第57話 レミナ達の事情

 ガラクタ売却の為にヒトヤはアランズマインドを訪れていた。

 人形狩りの報酬と比べれば金銭的にはまるで労力に見合わぬ、いつも道理の報酬を手にして住処へと帰る。


 相も変わらずイノリが帰り道を送ってくれる。そしてアタロが突っかかってくるのもいつもの事だ。

 少し前とは変ったこともある。

 帰りにヒトヤが聞く声が増えたことだ。


「やっぱり来てやがったな、ヒトヤ。またイノリに送り迎えなんかさせやがって」

「アタロ! また仕事サボって来たの!?」

「いや、サボってっていうか……」

「あ。やっぱりここにいた! アタロ、仕事抜け出して何やってるの?」

「ウ、ウミネ。いや、俺はほら。ヒトヤがイノリを--」

「ヒトヤの見送りはイノリの仕事だってアランも言ってたでしょ。イノリはちゃんと仕事してるの!」

「そ、それを言うなら--」

「ほら! 仕事に戻るよ!」


 ウミネに引き摺られるように仕事場へと帰っていくアタロ。

 ここ最近では恒例となった光景だ。ここまでは。


「アラン! アラン!」


 アランズマインドの拠点の入り口をアランの名を呼びながら駆け込んできたのは、ヒトヤも知っているアランズマインドのメンバ-、サカムネだった。


 人の都合を余り気にする方ではないヒトヤも、この時ばかりは「何があった?」などとサカムネを引き留めるようなことはしなかった。

 サカムネの身体が血に濡れていたからだ。


 サカムネは少なくともアランの部屋まで走れる程度には体調に問題はなさそうだった。ならばサカムネの血は他の誰かのものなのだろう。

 ヒトヤはそう考え、拠点から出て血の主、負傷者を探す。


「アカヤシ」

「……そんな」


 ヒトヤの後をついてきたイノリが両手で口を塞ぎ、足から力が抜けたように座り込んだ。

 血の主はアカヤシだった。アランズマインドの警備隊の一人に肩に担がれたアカヤシは遠目にも意識がないのがはっきりと解った。ヒトヤの目であれば尚更よく解る。


(これ……マズいんじゃないのか?)


 アカヤシは生きていた。

 ギリギリ死なないように嬲られた。ヒトヤにはそう思えた。

 誰がやったものかヒトヤは知らないが、傷から殺さないようにした意思は感じる。

 しかし廃棄地区に医療施設などない。瀕死の重傷は死に繋がりかねない。いや、大抵は繋がるのだ。


 アランにサカムネの報告が届いたのだろう。アランズマインドの拠点はじわじわと騒がしくなり、アカヤシは担架に乗せられ拠点へと運ばれていった。


 ヒトヤは徐々に頭が熱くなるのを感じた。胸の脈動が止まらない。

 理不尽に土足で踏入る侵略者。それはヒトヤに騎士団を連想させた。

 と同時に、サカヌシの言葉がヒトヤの心に楔となって刺さる。


 ヒトヤはビドウのことを思い出していた。明確な力の差を感じた危険な男だ。

 ビドウは明確に自身が何処に属しているかを言ったわけではないが、そのことばから所属を推測することは容易だった。


 ロックスラムには自分では適わぬ敵がいる。その事実がヒトヤの戦意を挫く。


(……それで良いのか?)


 挫けかけたヒトヤは自身に問いかける。

 またあの時のように何もせず、蹂躙されるのは指を咥えて見ているのかと。


(ふざけるな)


