第54話 カムラ

 カムラと名乗った男が抜いた短剣。その柄には拳銃のようなトリガーがあった。

 カムラがそのトリガーに指をかけ、引いた瞬間にヒトヤはその短剣の特性を知る。

 刃がチェーンソウの様に回転し始めたからだ。


(あれを刺されたら確かに痛いじゃすまないな……でも、なんでだ?)


 突き刺した刃が更に肉体の中で回転する。傷は刺し傷などでは当然すまない。

 回転した刃が肉と骨を抉り、内部破壊を引き起こす。必殺性の高さで言えばトップクラスの危険な武器。それはヒトヤにも解る。


 だが、奇妙な違和感がヒトヤにはあった。


 なんでだ? という直感的違和感も感じただけヒトヤは成長しているといえるのだろう。


 そもそも短剣など戦いを想定するならメインウェポンとして使うものではない。


 かつて人間達の戦場を締めた武器は銃であった。さらに大陸間を横断する兵器が誕生した。それらが世に出るまでは弓矢が使われた。弓矢が生まる前の原始の時代とて人は道具を投げて使ったという。


 自分は可能な限り安全な位置で敵を撃つ。その為に必要なファクターはリーチだ。リーチが長い武器を使った方が戦いは有利。当然のことである。

 ではヒトヤはなぜ刀を使うのか。それは妥協に過ぎない。


 弓には矢が必要で、矢は撃てば消費する。

 仕事がいつ終わるか保証されない人形狩りという職業において、弾数が限られているという要素はそれだけで無視できない弱点である。


 また長すぎる武器にも弱点はある。狭い場所では相当動きを制限されるからだ。

 森林地帯では必ずしも槍など長物が有効であるとは限らない。

 そういった状況を鑑みて、完成されたのが刺突特化のシャオンの技なのだが、それはともかく。


 仲間のいない活動を想定すべきヒトヤにとって、手が塞がる状況は避けたい。

 その点、刀は長すぎず、鞘に収めれば両手が使える。

 ヒトヤにとって今手にある愛刀は、妥協の中で最も優れた武器であった。


 一方敵が持つ武器は短剣。

 確かに短剣が有利に働く状況があることは否定しない。しかし、それをメインにする理由は? ここにヒトヤは直感的に引っかかっていた。




 カムラにとって目の前の敵は旨い獲物程度の認識であった。

 見た目はただの子供。抜いた直刀は無骨で、細かい傷のせいで輝きもくすみ、確かに雰囲気はあったが所詮ただの刀。


 負ける要素など何処にもなかった。

 少なくともカムラにはそう思えた。


 カムラは決して弱い戦士ではない。人形狩りジャックハウンドの一因としてそれなりの数の対人、対ロイドバーミン、対野獣戦を経験してきた。


(なんだ? どうにも嫌な予感がするが……はっ、何をこんなガキに)


 相手の見た目がカムラの直感認識の邪魔をする。


「行くぜ!? なあ、おい!」


 自分が上である。そう自分に暗示をかけるよう発した声を置いていくようにカムラはヒトヤへと走った。


(速い……って程じゃないな)


 繰り返すがカムラは決して弱い戦士ではない。

 少なくとも間違いなく常人の中では、相手にしたくないと思われる側の人間だ。


 しかし、それはあくまで常人の範囲内。

 もはや身体強化された武人の動きについていけるヒトヤにとって、カムラの身のこなしはむしろ遅いとすら感じるものであった。


 ヒトヤは自分を尾行し、金を奪おうとする者達と戦う中で必勝法といえる戦術を編み出していた。


 方法はシンプルだ。

 何処でもいいから自分の攻撃を当てる。そして吹き飛ばし、死に体にしてとどめを刺す。


 集団でかかってくる追跡者との戦いで、まず避けるべきは敵の戦力集中。つまり囲まれるという事態だ。

 精密な急所狙いよりも力技を重視し、まず敵を突き放すことで、とにかく一体一という状況を死守する。


 当初はその為の戦い方だったのだが、結果そうして吹き飛ばされた敵を仕留めるという作業が如何に簡単で楽なことか。


 油断というものとはまた違う。有効な手段であれば何度でも擦る。そんな合理思考でヒトヤは愛刀をカムラに叩きつける。


 その剣閃はカムラがぞっとする程速かったが、殴ると教えてから撃つテレフォンパンチに当たる者がいないように、カムラはヒトヤの刀をしっかりと短剣で受けた。

 回転する刃が刀を弾く。


(こいつ本当にガキか!?)


 衝撃で体制を崩すカムラ。視線の先では、回転する刃に刀を流され、やはり体制を崩すヒトヤ。


 ヒトヤはこの状況を想定できていなかった。不意に流された力に意表をつかれ、一瞬だがたたらを踏む。一方ヒトヤの踏み込みと剣速より、一瞬前とはいえこの状況を想定したカムラは体勢を崩しながらも踏み留まった。


 この一瞬、二人の体勢からの戦局はカムラが圧倒的に優勢。故に、


(マジか、このガキ!)


