第51話 拾った福と災い

「一千万……ゼラ……?」


 ヒトヤが遠征の後、廃棄地区に戻った翌日、センターに拾った売りに出した黒色肌のロイドバーミンの部品についた値段だ。

 鑑定機関を貰いたい。そう言うセンターの受付にヒトヤは多少持って行かれるのでは? と疑いを持ちながらも、どうせ拾ったものと了承の旨を伝えた。

 数日の後、その部品についた値段である。それだけではない。


(ランク20? マジか……)


 突如手に入った大金と急上昇したランクに呆然としつつ、廃棄地区に戻ったその日、イクサが見せた反応を思い出す。


 少し見せて貰って良いか? とイクサは黒色肌の腕を暫く観察した後、その肉片を少し削り取ってヒトヤに返した。


「騒ぎになるかもしれん。気をつけろ」


 ふとイクサの言葉を思い出したヒトヤは、センターの受付の言葉にも素直に頷いた。


「尚、今回納入頂いたロイドバーミンの部品については内容、拾った場所あらゆる事について口外禁止とします。これは報酬の条件として含まれますので、報酬を受け取った時点で同意したものと見なします」


 わざわざ騒ぎの元を自分からばらまくつもりもない。


 ふと周囲に注意を向けるヒトヤ。

 しかしここは野外のセンター。当然周囲には無数の人形狩りがいる。


 こういった状況を予想されているのか、受付の前に立つ人形狩りと後ろに並ぶ人形狩り達は間を取るよう指定され、騎士が見張ってはいるが。

 端末に浮かんだ数字、ヒトヤの呟き。ヒトヤが大金を得たことを知った人形狩りはいるだろう。


 実際ヒトヤが振り返ると、一部の人形狩りがヒトヤを目が合った瞬間に目を逸らした。


(……こりゃあ狙われるかな?) 


 廃棄地区に住むヒトヤは人の欲も悪も充分に知っている。

 一千万ゼラという金額を生で持ち歩くわけではない。端末には財布としての機能も有り、ヒトヤは端末で報酬を受け取ったから見た目に大金を持っているとは思えないだろうが、先の呟きを聞いた者には何の意味もない。センターから足早に去るヒトヤの耳は自分を尾行するように続く足音を捉えていた。




 廃棄地区。かつて人類栄えた前時代ではおそらく人の居住区であったのだろう。

 現在までのその成り立ちは余り知られていない。かつて都市内での勢力争いにて敗れた者達が追放された際に行き着いた場所、都市はそのもの達が野垂れ死ぬのを眺めるために敢えて住む為の廃墟を残した、などと不確かな噂だけが伝承の様に残されているだけだ。


 都市の安全の為、鬱蒼と茂る木々を伐採し、目立つ瓦礫を撤去した草原地帯。

 その中にあって、住居であっただろう前時代の建築物が今も廃墟としてながら多く残り、都市より捨てられた者達が居住する場所。

 建築物が多いならば、当然裏路地のような人気の少ない場所も存在する。


 ヒトヤはそんな場所に入り込んだ。尾行する者達を引き連れて。

 

「で、そろそろ出て来たらどうだ?」

「お、やっぱり気付いてたか」


 ヒトヤに応える様の影から出て来た者達は五名。

 ヒトヤは聞こえる音から騎士ではないことは解っていた。鎧で身を固めた騎士が動くとき鳴らす独特の金属音が鳴らなかったからだ。


 廃棄地区で騎士を殺害すれば都市を敵に回す。言い換えれば騎士や都市の運営に関わる人物でなければ、殺害したところで都市は防壁外の事故として取り扱うのみ。

 このまま住処まで尾行けられては面倒。そう考えたヒトヤは、ここで憂いを断つ為に自ら尾行者達の手の出しやすい場所へと足を踏み入れた。


 尾行者達はヒトヤの予想通り姿を現した。不揃いな防具を身に着けた五人の男女。


「一応聞いておく。用件は?」

「いやぁ、実はさっき偶然センターにいたときに見ちゃったんだけどさぁ。君、随分稼いだみたいだねぇ?」

「助け合いって大事だよな? 丁度俺、達金に困ってたんだ」

「アタイ達も御相伴に預かりたくてねえ。ねえ、ジャオ?」

「ああ、独り占めはよくねえ」


 ニヤニヤと笑いながら路地を塞ぐ五人。ポジションに着いたということか。五人が動きを止めた。


「はっきりいえよ。持ってる金寄こせって」


 ヒトヤが刀を抜けば、対する五人もまた武器を抜いた。


「威勢のいいガキだ。渡すもん渡せば見逃してやるぞ? なあ、バミー?」

「そうよ。アタイ達、ちょっとお金を借りたいだけなの」


 そう言いながらも殺意を滲ませる人形狩り。

 そもそも相手の目的が自分から奪うことであるならば、相手の殺意に関係なくヒトヤに話し合う義理などない。


「そうか」


 呟いた言葉を置いていくように高速で距離を詰めるヒトヤ。

 余りの速さに人形狩りは驚愕の表情を浮かべる。


 ヒトヤを襲った人形狩りはランク10を超えたばかりの者達だった。

 漸く森林地帯へと足を運べる。それは常人の中ではそれなりに強いと呼べる者達だ。しかしとっくにその領域に辿り着き、更に武者との戦いで実力を伸したヒトヤと比べれば、力不足と言わざるを得ない。