 刺さった楔は抜けば良い。楔の刺さった傷が例え血を流そうとも、自身には傷など直ぐに回復出来る力がある。

 勝てぬ相手ならば勝てる前強くなればいい。心折れたときがヒトヤにとって本当の敗北なのだ。


 愚者は拳を握りしめ、怒りをぶつけるべき敵の下へと駆けだした。


「ヒトヤ!?」


 イノリの言葉を置き去りに、ただひたすらに走る。

 冷静になってしまえば、湧き出る恐怖に心を飲まれてしまうかもしれない。

 そうなる前に敵と出会わなければならない。戦わねばならない。


 ヒトヤの内に住み着く強迫観念。クデタマ村の惨劇がヒトヤの思考を奪っていた。

 もし、このまま仮に行き着いた先でビドウと会敵したとして、何の策もないヒトヤは返り討ちに合い、命を落していただろう。


 だがヒトヤを待ち受けていたのは幸いにもビドウではなかった。


「……ヒトヤ?」

「……レミナ……ミヤビとカレンも……」


 アマゾンスイートの三人だった。




「……どういうことだ?」

「それはこちらの台詞よ……と言いたいけど……そういうこと」


 レミナの頭の回転は速い。ヒトヤの登場によって事態を把握した。

 一方ヒトヤも先程までの怒りが休息に冷めていた。状況を理解したわけではない。ただ目の前の三人を敵と認定できなかったからだ。


「悪いことをしたわね……レックスリゾートの変装の可能性もあったから。多分ヒトヤが来たのはアカヤシっていったかしら。あの人の件よね」

「……ああ」


 アカヤシを半死半生にしたのはレミナ達で間違いないらしい。しかしレミナ達の顔はヒトヤを見てからずっと俯き暗い。ヒトヤにも何らかの事情があることは察せられた。


「これを渡して上げて」


 レミナはヒトヤに近づき、液体の入ったビンをを差し出す。


「これは?」

「インジャーリカバー。量が足りるかどうかは解らないけど、これで最後なの。それと、謝って済むことじゃないかもしれないけど……」

「……どういうことだ?」


 アカヤシを治す手段が手に入った。ならば直ぐに引き返し、この薬を届けるべきなのだろうが、ヒトヤはそう聞かざるを得なかった。

 単に相手が気を許す数少ない人物というだけではない。都市の住民が廃棄地区になぜいるのか。それなりのランクであるアマゾンスイートがこんな所ですべき仕事などないはずだ。


 何か自身の知らない事が起きている。その未知への危機感がヒトヤをレミナ達に問いかけさせた。


「……私達は……ロックスラムについたのよ」


 ヒトヤの真剣な表情にレミナは口を開いた。




 レミナ達はヒトヤと依頼にいったことがある。アランズマインドの連絡先がセンターに登録されている事情から、レミナ達はその成り行きでヒトヤがアランズマインドに属していると考えていた。


 本来アマゾンスイートがロックスラムに、いや廃棄地区の一徒党に組みする理由などない。咥えてレミナ達はヒトヤに恩義を感じている。故にヒトヤと敵対し得るロックスラムの依頼を受ける等ということは、余程の報酬がなければない。


 その余程の報酬があったことが、レミナ達アマゾンスイートを動かした。


「どうしても殺さなきゃいけない人がいるの」

「その為にロックスラムの力を借りようってことか? 確かに強い奴はいるみたいだけど」

「いえ……そうじゃないわ。私達が求めているのは人を殺せる技量じゃない。純粋な破壊力よ」

「?」

「例えば全てを焼き尽くすような。そんな絶対的な力よ」


 そしてその力がロックスラムにはあるという。だからロックスラムについた。レックスリゾート壊滅の兵隊として戦果を上げれば、報酬としてその力を支払うというロックスラム、ビドウの交渉に乗って。

 

 レミナ達の行動原理にヒトヤは一定の理解を示す。


 絶対に譲れない目的があるのなら、その他のことは二の次だ。

 大切な者と見知らぬ他者。仮に今目の前で二人が危機にあり、一人しか助けられないとなれば、どちらに手を伸すか。大抵の人間が前者に手を伸すだろう。

 見知らぬ他者を見捨てていいと思っているわけではない。だが、大切な者の命を守る為に仕方ないと割り切る。それが万能ならざる人というものであろう。


 ヒトヤはその事を身に染みて解っている。ある意味、誰よりも解っている。

 騎士への復讐。その為に生きる少年は、未来への夢も、都市での平和な暮らしも初めから捨て去っている。他者の命を奪うという罪悪を斬り捨て、復讐のためには仕方ないとあらゆるものを捨てている。


