第13話 孤児院の設立

 オレは、ニョンゴに街で買いたいものを相談した。


「つまり、『あの敷地は個人で所有するには広すぎるから、公的な建物にしてはどうか』っていうんだね?」

「勝手なのはわかってる。けど」

「ナイスアイデアだ。いいよ。それくらいは余裕だから、都合をつけてあげる」

「ありがたい」


 そんな話をしていると、レクシーの着替えが済んだ。


 やや恥じらい気味なレクシーの衣装は、町娘と冒険者の中間といった感じである。一応、一人前になったら冒険者になる予定だったからだろう。


 ホルターネックの黒いインナーの上に、柿色のパーカーを羽織っている。フードがかわいらしい。大きい胸を隠しきれないのか、若干胸元が開いた衣装になっている。


 ヒザが見えるくらいのフレアロングスカートもいい。ミニだとオシャレ慣れしているように見えるから、こちらが緊張してしまう。


「いかがでしょう? モモチの好みに合うでしょうか? ショートパンツとタイツにするか悩んだのですが」

「キレイだよ! 最高!」

「ありがとうございます、モモチ」


 オレが絶賛すると、レクシーはたいそう喜んだ。


「では、その孤児院とやらをさっそく契約いたしましょう」

「聞いていたのか。ゴメンな。自分たちの生活だってままならないのに」

「いいのです。ある意味、わたしも孤児でした。モモチの家に嫁がなければ、祖父を除けば孤独になっていたでしょう」

「賛同してくれて、ありがとう」

「では、参りましょうか」


 まずはベッドや家具類、食料などを優先的に予約した。


 ひとまず、自分たちの引っ越しに必要な買い物を済ませる。


 続いて、商業ギルドへ再度赴く。


「さっきの野球場付きの屋敷、買います」

「え」


 ギルドのおばさんは驚いていたが、すぐに気を取り直した。


「ありがとうございます!」

「ただし、利用者はオレじゃない。孤児たちだ」


 この屋敷は孤児たちに向けての学校及び学生寮にしてみてはどうか、とオレはギルドに提案する。


「ですが、孤児院となると収益が」

「その分は、オレが支払う。それに、全部を孤児院にしろって言うんじゃない」

「といいますと?」

「孤児院にするのは、三階部分と浴場、キッチンだけだ。客間などは、店舗に改造する」


 オレは、壊された店などを見て、どうにかできないかと考えていた。それで、ショッピングモールというアイデアを思いつく。小型の複合店舗なら、安く商売を始められるかもしれない。


「従業員として、孤児院の子どもたちを雇ってもらいたい。彼らにビジネスを教えて、独立させるのが目的だ」


 商業ギルドの面々が、あっけにとられていた。


 とはいえ、街の復興と子ども達への支援が同時進行すれば、フローレンスやニョンゴの負担も軽くなるだろう。


「いいですね。魔法などでは潜在能力や専門的な知識、長い時間がかかります。その点、経済的なことならある程度は社会に出ても役に立つでしょう」

「なら、成立か?」

「ですが、ワタシの一存では決められません。姫に連絡いたします」


 おばさんが、姫に電話をかけた。


 しばらくして、フローレンス姫がギルドに顔を出す。


「素晴らしいアイデアだと思います、モモチさま。そういったご要件でしたら、国で管理いたします」

「ありがとう、でも、それは補助金にとどめてくれ。商売が成り立つようなら、彼らの自由にしてもらいたい」

「自由市ですね? わかりました。そう手配いたします」


 数刻もしないうちに、国からおふれが周った。店舗を失った商売人たちが集まって、自分がどの部屋を店舗にするか話し合いが始まったという。


 家具類が、孤児院になる場所へ運び込まれる。


 子どもたちも、率先して手伝った。近くの大浴場で、身体も洗ってある。もちろん、その代金はオレが持った。


「おじさん、ありがとう!」


 孤児院に住むこととなった子どもたちが、オレに礼を言う。


「いいや。お礼は姫様に言ってくれ。オレは提案しただけ。手続きなどは、姫様がせんぶしてくれたからな」


 子どもたちが、今度はフローレンスに頭を下げた。


 他の屋敷も、仮設住宅として活用されるようになったそうだ。その後、そちらも複合店商業施設へと変わるらしい。


  

 こっちは、もう大丈夫かな?


