第4話 竜胆の騎士《ジェンシャン・ナイト》 シェリダン

「もういっぺん、言ってくれるか?」

「何度でも申しましょう。我が孫娘のレクシーめをもらっていただきたく」

「は、はあ。でも、オレが彼女をここへ連れてきたのは、ご両親の元へ返すためで」


 オレが言うと、長老は首を横へ振る。


 レクシーの方を見ると、中年夫婦の亡骸の前でうなだれていた。手を重ね、祈りを捧げだす。


「すまねえ。オレが間に合わなかったせいで」

「いえ。あれらは率先して、レクシーを救い出そうと」


 身をていし、レクシーを助けに行ったと。


「なんと、声をかければいいか」

「お気遣い感謝いたします。私めも手を貸そうと考えました。が、弱い民を守れるのが私しかおらず」


 大変だったんだな。


「レクシーはお気に召しませんか? では他の女を」

「違うっての! レクシーは、ウチで引き取ります! 引き取りますから!」


 天涯孤独ってわけじゃないが、レクシーはオレたちで面倒を見たほうが安全だろうな。ここは復興しても、また襲撃されるかもしれないし。


「ありがとうございます。レクシーも喜ぶでしょう」

「ただ、嫁となると話は別だ。相手の意思を尊重したい」

「意思決定が必要と。では、今からお呼びいたしましょう。これレク――」

「いやいい。もう少し落ち着いてからで」


 亡き両親のもとで、そっとしておいてあげたい。


「承知いたしました。あなたは、里の英雄です。せめて、お名前を。胸の文様を見たところ、竜胆の魔女ソーマタージ・オブ・ジェンシャン様の使いの方かと」


 そうだった。名前問題がまだ残っていたっけ。


「オレの名は、モモチ。そしてこのヨロイの名は、竜胆の騎士ジェンシャン・ナイトの、シェリダンだ。オレは、シェリダンと呼んでくれ」


 名前は、タイ・シェリダンから拝借した。ゲーム小説原作映画でオタクの役だったから、ちょうどいいんじゃないか? あれも、異世界転移っちゃあ転移だ。


「といっても、里のものにはナイショな」


 ヒーローは、身を隠すものだろう。魔女の存在は、秘匿しておいてくれと言われているし。ヘタに目立って、また里が襲われるのもヤバい。


「承知しました。シェリダンこの里にあるものは、すべてあなたのお好きになさってください」


 といっても、ボロボロじゃん。


「いいよ。悪い。ニョンゴちょっと来てくれ!」


 オレは、ニョンゴを呼び戻す。長老にだけ、魔女の正体を明かした。びっくりしていたが、長老はニョン語の存在を超速理解した。さすがエルフ、非常識な存在にも即対応とは。


「カメのウロコだけど、一部だけもらっていこう。一番使えそうな部位だけいただいて、他は里にあげたい」


 肉など、うまそうだし。里の食料として、提供しよう。


「そうだね。長老よ、この残骸は置いておくので、里の復興に当てるがよい」


 威厳のある言葉で、ニョンゴが告げる。


 長老は「ははー」と頭を下げた。


 他にすることと言えば。


「ところで、住民登録ってどうやるんだ? たとえば、冒険者ギルドとか」


 異世界転生して真っ先にすべきは、冒険者登録でしょう。今のレベルとか、ステータスとかも知っておきたい。他の街に行って、不審者扱いされて怪しまれるのも困る。


「はて。魔女様から聞いていたと思ったのですが」

「実はオレは、魔女が遺した人造人間でな。この世界の常識が、よくわかっていないんだ」

「では、ギルドは無事です故に、登録をなさってください。名誉市民として、歓迎いたします」

「その前に、できれば風呂を貸していただけないか? 身体が汚れてしまった」


 生身の肉体の方も損傷がないか、チェックしたい。スーツは外傷は避けてくれるが、ヤケドなどを起こしているだろう。


「では、回復の泉までご案内します」


 ありがたい。


 乳白色の温泉まで、案内してもらう。


「あとは自分でやる。ありがとう。ヨロイも洗ってかまわないだろうか? 血まみれになっちまった」

