第56話 警戒と勧誘

「金……だろうな」

「ああ」


 ジャックハウンドの襲撃理由。ヒトヤの端末を狙っていたのだ。廃棄地区の情勢を鑑みれば、賢者であれ愚者であれ流石に行き着く答えは一つだった。


「やつらはニューコードだった。雇ったのはおそらく……」

「ロックスラム、だろうな」


 彼等は端末が必要と言っていた。金が必要ならそう言えば良いし、もっと言えばヒトヤに拘らず、アランズマインドも恐喝すればよかった。

 おそらくジャックハウンドはヒトヤが大金を受け取ったことを知らないまま、何者かに端末を盗るように言われたのだろう。


 彼等が人形狩りであったことを考えれば、どこかの徒党に組みしていない限りは雇われたと考えるべきで、また凄腕の人形狩りが組みした徒党があれば、アランズマインドにも情報は伝わってくる。つまり雇われたと考えるのが妥当だった。


 ニューコードの人形狩りを雇う。これにはメリットとデメリットが存在する。

 かつてレミナがヒトヤに話した通り、ニューコードは都市に恨みを持っていてもおかしくないと思われている異能集団だ。都市の警戒対象なのである。

 そんな者達を雇えば当然、都市の警戒の視線を自分達も浴びることになる。


 レックスリゾートとロックスラム。ぶつかり合いを控えている二大徒党だ。特に都市から敵視されているレックスリゾートにとって都市の調査対象名目になりそうな要素を受け付けるはずがない。


 現状シュウジの行方は体面上は不明だ。だから騎士は直接レックスリゾートに乗り込む事ができない。何の証拠もない思い込みで廃棄地区の住民を虐殺する。そんなことをすれば市長ミカドの力で黙らせた市民達が、またも騒ぎ立てかねない。

 いや、それだけならまだいい。仮にそこにシュウジがいなかったら。

 それが騎士団がロックスラムを動かす理由だった。


 つまり消去法でもジャックハウンドの雇い主はロックスラムということになるが、更にロックスラムと推定できる理由がある。


「ニューコードが頭を務める徒党……か」

「能力によっては厄介な奴らだ。能力と身分に胡座をかいた紋章持ちより遙かにな」


 ロックスラムの頭バシンはニューコードであった。

 その事は廃棄地区では知ろう思えば知れる程度に情報が広まっている。


 自身がニューコードのバシンにとってニューコードを雇うデメリット等、既に負っている。ならばニューコードを雇うことに躊躇いはなかろう。

 加えて都市の支援を受けた徒党なれば、レックスリゾートとの衝突も都市が動いている可能性がある。

 いわば何もしなくても都市の監視体制下にあるのだ。

 だったら逆に変な疑いは持たれない状況だと開き治り、ニューコードを雇うことで戦力増強をする可能性は低くはない。


 推測がまとまったところで


「互いに戦力増強に走っている現状、総合的には戦力で劣る上、戦力増強に足踏みしているこちらから喧嘩を売るようなことはすべきじゃない」

「結局のところ怯えながら様子見するしかないと言うことか」

「そういうことだな」

「警戒態勢を今以上に強化する。アカヤシ達には負担をかけるが……」


 アランズマインドに出来ることは少なかった。




 レミナ達アマゾンスイートは森林地帯へと踏み込んでいた。

 レミナ達もヒトヤの得た大金について情報は得ていた。


 レミナ達にとってヒトヤは恩人だ。友情に近い感情もあった。

 だから他の人形狩りの様にヒトヤを襲うようなことはしなかったが、レミナ達もまた金を必要としていた。


 ヒトヤが何を手に入れたのかまでは知らない。だが、大金を稼げる遺物がまだ残っているということが重要だった。


 騎士団遠征部隊白獅音。彼等の力は絶大だ。

 主力となる勇者の紋章使いとロイドバーミンとの相性もあり、高い戦果を上げている。言い換えると白獅音に行けない場所はない。白獅音の遠征によって地上には未知の遺物など存在しないと考えれてさえいた。


