」


 さっきまで笑みを浮かべていた男が、真顔になる。


「シェリダン、お前というやつは!?」


 駆けつけたジーンが、オレを怒鳴った。


 まあ、見ていなさいよっての。


「正気か? 姫がほしくば自分を倒せってわけじゃないんだな?」

「今ので勝負は完全についた。残念ながら、姫はあんたのものだろう。だったら話が早い。オレがもう一度、お前さんから姫を取り戻せばいいだけだ。線から出たら、姫さんは返してもらうぜ」

「……面白い! その勝負受けて立とう!」


 再び、ウェザーズの口元が上がった。


「たしかにお主からは、その自信を裏付けるだけの魔力を感じる。来い! いつでも相手になろうぞ!」


 ウェザーズが、臨戦態勢に入る。


 だが、オレは構えない。


「もう、決着は付いてるぜ」

「なんだと? 挑発しながら、その態度は何だ?」

「自分の足元をよく見てみな」

「足……!?」


 ウェザーズの足が、線を越えていた。


「てめえ、日和ってんじゃねえかよ」

「バカな! このワシが、こいつを恐れているだと!? このワシが、恐怖を」

「あれだけ大口叩いておいて、ビビって逃げ出すとはな。頭で抑え込もうとしても、本能ってのはどうしても反応してしまうんだ」

「くっ!」


 ウェザーズが、サーフボード大の大剣を振り上げた。


「フン!」


 オレは、刀で受け止める。


「な、なに? そんなか細い剣で、ワシの剣を受けただと?」

「力の角度がわかっていたら、こんな芸当もできるのさ」


 バチイン! と、オレはウェザーズの大剣を弾き飛ばす。


「貴様……」

「わざわざ、『苦手な戦場で舐めプ』しても仕方ねえだろうが。本気でやってやる。だから、お前も本気で来い」

「どうして、それを?」

「お前の剣は、斬馬刀に近い。振り下ろしたり振り上げたりするには、デカすぎるんだよ。自由自在に使うには、地上というアドバンテージを削ぐ必要がある」


 オレは、上空へと戦いの場を移した。


「つまり、お前さんのフィールドは空なんだだろ? 来いよ」

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