 再度ぶつかり合うヒトヤの刀とカムラの短剣は五分。

 ヒトヤの動きの速さがヒトヤの振りを覆す。

 二度ぶつかり合った剣撃は、今度は互いの体勢を大きく崩した。


 さて、話は戻るがなぜ短剣を使うのか? 状況によって有利だからといいうのが理由ならばサブウェポンとして持てばいい。

 軽量で携帯しやすいことが短剣の優位点だ。他の武器をもつ弊害にはならない。


 カムラに関して言えば、答えは簡単だ。

 短剣が他の武器に劣る点をカバー出来るからだ。

 いや、むしろ自身に備わった能力の弱点を補える最も優れた武器として、このチェーンダガーが選ばれたのだ。


 優位な体勢からの剣撃は五分。互いに体勢を崩したこの状況で、再度斬り合いに行けば間違いなくヒトヤの刀がカムラを斬り裂く。


(こんなガキに、こいつを使うことになるとはな)


 カムラは弱い戦士ではない。その一瞬で的確に自身の行動を選択できる実力を備えていた。


 体勢を立て直し、更なる攻撃を繰り出そうとするヒトヤ。しかし、その動きが止まる。カムラは体勢を整えることなく、むしろ自分から更に後ろに跳び、距離を取った。


「喰らえよ! カァアアアアアアッ!」


 そして着地を待たず、カムラが大きく開いた口から放たれた叫び。ヒトヤはカムラの口から放たれた衝撃波を受けて後方へと吹き飛ばされた。




 吹き飛ばされたヒトヤは何をされたのか解らなかった。だが、どこかで納得していた。始めに感じた違和感の謎が解けたからだ。


 カムラから放たれた不可視の衝撃波を受けたヒトヤの身体は痺れ、直ぐには動かせそうにはない。


「へっ、手間かけさせやがって」


 見下すように口上を述べながら、歩いて近づいていくるカムラ。

 ヒトヤはカムラを見て、先程の今の状況を冷静に分析する。


(っぅ……るならさっさとれっての……いや……できないのか?)


 ヒトヤはカムラが隠そうとしているものの息切れをしていることを見逃さなかった。


(さっきのあれは相当体力を使うのか……もしかして、連射もできない?)


 カムラにとって現在の状況は完全なる勝利パターンだ。だからガキ相手に本気になった自分の矜持を守る為、ゆっくりと歩んでいるに過ぎないのだが、しかしヒトヤの推測もあながち間違いではなかった。


(なら……動けるようになれば、勝機はあるな)


 ヒトヤの意思に従うようにヒトヤの胸が脈を打った。




 カムラの衝撃は人だけでなく、ロイドバーミンにも有効だ。衝撃波はロイドバーミンの体内回路にも作用し、一時的に動きを止める。

 一方人間であれ殺害するほどの力はない。

 故にカムラは短剣型の機械武器を愛用していた。


 威力に申し分なく、刺せば確実に敵を葬ることが出来る。衝撃波で敵の動きを止め、機械武器で敵を確実に仕留める。

 小回りの効く短剣は盾としても有能だ。

 リーチなど関係ないカムラにとってこの機械武器は攻防一体の万能兵器だった。


 この戦いもいつも通りだ。既に敵は自身の衝撃波で動きを止めている。

 衝撃波を放ったことで脱力感と喉の痛みが襲ってきてはいるが、それも既に慣れたいつもの事。


 あとは自慢の愛剣を目の前の仰向けに寝そべった少年に突き刺すのみ。

 

 これを油断と呼ぶのは酷というものだろう。カムラには都和斧と呼ばれて然るべき戦闘経験があった。衝撃波を受けた敵がどの程度動けなくなるのか経験則で解っていた。


 だから


「なんなんだ、テメエは!」


 逆手に振り下ろした短剣がヒトヤの刀に弾かれる。

 継いで飛んできたヒトヤの蹴りにカムラは腹を撃ち抜かれ、後退を余儀なくされた。


 その間にヒトヤは立ち上がる。


 カムラの経験にヒトヤのような回復能力を持つ敵との戦いはない。推定できなかったカムラにとって余りに理不尽な状況に、カムラはたまらず叫ばざるを得なかった。


 一方ヒトヤは静かだった。

 ただその視線に殺意を乗せてカムラを射貫くように睨め付ける。


 カムラは背筋に寒い何かが走ることを自覚した。

 漸くカムラは始めに感じた嫌な予感の正体を知った。

 恐怖だった。ビドウを見たヒトヤが感じたそれと同じ者をカムラはヒトヤから感じ取っていた。


 そしてカムラはそれをいまこの時になっても認められなかった。

 自らがガキと評する目の前の敵に恐れを抱いたなどと、認めるわけにはいかなかった。


「大人しく寝てろ! カァアアアアアアッ!」


 恐怖を振り払う様に再度放った衝撃波。対するヒトヤは


(避けた、だと!?)


 不可視の攻撃が見えているかのように、横っ飛びで衝撃波を躱した。追撃は不可能。ヒトヤの予想通り衝撃波の連射は出来なかった。

 ヒトヤは着地を待たず左手をカムラに向けた。続くガシュンッと響く金属の弾ける音。


「あ? ……なんだ、これ?」


 走る鋭い痛みに、カムラがその原因となる自身の胸に視点を映せば、そこには短い矢が刺さっていた。


「テ、テメ……グフッ」


 吐血し、力なく頽れるカムラ。そこへ、ヒトヤは悠々と先のカムラをなぞるかのように歩を進めた。


「だまし討ちってのはバレたら意味がないからな。噂のよく広がる世界だ。俺なんかを見ている奴も少ないとは思うけどな、出来れば最初は騎士共やつらに使いたかったんだ。だから本当はお前なんかに使いたくなかったんだけどな……まあ……ちょっとした勉強代だと思うことにするよ。楽な戦い方にばっかりに頼ってると、いずれ大怪我するんだってな」


 ヒトヤが振りかぶった刀はカムラに容赦なく振り下ろされる。

 カムラにはもう、それを受けられるような力は残っていなかった。






 屍と化したカムラを背にヒトヤその場を後にする。


「今日の飯は何かな……良い物手に入ったし、トータルで見れば良い日だったのかもな」


 カムラから奪った短剣を腰に帯びて、ヒトヤは襲われ、ダメージを受けた後にも関わらず、少しだけ上機嫌に住居へと軽い足取りで帰って行った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る