「ご自由に。後ほど、お着替えをお持ちします」

「何から何まで、助かる」


 長老が去った後、フルフェイスの兜とヨロイを脱ぎ捨てる。


「やっぱりだ。ヤケドがひどい」


 身体中、赤くなっていた。皮膚もただれている。これでは、再戦は不可能だろう。あの後もう一度戦闘していたら、骨にまで影響が出ていたに違いない。


「そもそも、ヨロイと皮膚の間って、インナーを着るんだったよな?」


 なぜか、シェリダンにはインナースーツがなかった。あれでは、熱や冷気がそのまま身体に伝わるし、ダメージも軽減されない。硬いものを身に着けているからといって、完璧ではないのだ。


「インナーにまで、気が回らなかったよ。改善が必要だね」

「お前さんが直接着なくてよかったよ」


 オレは、ヨロイにこびりついた血を洗う。


 おお、さすが回復の泉だ。手でこすっただけで、汚れが落ちていく。

 よく匂いをかぐと、香りが石けんぽい。海外の泡風呂みたいな感じか?


「ところで、これなんだが。とんでもねえ性能だな」


 見た目はクソだが、性能は抜群だ。操作法も、一日で覚えられた。


「でしょ? 胸部のリアクターで、魔力がほぼ無限に発動するのだよ! といっても、ワタシが側で調節しないと暴走しちゃうけどなーっ!」


 一長一短あるってわけか。


「お前さんが狙われる可能性は?」

「ないよ。マスコット枠だからね。この姿は実体化しているようで、別次元につながっているから」

「オレも、その世界に入れないのか?」

「あと一〇〇年くらい努力すれば、キミのサイズで次元移動は可能だろうね。ただ入れたとしても、現実世界に干渉は一切できなくなるよ」


 だったらいいや。パスで。


「それにしても、あれだけいた魔物の残骸が、あっさり片付いたな」

「ふふーん。ワタシの足の裏にある肉球型トラクタービームによって、ぜーんぶマジックボックス内に収まったよ」

「万能すぎるな、マジックボックスは」

「通常のアイテムボックスも、サイズ違いのものは入るんだ」


 生きた物は入れられないが、無機物ならいくらでも入るという。


「でもアイテムボックスだと、長時間アイテムを放置していると、生肉などは劣化してしまう。その点、マジックボックスは時間を止められるんだ。すごいだろ?」

「すごいすごい」

「もっと驚いてよ! あと、こっちで加工して、ヨロイのパーツとして最適化しておくよ」


 そんなことまでできるのか。万能を通り越しているな。


「デザインが微妙だったら、オレが作り直すからな」

「だったら、機能だけ備えておくよ。ビジュアルはキミが考えてよ。作り直せるようにラボを改造しておくから!」


 ニョンゴが、プンスカと怒る。


「ところで、ヨロイにもレベルがあるんだな」

「そうだよ。武器や防具にはレベルが合って、使い続けるごとに性能が上がるんだ。もっとも上限があるし、改造しないと頭打ちになるけど」


 オレの今のレベルは、四二だ。ヨロイは、六五もある。


「ホン……トに、ビジュアルだけだな」

「そんなにダメ?」

「駄目だ。あんな外見では、ビビっちまう」


 避難所から出てきた子どもたちが、返り血にまみれたオレを見て怯えていた。


 そんな泥臭いヤツは、ヒーローではない。ただの殺人鬼だ。


「まて。誰か来る」


 草の動く音がした。魔物はいないと思っていたのだが。


 こんなオッサンの入浴シーンをノゾキに来るやつなんていないが、一応警戒をしておくか。ヨロイが目当てかも、しれないからな。


 肩に、何者かの手が触れた。


 同時に、オレは相手の手首を取ってひっくり返す。


「ひゃん」


 変な声を出して、下手人は倒れ込む。


 泉から出て、オレは相手に馬乗りになった。


「うわっと!?」


 おお、なんということでしょう。


 オレの背後に立っていたのは、一糸まとわぬレクシーだったのです……。 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る