第55話 ジャックハウンド

 ヒトヤがカムラと戦っていた頃、三人の男がアランズマインドの縄張りに足を踏み入れた。


「何者だ!? 武器を捨て名を名乗れ!」


 見張りについていた十名ほどの中からアカヤシが進み出る。脅しも含んだアカヤシの叫ぶような声に、しかし三人はただニタリと揃って笑みを浮かべた。


「そう硬いこというなや」

「俺達はちと聞きたいことがあるだけさ」

「まったくだ。俺達もこんな汚えところに好きで来たわけじゃねえんだ」


 挑発的な態度でアカヤシの忠告を無視し、三人は武器を抜く。

 彼等は皆機械武器を持っていた。


「ヒトヤってガキがここらにいるって聞いてる。そいつはどこに居る? 素直に教えればアンタ等に手は出さねえよ。どうだ?」


 ジャックハウンドは四人攻勢のパーティーだ。ヒトヤを知らない彼等はカムラをセンターからの帰り道に一人見張りとして置き、残りのメンバーでアランズマインドの縄張りにヒトヤの居場所を聞き出すべく乗り込んだのだった。


「なん? ……素性も解らんお前らのような奴らに教えられるか! もう一度言う! 名を名乗れ!」

「名乗れって言われりゃ名乗っても良いけどよ。名乗ったら教えんのか? そうじゃねえなら意味ねえぞ? お前ら全員ここで死ぬからな」


 三人の内の一人がそう良いながら進み出る。

 アカヤシは思わず喉を鳴らした。


 アカヤシ含めアランズマインドの見張りは屈強な兵士というわけではない。

 多少普段から稽古をしている程度の一般人のようなものだ。


 一方対する三人の男達には雰囲気が合った。

 鎧の傷が、武器のくすみが、歴戦の戦士だと素人にも解る程に男達の強さをアカヤシ達に教えていた。


 男達の雰囲気に気圧されアカヤシ達は無意識に後退る。

 その光景に笑みを深くした男は自身の武器を見せびらかすように揺らして見せた。


「俺はジャックハウンドのベムだ。さあ、名乗ったぞ? これで素性は解ったわけだな……で、ヒトヤってのはどこにいる?」


 ゆっくりと近づいてくるベム。アカヤシには明確に伝わっていた。

 この男は本当にここにいる者全員を殺す気だ。それだけの力があり、またそれを躊躇わない狂気がある。


(……ヒトヤくん……)


 アランズマインド。廃棄地区に捨てられ路頭に迷ったアカヤシ達にとって語り尽くせない程恩のある組織だ。

 一方ヒトヤは協力体制にこそあるが、アランズマインドのメンバーではない。

 エド達の目的は解らない。ヒトヤの居場所を教えれば彼等は言葉通りアランズマインドに手を出すことなく立ち去るのかもしれない。

 ではヒトヤを売るのか? アカヤシはその決断をできなかった。

 ヒトヤもまたアカヤシにとって恩人であった。

 ヒトヤの勇気のおかげでアカヤシはロイドバーミンの襲撃から生還することが出来た。


 時間稼ぎというのは大抵意味がない。そう解っていながらもアカヤシはエドの更に後退り、時間を稼ぐことしか出来なかった。


 時間稼ぎというのは絶対に意味を成さないわけではない。この時はそのアカヤシの行動が皆を救うことになる。


「ほう。ウチのヒトヤに用か。代わりに聞いてやる。なんだ?」


 アカヤシは後ろから聞こえた声に安堵し、身体から力が抜けるのを止められなかった。


「……イクサさん」




「イクサ? どっかで聞いたことがあるな」


 ベムは後ろから聞こえたメンバーの声に記憶を辿った。


(確か……)

「あ! 思い出した。あれだ、あの噂」

「エド……噂ってのは?」

「ほら、レックスリゾートとロックスラムの襲撃を一人で撃退している剣士が廃棄地区にいるってやつ」

「……あー……」


 情報は人形狩りにとって時に金より貴重なものだ。都市から見捨てられた廃棄地区とはいえ、強者の名前は一部の人形狩りに知られていた。


(そんな強そうにはみえないが……)


 確かに積まれた経験からくる洞察力が教える窮地。論理を飛ばして答えに結びつくそれを強者は勘と呼ぶ。

 この勘というものは鋭く効くときもあるが鈍く機能しないときもある。自身に要因であるとすれば疲労や眠気、油断、或いは酒気などだろう。少なくとも今のベムにはどれも当てはまらない。

 もう一つ機能しない理由が外的要因だ。例えば圧倒的に力の差がある。そんなときは無意識に現実逃避する脳が危機を伝えない。


(まさかな……)


 ベムは自身の脳裏に過ぎった不安を振り払う様にイクサを見る。

 腰に日本刀のような曲刀を帯びた男は飄々と佇むように、ただ立っていた。


「それで、用件は?」

「お前んとこのヒトヤって奴の端末が必要でな。何、ちっと貸してくれるだけで良いんだよ」

「ハーディー?」

「落ち着けよ。どうせ眉唾だろう? 最強とかよ」

「……端末? ……ああ、そういうことか。どうせアイツのことだから断る。無駄だから帰れ」

「そう言われて帰れるわけねえだろう?」


 ベムはハーディーの肌が黒ずんでいくのを見て安堵し、ほくそ笑んだ。

 敵は剣士。ならばハーディーに負けはない。


 三人の中でも巨体を誇るハーディーには特異能力がある。

 身体硬化能力。

 刃をも防ぐ硬度を持つ身体に任せ、片手斧型の機械武器の威力に任せて相手を叩き潰す。それがハーディーの戦い方だ。


 ズカズカと進むハーディー。それを静かに見ているイクサ。

 イクサが何もしてこないのは自身の力に自信があるからだろうか?

