第53話 ロックスラム

 ビドウが廃棄地区の自身の拠点に帰ると、拠点の主、つまりロックスラムの首領であるバシンの下へと向かった。


「ただいま帰りやした……あー、またやったんですかい」

「ん? まあな……」

「まあな、じゃなくて」


 まるでミンチに様に潰された肉塊と広がる赤い液体。

 おそらく元は人手あったろうそれを見てビドウは顔をしかめる。


「掃除。大変なんですがねぇ」

「……すまん」


 目をそらしながら一応の謝罪を口にするバシンの様子に、ビドウはため息をついた。


 ロックスラム。

 クレイモア率いるレックスリゾートに対抗すべく都市が支援して立ち上がった組織。明確な役職や体制があるわけでもなく、それ故バシンやビドウは自らの組織を派閥と呼ぶが、ロックスラムの長は? と聞かれればロックスラムを知るものはバシンと答える。明確にその一点だけははっきりしていた。


 法も秩序もない廃棄地区で皆に頭と認められるには、それ相応の理由がある。

 勿論投票や人望などと言ったものではない。強く、かつ暴力を振るうことに罪悪感がない、殺人すら厭わない。即ち恐怖こそがバシンをロックスラムの首領と皆が認める理由である。


 その恐怖を皆に植え付ける理由の一つが、ビドウの目の前に広がる肉塊これだった。


「今回はどんな理由で?」

「いや、そいつがレックスリゾートに武器が運ばれたって報告してきたからよ。聞いたんだ。阻止したのか? って。そしたら報告が先だと思いました、とかわけの解らんこといいだしてな」


 ビドウはバシンの言葉で大体を察した。

 現在ロックスラムは都市からの指示によりレックスリゾートとの抗争状態にある。レックスリゾートが武器を手に入れ強化される状況はロックスラムにとって思わしいものではない。

 そこで警戒を兼ねてロックスラムに属する者達にはレックスリゾートの見張りを命じていた。目の前の肉塊はその内の一人だろう。

 おそらく肉塊になった者は言われた通り見張りを実行し、そして武器が運ばれるという状況を見て危機感から報告に帰ったはずだ。


 悪いことをしたわけではない。むしろ命じたとおりのことをやったともいえる。が、


「見つけたなら止めろって話だろう? なんでみすみす見逃してんだよって。軽く叱るついでに小突いたらこう……な?」

「力加減を間違えて殴り潰したと?」

「いや、まあ、そうなんだけどよ」

「はあ」


 ため息を突きながらビドウはバシンを見る。バシンを一言で表すなら巨漢。これにつきる。三メートルに届くかという身長。その背が遠目には高く見えない程の横幅。しかし贅肉を見つけるのは難しいほど隆々とした筋肉。


(ちょっとした化物でさぁね)


 恐ろしさは味方にとって心強さでもある。その点で確かに頼れる頭ではあるのだが、


「戦力を集めようってこの時期に、仲間を潰すのはやめて欲しいんでやすけどねぇ」

「……すまん」


 まあ、バシンも反省はしているようだと、ビドウはこの件から気持ちを切り替える。


「それで仲間集めの件でやすがね」

「おお、どうだった?」

「収穫なしってわけじゃありやせんが、なかなか上手くいきやせんね」

「む……」

「ええ。アマゾンスイートにジャックハウンド、あと一応イーターズの連中にも声をかけやしたが、どこからも断られました。理由はどこも報酬が安い、でいっしょでさぁね」

「金……か……」

「都市もレックスリゾートを潰せってんなら軍資金を都合くれてもいいもんなんですがね。こういうところがケチでいけねえ」

「幾らなら受けるっていってんだ?」

「一番安値でジャックハウンドですかねぇ。っていっても一千万ゼラとかふざけた金額ふっかけてきやしたが」

「一千万?」

「ええ、ふざけてるでしょう?」

「一千万か……何とかなるかもな……」

「へい?」


 ごつい指を顎に添え中を見上げるバシンをビドウは惚けた表情で見つめた。

 ロックスラムが都市の支援を受けているとはいったが、その支援は本当に最低限のものだ。

 食料に不自由する程ではないが贅沢出来る金ではない。

 都市としては元来ロックスラムはレックスリゾートの抑止力としてそこにいれば良いだけであって、別段ロックスラムに強大な勢力になって欲しいわけではないのだから。むしろ過剰な勢力とならないよう支援は調整されている。


 だからこういうとき金の工面には苦労する。一千万ゼラなどという大金は袖を振っても出てくるわけがないのだが、


「いや、噂ではあるんだけどよ。なんかどっかの人形狩りが大金を手に入れたって話があるんだよ。一千万ゼラ。それも手に入れたそいつがただのガキだって話がな」

「なんですか? その嘘みたいな噂」

「俺も半信半疑なんだがな。嘘にしては逆に突拍子もなさ過ぎるっつーか。珍しい遺物を手に入れてセンターに売ったんじゃねえかって、話してる連中の推測だがな。だったらあり得るだろう」