 人形狩りの武器は基本的にはランクに比例する。

 前方からまっすぐに突っ込み振り下ろされたヒトヤの刀。速いとはいえ、それなりに距離があったのだから反応は出来た。ジャオと呼ばれた男は咄嗟に防御のために件を構え、


「な!?」


 更なる驚愕と衝撃に顔を歪めた。

 ヒトヤの重く丈夫な直刀は、たった一合でジャオの剣を砕いた。


 衝撃で吹き飛ばされたジャオ。


「気をつけろ! コイツ、ただのガキじゃねえ!」


 ジャオの忠告は届いただろうか? ヒトヤは既に次の獲物に刃を振り下ろしていた。




 傍からみたら異常ともいえる光景ではあった。

 たった一人の少年が、束になった屈強な大人の武装兵を蹂躙している。


 少年の剣が打ち込まれる度に武器が砕け、防具が砕け、命を絶たれる。一方大人達の振り回す刃はまるで少年にかすりもしない。


 目の前で見るからに弱そうな子供が大金を得た。その少年は廃棄地区へと帰って行った。廃棄地区の人間ならば、殺しても都市の者達は誰も何も言わない。だから彼等は少年を追った。少年を殺し、少年の端末から金を奪うために。


 人形狩りにとって他者の命を奪うことは決して特別なことではない。奪い合いこそが彼等の在り方だ。


 彼等はただ目の前で弱者が大金を手に入れる瞬間を目撃するという幸運に恵まれただけだった。だから儲け話ビジネスとして当然のどこく手を出した。

 ビジネスに運は重要な要素だ。その先にある不運に気付かなかったものが辿る末路はいつの世も同じだ。


「……ま、待って」


 瓦礫に叩きつけられて、動けずにいる間に既に仲間達は血溜まりの中に倒れている。そしてすぐに自分も同じ末路を辿るだろう。

 血に染まった刀を手にゆっくりと歩み寄る少年を見るバミーの表情はただ恐怖に染まっていた。


「ア、アタイは、その、ジャオ達に言われて仕方なく……」


 それでも生きる路を探す者を見苦しいと評するか、たくましいと評するかは人によるだろうか。


「……そう、そうだ。ア、アタイのこと、好きにしていいよ」


 震える手で服をめくり乳房を顕わにするバミー。

 そんなバミーの姿を、ヒトヤは少なくとも見苦しいとは思わなかった。そしてたくましいとも思わなかった。


「そ、その歳じゃ、まだ経験もないだろう。だ、だからっ!?」


 容赦なく首の根元に叩き落とされたヒトヤの直刀。

 バミーの首から大量の血液が噴き出す。


「……な、なんで……」


 ヒトヤはバミーを見て、何も感じなかった。


「え? 好きにしていいって言うから……だったらるだろ?」


 ズルリと倒れていくバミーに心底不思議そうな顔でヒトヤはそう答える。

 人を評する。それは上の立場にいるものの権利だ。少なくとも下の立場の者の評価が何かを変える事はない。


 見も知らぬ他者の在り方の評価となどといった意味のないことをする感性など、ヒトヤにはない。

 騎士をその手にかける為に、毎日を必死で生き延びる廃棄地区という最下層の少年に、そんな余裕はないのだから。


「……なんだ?」


 だから既にヒトヤはジャオやバミーの屍など眼中にない。

 新たな違和感に全神経を集中する。


 ヒトヤの耳は遠くから聞こえた僅かな物音を捉えていた。パキンと何者かが何かを踏みつぶしたような物音だ。

 ヒトヤは裏路地のような場所から素早く出て、物音の鳴った方角に目をこらす。


「……」


 ヒトヤの視界には、しかし何者の姿も映らなかった。






「すまん」

「気にするな」


 ジンマに命じられ、廃棄地区まで訪れたシエイとコロウはロックスラムとの会合を終える帰り道、少年とその後をつける人形狩りを見つけた。


 一見廃棄地区ではありがちな弱者が強者に踏みにじられるだけの光景。

 だが、少年が敢えて彼等を誘き寄せたようにも見えて、シエイはその様子を見ていこうとコロウを誘った。


 物好きな、と思いながらもどうせ直ぐに事は終わるだろうとコロウはシエイに従い廃墟が造り出す狭い小路を覗き込む。


 そこで繰り広げられたのは少年による蹂躙劇だった。

 唖然とするコロウは注意を怠り、落ちた金属片を踏んだ。

 その音にヒトヤは反応したのだった。


 シエイもコロウもヒトヤに見つかったところで負けるとは思わなかったが、それでも今廃棄地区の住民に見つかることをよしとしない彼等は、息を潜めヒトヤが去るのを待った。

 既にヒトヤは警戒しながらもそこから姿を消している。


 安堵しながらもコロウの謝罪を受け取りつつ、シエイはヒトヤという少年について考えを巡らせた。


(何者だ。あの歳であの腕前……しかもこの程度の物音をこの距離で……)


 ヒトヤにとって幸運だったのはシエイがヒトヤの正体をさほど気にとめなかったことか。

 黒の紋章など知らないシエイにヒトヤの力の秘密など思い当たるはずもなく、また生き延びる為に殺し合うのが当たり前の様な廃棄地区だ。多少力ある少年がいても不自然ではないとシエイが考えたこともある。

 何よりシエイの思考回路がそれは何か? よりも、それは使えるか? を重視するものであったことが幸運の理由だった。


「あのガキ、少し調べてみるか」

「……狙われた理由か?」

「ああ。廃棄地区のガキだ。死んでも困らん。なら、使うだけ損はない」

「あの格好……多分人形狩りだよな」

「だろうな。人形狩りか……元は朱羅印の不始末だ。今なら情報も出やすいな。よし、戻るぞ」


 シエイにコロウが頷く。

 ふと強風が吹き、二人の姿が砂埃に覆われる。


 二人の姿が砂埃で見えなくなったのは一瞬。

 しかし、砂埃が晴れたとき、既に二人の姿はその場から消えていた。


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