 そこに至ってヒトヤの得た大金である。大金が支払われる遺物とは未知の遺物である可能性が高い。

 まだそのようなものが残っているのなら。そう考えて森林地帯へと舵を取った人形狩りは少なくない。

 レミナ達もそうだった。


「来るわよ! ミヤビ!」

「了解!」


 レミナに遅れること暫し。メキメキと木々が倒れる音がミヤビの耳にも聞こえてくる。茂みの向こうから現われたのは人車型と呼ばれるロイドバーミンであった。


 視認したのか、既に視認していたのか。

 アマゾンスイートを轢き殺さんと突進する人車型のロイドバーミンは三体。


 その先頭にいるロイドバーミンはまっすぐミヤビへと車輪を回しながら、更に剛腕を振り下ろす。


「シッ! どっせぇええい!」


 その攻撃をかいくぐり、人車がたの腹部に自慢の機械式戦斧、ヒートハルバートを叩き込む。

 高熱を宿す、重量武器。並の装甲で防げるものではない。


 地下遺跡でアマゾンスイートが人車型相手に苦戦したのは狭い通路という地の利が相手にあった為だ。

 広い森林地帯。生え茂る樹木の隙間は人間にとって十分な通路だ。回避できる場所はいくらでもある。一方巨体を誇る人車型にとって樹木は障害以外の何者でもない。


 樹木によって勢いを減衰させた人車型の突進はミヤビにとって脅威ではなかった。

 人車型の突進方向から身を逸らし、ニューコードとして与えられた怪力をもってヒートハルバートを叩き込めば、人車型の装甲をぶち抜くことも可能である。


 腹部を破壊したところでロイドバーミンである人車型に致命の一撃を与えたとはいえない。だが、脚部が車輪の人車型にとって腹部は脳にあるCPUと脚部の車輪を繋ぐ回路がある場所だ。そこを潰されれば動きは鈍る。


 すぐさまミヤビはヒートハルバートを引き抜き、槍で言うところの石突きの辺りを両手で持つ。槍の長さを持つヒートハルバートは、そうすることで最大のリーチを生かすことが出来る。巨大な体躯を持つロイドバーミン、人車型の頭を狙える程に。

