第58話 キャリスの依頼

 ヒトヤは悩んでいた。

 金はある。自身の強化に使う元手は出来ている。

 だが、強力な武器は人形狩りのランクが上がらなければ買えない。


 ヒトヤは異能を使う紋章使いとの戦いに機械武器が必要だと考えていた。

 人外の力を内包する者に対抗する為には、こちらも外付けで人外の力を身につけるしかないという、安易な発想からだ。


 機械武器は手に入れている。カムラから手に入れた機械式の短剣、チェインダガーだ。しかし機械武器を動かすにはエネルギーチャージャーとエネルギーパックが最低限必要だ。

 チェインダガーにはまだエネルギー残量が残っているようだが、いずれは使えなくなるだろう。


 つまり、妥当に考えれば大金を手にしたところで仕事は続けなければならないのだ。

 現状ヒトヤのランクは15。

 黒いロイドバーミンの遺体の一部をセンターに納めたことでランクは上がったが、機械武器を買うにはまだ足りない。


 一方、気になったこともある。機械武器をランク30以下で手に入れている人形狩り達の存在だ。

 レミナ達アマゾンスイートがまさにそうである。


 金が有り、ランクを上げずとも取得方法があるのなら地道に人形狩りの仕事に精を出すより近道があることになる。

 しかし情報弱者であるヒトヤに、ランク未達の人形狩りが機械武器を取得する手段など調べようがない。


 唸るヒトヤの悩みには、あっさりとイクサが答えた。その答えはヒトヤにとって嬉しいものではなかったが。


「ニューコードは元々新たな騎士の力となる存在として、都市の支援を受けた連中だ。奴らの機械武器は要は都市からの支給品。ニューコードが解散されたとき奴らの不満、つまり都市への反感を減らすために、実験を受けた報酬としてそのまま提供されたものだ」

「買ったわけじゃないってことか?」

「ああ。提供されたって経緯から察するべきだが、言い換えれば都市にとって提供しても脅威とはなり得ない。つまり最悪紋章使いの力で妥当できる程度の武器でしかないともいえる」

「それじゃあ……」

「そいつで紋章使いに対抗する力を得たぞ、なんて考えているなら見通しが甘すぎると言っておこう」


 肩を落すヒトヤにイクサは苦笑しながらヒトヤを促す。


「落ち込んでいる暇があるなら、さっさと依頼なり、探索なり人形狩りの仕事に行ってこい」

「いいのか? 今アランズマインドも大変だけど」

「気にするな。非常に億劫だが……俺が暫くアランズマインドの警備に出る」

「……」

「なんだ?」

「いや、意外だなって。イクサってアランズマインドとは一歩引いてるというか、あくまで仕事の範囲でしか関わらないってイメージだったんだけど」

「少しは他人の動向を意識できる程度には視野が広がったようだな。お前の洞察は間違っていないが、アランズマインドに潰れられると困るのも事実でな。例外もあるさ」


 アランズマインドが潰れればヒトヤも困る。それ故の問いかけだったが、イクサが出るというならヒトヤにはなんの懸念もない。

 そもそもレックスリゾートとロックスラムの抗争だ。アランズマインドが大変なのはその争いの余波に巻き込まれているからで、杓子定規に言えば他人事な上に、アランズマインド自身が当事者というわけでもない。


 憂いなしと割り切ったヒトヤは人形狩りの仕事をすべく、センターへと向かった。






「で、なんで俺なんだ?」

「貴方が適任だからよ」


 本来依頼というのはセンターから受けた後、後日依頼者との顔合わせをした上で実行するものだ。例外は依頼者がセンターにいた場合。


 センターに到着したヒトヤはキャリス達に声をかけられ……捕まったという表現が正しいのかもしれないが、センターの受付の前で直接依頼をされた。

 従来の形式ではないが、一応手順は踏んでいる。

 センター側に認めぬ理由はなかった。


 センターにはなかったが、ヒトヤには気になる部分がある。

 キャリス達メイソンプライドは明らかにヒトヤを探していたからだ。


 そこで先程の問いかけになるのだが、キャリスは笑ってはぐらかすだけだった。

 若干の不信感はあり、また都市の外でキャリス達がヒトヤを金目的で襲ったとして止める者はいない。その意味でキャリス達についていくことヒトヤにとってリスクのある行動なのだが、ヒトヤはキャリス達がヒトヤを狙っているとは思えなかった。


 キャリス達は騎士をヒトヤが殺害したことを知りながら都市側に黙っている。なんとなくキャリス達が都市に敵対する立場であることをヒトヤも察していた。

 となればキャリス達がヒトヤを狙う理由など、先に手に入れた大金位のものだが、キャリスはヒトヤに機械鎧を送ってきた主でもある。金に困っているようには思えなかった。


「そう警戒しないで。そんな変な依頼を持って来たってわけでもないでしょう?」

「……」


 加えて依頼内容だ。

 人馬型ロイドバーミンが多数いる場所を発見したから討伐すべく戦力が欲しいと、内容は真っ当。

 報酬は持ち帰ったロイドバーミンの遺体引き取り金額をチーム等分割り。

 つまり半分がヒトヤに入る。

 更にキャリス達は人馬型ロイドバーミンの群れの写真を端末に収めており、表向きには疑う理由がなかった。


 キャリスの言う通り、人馬型ならばヒトヤも対処できる自信があった。

 人馬型は人車型に比べ、足で動く為に高低差には強いものの、走行速度は遅く、パワーも劣る。

 加えて対処方法が確立されてもいた。


 足を負傷させてしまえば良い。

 足を切断まで出来ずとも、走行不能になるほど損傷させれば人馬型は著しくその動きが鈍る。また重心設計の都合上人馬型の前脚は、胴体よりも若干付け根が前にあり、さらにその敵が戦略もなく、ただ突っ込んで来るのである。