 さて、自分の部屋をやりますか。


「食事とお風呂、どちらになさいますか? もし、モモチが望むのでしたら……」


 レクシーが、正面から寄り添ってきた。


 うおおお、来ましたよ。お風呂にするかメシにするか、それともってヤツが。あんまりラブコメとか読んでこなかったオレでも、憧れるシチュだ。


「ふ、ふ、風呂にしようかな。風呂風呂。お風呂いただきまーす」


 ああもう。緊張してしまうなぁ。なんの遠慮もいらないのに。


「ホントにヘタレだよね、モモチって」

「うるっせ。惚れた女には、みんなこんなもんだろ?」

「ワタシは、恋を知らずに死んだからね」


 そっか。魔女ともなれば、自分と釣り合う人間を探すほうが大変だろう。それこそ、魔王とかになってくるのかな。


 風呂も広くて、なにもかも最高だ。二人で入っても、余裕とか。


 再び、レクシーに背中を流してもらうことに。


「あのぉ、レクシーさん。せめて水着とかそういうのを身に着けてですねえ」

「夫がハダカですのに、水着なんてとんでもありません」


 正論パンチで、返された。おお、ごもっともで。


 まだこういう行事には、慣れない。


 新婚さんって、こうも頻繁にお風呂をともにするのか? ちくしょう。こんなイベントは、履修していないんだよ。エロゲとかあんまりやってこなかったしさぁ。


「あの、モモチ」


 背中越しに、レクシーが話しかけてきた。


「レクシー、どうした?」


 なるべく裸体を見ないように、視線だけをレクシーへ向ける。


「孤児院ですが、私もお手伝いします」


 語るレクシーの目に、なにか決意のようなものが見えた。


「やってくれるのか?」

「はい。やらせてください。私はお家にいても、ニョンゴ様の研究でお力になれません。商売だって、何もできないでしょう。ですが、親をなくした子どもたちの気持ちなら、私だってわかると思いますので」

「ありがとう。助かるよ。子どもたちだって、きっと喜ぶだろう」


 ひとまず、お昼は孤児院のお手伝いを。夕方以降はオレと過ごすことに。


 レクシーの作った夕メシは、ミネストローネである。折ったパスタが入っていた。


「こんな料理、よく知っていたなぁ」

「ニョンゴ様こと、竜胆の魔女様の好物だそうです」


 オレは、ニョンゴに顔を向けた。


「そうなのか?」

「正解だ。ダ・ヴィンチだっけ? 地球で有名芸術家は、これのトマトなしが好物だったそうだよ」


 トマトがヨーロッパに入っていなかったので、名前もミネストラとか言われていたらしい。


「うん。うまい。幸せ」


 豆知識もいいが、やっぱりレクシーの味付けは格別である。


「よかった。モモチのお口に合って何よりです」


 レクシーと向かい合って夕飯を囲むと、ホント新婚さんなんだなってドキドキした。



 とはいえ、さすがにまだ結婚して数日である。ダブルベッドと言えど、なにもできず。


「ここまでヘタレだと、さすがに哀れに思うよ」

「ほっとけっての。客だ」


 翌朝、オレは自宅のドアを開く。


 やってきたのは、フローレンスとジーンだった。


「まあ、素敵な新居ですわ! いいですわねぇ。わたくしも、殿方とこういう住まいを」

「あのー」

「あっ、失礼しました」


 ジーンに指摘されて、フローレンスが我に返る。


「どうした?」

「我々は、これより王都へ向かいます。猛将の狙いは、王都の制圧でしょう。父であるライコネン王も、そちらにいるはずです」


 それはいいのだが、フローレンスは浮かない顔をしている。


「どうした?」

「猛将ウェザーズから、使いが参りました。本日夕刻、猛将と父が決闘するとか」


 もし猛将が勝てば、娘のフローレンスをいただくと。

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