 だからアマゾンスイートがどうしてもやらなきゃいけないと考え、ロックスラムについたというのなら、それを咎める気はなかった。


「……欺されているかもしれない。それは考えたか?」

「……ええ」


 そんな絶対的な力があるなら、レックスリゾートに使ってさっさと抗争を終えればいい。ヒトヤはそう考え、レミナ達の語った内容への違和感を指摘した。

 しかし、それでも一縷の望みがあるならとレミナ達は考えている。駆けるしかないのだと追い詰められている。それをヒトヤは悟った。ならばヒトヤから言うべき事はもうなかった。


「そうか」

「ええ」

「……薬は受け取っておく。それと……」

「何?」

「もし、敵対するなら、容赦はしない」

「……解ったわ」


 咎める気はないが、自分の目的を邪魔させる気もない。

 騎士と戦い続ける為に、アランズマインドはヒトヤに必要なのだ。

 だからそれだけを言い残し、ヒトヤはレミナ達に背中を見せた。





 かつてレミナ達は四人の人形狩りパーティーを組んでいた。

 親の借金で廃棄地区へと追放されそうになったレミナ達。その彼女達の借金を立て替え、都市へと留めてくれた女性。それがアマゾンスイートの元リーダー、クレハだった。


 束縛された貴族街の生活を嫌い、自由を夢視て親子の縁を切り、家を出たクレハ。同性をも惹き付ける魅力をもつ、晴れやかな美貌を持つ女性だった。

 事実レミナとミヤビとカレンはクレハを慕っていた。

 恩義もあって、何があってもクレハについていくと心に決めていた。


 そしてクレハもレミナ達を大切にした。本当の家族のように接し、レミナ達を妹と呼んだ。


 しかし、現実は甘くなかった。

 特別な力もない女性四人の人形狩りパーティー。上げられる戦果は微々たるもの。

 クレハは或いは実家に頭を下げれば家に戻れたのかもしれない。しかしそんなことをすればレミナ達が路頭に迷う。


 そんな時、都市が新たな力を持つ騎士団を編成すると宣言した。その為の人材を集めると。

 

「私、行こうと思う。これはチャンスよ。新たな力を得て強くなるの。騎士団に入ったら自由はなくなるかもしれないけど……明日への不安はなくなる。そしてやっぱり自由に行きたいと思ったらさ、他の都市にでも逃げちゃえばいいのよ。力を得ればそれだって可能だわ」

「私も行くわ!」

「クレハが行くなら私も」

「当然行きます」


 レミナ達はただクレハといたかっただけなのかもしれない。

 その選択がクレハに、クレハだけに災いをもたらすとはこの時は考えなかった。


「みんないいね……。私は……ダメみたい」

「クレハ……」

「見て。顔も身体も、どんどん人じゃなくなっていくの……」

「クレハ、そんな顔しないで。きっと何か方法がある。アナタがいなかったら私達は……」

「レミナ……ミヤビ……カレン」

「なに? クレハ。なんでも言って」

「もし私がこのまま人じゃなくなったら……その時は……私を……殺して」

「そんなこと……」




「言わないで!」


 レミナは肩で息をしながら飛び上がるように身を起こした。

 そこはロックスラムで貸し与えられたレミナ達の部屋だった。


「……夢」


 少し寝てしまったらしい。


「随分うなされてやしたね」

「! ……ビドウ」


 当然のごとく部屋に座っているビドウ。レミナは警戒から身構えた。


「怖いなぁ。そんな睨まないでくださいや。何もしてやせんから」

「……ねえ……」

「はい?」

「……もう一度聞くけど、本当にあるのよね?」

「ええ。勿論」

「そう。もし、私達を欺していたと解ったら、その時はよく覚えておく事ね」

「いや、本当に怖い。まあ、レックスリゾートとの抗争が終わって報酬を受け取ったら、その時は満足頂けると思いやすよ」

「……で、その抗争はいつ始まっていつ終わるのかしら?」

「それを伝えにきやしたんでさぁ。レックスリゾートとの総力戦の日取りが決まりやして。次のミタマの日。木の曜日でさぁ」

「そう……待ち遠しいわね」

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