 武器や盾でも持っていない限り、狙いやすい脚というウィークポイントを持つ人馬型は、あくまで武器を持っていなければという条件付きではあるが、脅威度で言うならばエル=アーサスの方が高いとセンターからも見なされている。

 そしてキャリス達の写真に写る人馬型は皆素手であった。


 実力もない成り立ての人形狩りには、それでもそのパワーとスピードは充分驚異的だが、それ以上のパワーとスピードを持つ相手との戦いを、野獣やその他のロイドバーミンとの戦いで経た中堅人形狩りにとっては、与し易い相手ではあるのだ。

 

 しかしながら、そうは言ってもロイドバーミン。前時代の技術の塊であることは疑いようもない。討伐し、遺体を持ち帰れば十分な報酬を期待できる。

 持ち帰れぬ遺体も端末に記録があれば報酬は貰える。これはロイドバーミンという脅威を打ち払ったことへの報酬で有り、センターがその後その場所に行けば遺体をなんなく持ち帰ることが出来るからでもある。


 つまり端的に言うならばオイシイ仕事だ。となればヒトヤに受けない理由もなかった。


「ロイドバーミンを発見したから狩って報酬を得る。実に人形狩りらしい仕事よね?」

「……」


 キャリスの言葉だけを聞けば、確かにその通りだった。






「なあ……聞いていいか? さっきの食器ってどうやってあのバックパックに入ってるんだ?」

「答えて上げてもいいけど、またの機会にね。それより静かにして。そろそろ目的地よ」


 目的地の近くで見つけた比較的無事な前時代の建築物。

 その中で休憩がてら優雅に食事をとるキャリス達をヒトヤは呆れて見ながら、賞味期限切れの携帯食を頬張った。


 復讐以外のことを斬り捨てたヒトヤは高級食にさしたる関心がない。高級な美味というのを一度でも口に入れたことがあるならば、また違ったかもしれないが、クデタマ村でも廃棄地区でもその様なものを口に入れた経験がないヒトヤには、そもそもキャリス達の食すものがどのような味か想像もできなかった。

 見た目に色とりどりの食事は、むしろヒトヤに気持ち悪さまで感じさせた。


 だからヒトヤは羨ましいとは思わなかったが、単純に疑問は感じる。

 明らかな割れ物である陶器の食器を三人分、ラーナはバックパックに積んでいるのであるから、色々と思う所が出るのは当たり前であろう。


 特に競合相手に知られてはならない秘密があるとも思えない。

 だから純粋に好奇心で聞いたのだが、キャリスは答えなかった。


 ヒトヤはキャリスの表情に警戒の色があることに気付いた。

 ヒトヤの耳も目も、まだ敵の気配は捉えていない。キャリス達はロイドバーミンの位置を知っているのだから、ヒトヤより先にキャリス達が警戒態勢に入ることは不自然ではない。


 ただ余りに警戒の色が強すぎる気がして、ならばとヒトヤは特に知らずとも害のない事柄については一旦忘れることにした。


 面と向かって戦うには与し易い人馬型とはいえ、その突進能力で奇襲されれば上級ランクの人形狩りとて無事では済まない。都市の外、しかも敵の近くとなれば油断できる場所などないのだ。


 気を引き締め、ヒトヤはキャリス達の後を追う。

 そうして辿り着いた目的地。そこには先客がいた。


「シッ」


 唇に人差し指を当てて振り返り、ヒトヤに身を隠すよう指示するキャリス。

 アンドリューもラーナも既に身を茂みの影に伏せていた。

 ヒトヤもキャリスに言われるまでもなく、身を隠していた。

 流石ね、と唇の形だけで伝えてくるキャリスを視界の端に、ヒトヤの視界の中心はその先客を捉えていた。


(……人形狩り? いや、違うな)


 十体を超える人馬型のロイドバーミンは既に七人の何者かによって討伐されていた。その四人は皆お揃いの装備を身に着けていた。

 人形狩りは装備の好みや金をどうかけるかが人によって変る。同じチームでも同じ装備で揃えている者達は珍しい。少なくともヒトヤは見たことがない。

 だからヒトヤは直感的にこの七人を人形狩りではないと断じた。


「ふぅ……やっぱりこの数を奇襲だけで倒すってのは難しいな」

「紋章なしの俺達じゃあ、これが限度さ。それに今回の目的は新装備の試験だ。倒せたんだからよしとしよう」

「認識阻害か……確かにこれがあれば俺達紋章なしでも隠密行動は容易くなるな。あくまでロイドバーミン相手限定だし、戦い始めれば意味がないが……」

「おい、お前ら。端末は切ってあるな? 再度確認しろ。足跡を残さないのも任務の内だぞ?」

「ああ、帰るまでが任務ってな。解ってるよ、審査官殿。でももったいねえよな。これ、この後人形狩り達が来て労せず持ち帰るんだろ?」

「討伐できなかった分、人形狩りの報酬は減るがな。さ、戻って報告だ。俺達碧影香ヘキエイカの新装備としてなかなか優秀と、ジンマ隊長にお伝えせねばな。スポンサーのゴルドマン精工も喜ぶだろう」


 四人の会話からヒトヤは察した。


(こいつら……騎士か!)


 ヒトヤが刀に手をかける。それより速く、何かが空を切った。


「があっ!?」

「何だ!?」


 アンドリューの投げた短剣が騎士の一人の命を絶った。

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復讐の愚者 ~殺人アンドロイドの蔓延る世界で少年は復讐のために成り上がる~ 村人T @MurabitoT

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