 ミヤビが振り下ろしたヒートハルバートは人車型の頭を破壊した。


 人車型のロイドバーミンは残り二体。二体はレミナとカレンの二人の下へと走っていた。


「カレン。折角の機会だわ。ちょっと勿体ないけど森林地帯を進む以上、お互いの新装備を確認しておきましょう」

「解りました」


 レミナに応える様に頷いたカレンは、精密行動を可能とする異能で素早く矢を弓につがえ、照準をロイドバーミンの頭部に合わせる。


 照準が合った瞬間に放たれた矢はシューティングボルト。

 加速されたその矢はカレンの狙い通りロイドバーミンの額を貫き、その直後強力な電撃を放出した。


 CPUを焼き切られ、動きを止めるロイドバーミン。


「オーケイ。予想通りの威力ね。あとはこれか」


 レミナは自身の腕に装着したシールドを見る。


「あの一体は任せて」

「大丈夫ですか?」

「ええ」


 レミナの異能は異常聴力。身体能力は常人と変らない。

 迫り来る巨大質量兵器にこうする術などなかった。

 これまではそれでもよかった。レミナの指揮の下、ミヤビが盾となり、カレンが矛となる。それがアマゾンスイートの陣形だった。


 しかし、今後未開の地へと足を踏み出すというなれば、レミナも今まで通りとはいかない。


「ここで躓くようじゃ、なんにしてもってね」


 人車型に向かって駆け出すレミナ。

 人車型は質量に任せ、突進しながら腕を振り下ろす。


 その腕に盾を合わせながらレミナは後ろに跳んだ。


「くぅっ!」


 人車型の重量を乗せた拳を前に後ろに吹き飛ばされるレミナ。その表情は歪んでいる。盾越しとはいえ伝わる衝撃は十分なダメージとなるのだろう。

 見方を変えれば、顔を歪める程度のダメージで済んだともいえる。


 一方人車型は上半身を仰け反らせていた。


 カウンターシールド。

 レミナがボンボ武装店から手に入れた、空気を取込圧縮するする機構を内部に取り込んだ盾だ。


 エアバックのように衝撃を受けると内部の空気を爆出する。

 その威力は人車型の攻撃を弾くほどに協力だが、このシールドには弱点もあった。


 空気を爆出した反動を抑える機構がないのだ。

 よって何も知らなければ、この盾の衝撃に持ち主がダメージを受ける。

 戦場で突如手元で空気爆発が起こるのだ。今のように人車型に突進されているような状況下でその様なことが起これば、衝撃で身体の自由を奪われ、その間に人車型に轢き潰される未来が待つ。


 だがそれを知っていれば対策はある。レミナのように後ろに跳べばいい。

 衝撃を殺し、許容できるダメージと引き替えに敵の体勢を崩す。

 特に人車型の様なタイプには効果的だ。


 高速走行で走る人車型はその上半身にとてつもないGがかかっている。

 一度仰け反ると、中々体勢を整えられない。


 ロイドバーミンは人間が視界に映ると狂騒状態となって襲う。

 仰け反った体高を誇る人車型の視線にレミナ達は映っていない。


 結果、人車型はレミナ達を襲うことをやめた。

 体勢を持ち直すベく、走行をやめる為に速度を落す。レミナの狙い通りに。


「待って上げる気はないわ」


 まだ仰け反った人車型の頭部にレミナのスタンロッドが添えられる。

 発された電撃は人車型の頭を焼いた。






「収穫なしかぁ……」

「ミヤビ、だらしないですよ。ロイドバーミンの遺体を売って赤字にはならなかったんですから、今回はそれでよしとしましょう」


 酒場で人目を憚らず、大きな胸を突き出すように椅子に仰け反るミヤビと、それを咎めるカレン。


 そんなパーティーメンバーを見ながらレミナは微笑みつつも思考を巡らせていた。

 金とランク。目的の為には何もかもが足りなかった。


「ねえ。レミナぁ」

「なに?」

「もういっそ、ヒトヤに聞いちゃわない?」

「……そうねぇ」


 レミナとしてはヒトヤに迷惑をかけたくなかった。

 しかしそれ以上に優先すべき事がレミナ達にはあるのだ。


 ヒトヤに聞けば森林地帯の何処で何を拾ったのか、教えてもらえるかもしれない。絶対とはいえないが、可能性はあるといえる程度にレミナはヒトヤと仲が良くなったと思っている。


 当てもなく鬱蒼とした森林地帯を徘徊し、何を手に入れられるものか。

 そう考えればむしろさっさとヒトヤに聞くべきなのだ。


「思い立ったがっていうし、今から連絡を……」


 端末を盗りだしたレミナの手が止まる。

 まっすぐアマゾンスイートに近づいてくる人影に気付いたからだ。


 レミナが警戒態勢をとった事で、ミヤビも姿勢を整える。カレンもすでに指を弓にかけていた。


「そう怖い顔でみないでほしいんですがねえ」


 その人影はビドウだった。


「何?」

「いや、前回すげなくフラれたじゃないですか。だから皆さんのことを少し調べさせて貰いやしてね?」

「そういうことするからフラれるのよ?」

「手厳しいでやすねぇ……ですが今回は聞いておくことをお薦めしやすよ?」

「……」

「だから黙って睨むのやめませんかね? ……解りやした。じゃあ、先に手の内を見せやしょう。そうすればその綺麗な顔が笑顔になりやすかね?」

「……内容によるわ」

「……ありやすよ? クレハさんを殺せる兵器……ウチに」

「っ!?」

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