「そんなわけ……」


 ない、と言おうとしてビドウは言葉を飲み込んだ。


(そういえばあのガキ、ガキの割には随分しっかりした装備だったですやね……)


 ふとヒトヤの事を思い出したからだ。

 廃棄地区は住民税の払えない貧しい者達が集まる場所というのが一般的な認識だ。例外はあるが例外と言うことは金を持っていると言い換えることも出来る。


「つまり、そのガキをやっちまおうってんで?」

「ああ。で、金を奪えばジャックハウンドは雇えるわけだろう?」

「まあ……そうでやすがね」

「持ってれば儲けもの。なければそれでよし。ガキ一人やる程度の労力だ。疑うよりもやって確かめる方が得だろう」


 ビドウはバシンの意見に頷けなかった。

 廃棄地区の勢力は大きく分けて三つ。そのガキとやらが自分達の勢力にいない以上、つまりレックスリゾートかアランズマインドに属していることになる。つまりそのガキを襲うためには他の勢力へと攻め込むか侵入しなければならない。

 レックスリゾートに攻め込むということは抗争が本格的に始まるということだ。確実な勝利を求め仲間集めに勤しんでいる今、その行動は控えるべきだ。

 一方アランズマインドならば、場合によってはイクサが出てくる。これはビドウとしては最大限に避けたい事だった。


「お前の懸念もよく解る。だがここをつかえ」


 バシンは太い人差し指で自身の頭をコンコンと叩いて見せた。


「何かいい手があるんで?」

「ああ。ジャックハウンドを使うんだ」

「へい?」


 ビドウは再度呆然とする。そのジャックハウンドを雇う金を得るためにガキをやるという話ではなかったか?


「まあ、聞けよ。ジャックハウンドだってガキを襲って欲しい程度の依頼なら、そうふっかけてこねえだろ? だから安い金でジャックハウンドにガキを襲わせるのさ」


 ジャックハウンドにガキから端末を奪わせる。何もなければ安い金を払って終わりだ。仮に端末に金が入っていれば、


「つまりジャックハウンドは自分達が得た金でアッシらに雇われるってことですかい?」

「ああ、そういうことだ」

「それ……持ち逃げされやせんかね?」

「事前に釘は刺しておけばいい。俺達を敵に回すぞとな」


 成功するかどうかはともかく、リスクの低さという点でビドウには悪くない案に思えた。


「解りやした。乗りやしょう。ジャックハウンドにはアッシが交渉に言ってきやすよ。ついでにちと調べものがあるんで、明日は遅くなりやすぜ」

「調べ物? なんだ?」

「いや、仲間集めに関してですがね。アマゾンスイートも或いは動かせるかも?」

「そうなのか?」

「あんまり期待しないで下さいや。あくまで小さい可能性ってやつです」

「ふむ……まあいい。任せる。ただ今はレックスリゾートといつ戦いになるか解らねえ。それは忘れてくれんなよ?」

「へいへい」






(またかよ。もしかしてこれからも続くのか? ……勘弁してくれ。ダル過ぎる)


 またも裏路地で尾行してきた人形狩りを迎撃したヒトヤは、足早に住処へと急ぐ。

 アランズマインドの縄張りに入ってしまえば、絶対とはいえないがひとまずの安全が保証されている。


 大金を得たとはいえ、まだまだヒトヤは上を目指さなければならない。

 今日もセンターに行ってみれば、良い依頼はなく、帰りに襲われたのだからヒトヤに取っては散々だった。


 嫌なことというのは続くものである。

 

 もうすぐアランズマインドの縄張りというところで、一人の男が瓦礫に座っていた。


「お? お前がヒトヤってガキか?」

「なんだアンタ?」


 瓦礫から立ち上がった男は敵意を隠すこともなく立ち上がり、腰から短剣を両手に抜いた。


(短剣型の機械武器?)


 機械武器はランク30から購入できる。

 つまり目の前の男はかなりの強者であるということだ。

 しかし、不思議なことにヒトヤはビドウを見たときに感じたような寒気は感じなかった。


「ワリィんだが仕事でな。お前さんの端末を奪わなきゃいけねえんだ。どうだ? 大人しく置いてってくれねえか?」

「断る」


 ヒトヤにとって金は強くなるために必要な大事なものだ。

 ここで見ず知らずの相手に譲ってやる理由など何一つない。


「おいおい正気か? 俺を誰だと思ってる? ジャックハウンドのカムラ様だぞ? ただのガキが適うわけねえ相手だ。な? 考え直せ。俺もガキを殺すなんて夢見の悪いことはしたくねえんだ」

「ガキガキうるせえな。断るっつってんだろ」

「そうかい。残念だ。じゃあ……ここで死んでいけ」

「お前がな」


 殺意と共に刀を抜く。

 戦闘が始まった。

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