 だとすればそれは油断だ。

 例えこの後剣を抜いたとしても、剣はハーディーの能力に止められ、ハーディーの斧がイクサを斬り裂く。

 そのはずだった。


「こういうのはどうだ? テメエの死体をそのガキに晒す。そうすれば俺の言うことも聞いてくれんだろう?」

「短絡的だな。加えて大間違いだ」

「あ?」

「死人は人を殺せん」


 その直後ハーディーの身体に赤い一筋の線が描かれる。

 その数瞬後ハーディーの上半身は胸の辺りからズルリと大地に落ちた。


「な!?」


 ベムにはイクサの挙動が見えなかった。

 それでも解ることはある。いまハーディーは目の前の男によって命を絶たれたのだと。


「テ、テメエ!」

「エド、よせ!」

 

 ハーディーの死による怒りか、それとも恐怖による暴走か。

 エドが走り出すのをベムは制止しようとするが、その手は届かなかった。


 それもそのはず。

 エドにも異能がある。瞬間加速。

 自身の毛穴から強烈な空気を噴出し、肉体を加速させる能力だ。


 その能力を全開にし、高速でグラディウスの様な片手剣型の機械武器をイクサに向かって突き刺さんと特攻したエド。

 常人なら反応もできずにその刃の餌食になっていたのかもしれない。

 だが


「が! ……ぎぁああああああ!」


 その刃を持つ腕はイクサに掴み取られ、そして握りつぶされた。

 いや、この表現は正確ではあるまい。イクサに握られた先の腕が千切れ飛んだのだから。


「やかましい奴だ。さて、ついでだ。確認させて貰うぞ」


 今度はイクサが刃を振るう。

 エドはこの時イクサの刃が光を放っているのを視認した。


(機械武器……だからハーディーは……)


 エドの僅かな思考の間に放たれた剣閃は五本。

 その数瞬後、エドの防護ベストと防護服が斬り裂かれ、エドの上半身が顕わにされる。


「ふむ、やはりニューコードか……となると……」


 相手が何者かを理解し満足したのか、痛みに絶叫を上げるエドの額にイクサは容赦なく刃を突き刺し、死をもって黙らせた。


 ベムは今漸く理解した。先の自身の不安は的中していたのだと。

 ベムは何も出来なかった。目の前で起きた状況に、ただ身体を震わせた。


「く、来るな……」

「そう言われて素直に帰っていれば、こんな目には会わなかったのにな」


 無造作に歩いてくるイクサ。

 もうすぐイクサの間合いに入る。

 身体の震えは止まらない。ベムには目の前の男が、死そのものに見えた。

 故にベムは生存本能がベムに抵抗を命じた。


「あ、あぁあああああ!」


 ベムは本能に従い異能を解放する。


 ベムの異能。それは香気だ。

 アロマやフェロモンに代表される香気は人の神経に作用する。

 強烈な香気を放つことで周囲の生物の動きを鈍らせる。それがベムの能力だった。


 耐人、対野獣のみならずこの能力は対ロイドバーミンにも効果がある。

 ロイドバーミンは毒など人が身体異常を起こすものに対し強い反応を示すからだ。


 香気をばらまき、ロイドバーミンを誘導し、背後から奇襲する。

 そうのような戦闘スタイルであるベムの武器は連射型のクロスボウだった。


 相手が誰であれ、異能で力を封じ、躱すことのできない弾幕で封殺することが出来るベムの能力はジャックハウンドの中でも怖れられ、その為このパーティーを率いる立場であったベム。


 対人戦において使い方によっては無敵ともいえる力を持つ筈の能力である自身の能力。撃ち放った矢の弾幕。

 ベムは恐怖に震えながらも、どこかで勝てると考えていた。


 そしてその考えは理不尽とも思える程に簡単に否定される。


 イクサは香気を嗅いでいるはずであるにも関わらず、動じることもなく歩みを続け、ベムの放った矢の弾幕をこともなげに刀と鞘を使って全て撃ち落とした。


「酷い体臭だな」


 少しだけ嫌そうな表情で、しかし歩みを止めぬイクサ。 


「な……なんなんだ……なんなんだおまっ!?」


 お前は? とは聞けなかった。

 ベムの首から上はあっけなくイクサの刀に斬り飛ばされ、宙を舞った。


「アランズマインドの雇われ兵、とでも言っておくさ」


 屍と化したベムに律儀に答えたイクサは、無感情に去って行く。

 イクサの背中が、まだ意識を残したベムの目が見た最後の光景だった。

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