3巻 ~廃棄地区抗争~
第50話 滅びた村
地下遺跡探索依頼により急激にランクを上げたヒトヤは、装備を固めて森林地帯へと足を踏み入れた。
そこで出会った野獣、エル=アーサスに森林地帯の厳しさを教えられながらも、騎士への復讐のため力を求め続けるヒトヤ。
そんな中出会った義賊にして人形狩りのメイソンプライド。
キャリス達メイソンプライドの目的に巻き込まれながらも、初めてヒトヤは騎士の紋章使いであるヤツシと戦い、勝利を収める。
一方キャリス達に巻き込まれたもう一人、ツルナリグループの長、シュウジ・ツルナリ。
シュウジは市長ミカドの力を怖れ、廃棄地区へと逃亡。
都市の騎士団長レイホウはシュウジ拿捕の命をジンマに与えた。
「そして、このところレックスリゾートとロックスラムの動きが活性化している……どう見る? イクサ」
「レックスリゾートが廃棄地区で勢力を保っていた理由はツルナリグループの功績が大きい。薬に酒、女にロイドバーミン。奴らは色んな手段で貴族街の連中の弱みを握っていたはずだ」
都市の経済を担う者。肩で風を切る彼等が手を出せない人物。それがシュウジ・ツルナリだった。
しかし今や都市にとってシュウジは潰すべき敵といって良い。
「レックスリゾートが廃棄地区を牛耳り、都市にたてつく巨大勢力にならないように、都市から支援を受けて立ち上がったのがロックスラムだ。だがレックスリゾートの後ろ盾がなくなり、都市の敵となった今、都市としては最も動かし易い兵隊でもある。レックスリゾートが警戒するのもよく解る」
クレイモアという強力な人形狩りチームのリーダー、ディー・レックスの指揮するレックスリゾート。
レックスリゾートが廃棄地区の住民達を従えるのは誰の目に見ても簡単だった。都市外に、いずれ巨大な勢力が出来上がる。それは都市の望むところではない。
そこで都市から裏で支援されてロックスラムは生まれた。レックスリゾートを都市が潰そうとするなら当然ロックスラムは動くだろう。
「そう考えるからレックスリゾートは警戒し、そのレックスリゾートの動きを見てロックスラムも警戒を強める。まあ、当然の成り行きではあるな」
「そうは言うがな……」
レックスリゾートとロックスラムは互いに縄張り争いを競り合う中で、第三の勢力とぶつかることになった。
アランズマインドだ。
アランズマインドを併合しようと乗り込んできたレックスリゾートとロックスラムの兵達は、イクサの手により迎撃され、アランズマインドから逃げ帰ることになった。
そうして出来上がった三つ巴。それが現在の廃棄地区だ。
アランズマインドが都市の覚えが良いのは、レックスリゾートを大きくしないという一点で利用価値があるから、という面もある。
言い方を変えればアランズマインドもロックスラムもレックスリゾートがなくなるようなことがあれば都市からどう扱われるか解らない。
「だが、ロックスラムは動くだろう。都市が命じればな。そういう組織だ」
「双方の衝突は避けられない、か……」
俯くアランにイクサは笑いかける。
「そう落ち込む必要はない。アラン」
「何か手があるのか?」
「まあな。その為には諸々仕込まなきゃならないが……まあその辺りは後で話そう」
「?」
はぐらかす様なイクサの言葉に訝しむアラン。
そんなアランにイクサは忠告するように言葉を続けた。
「それより今はお前達もまず警戒を強めるべきだな。互いに抗争のため戦力を求める状況だ。奴らのどちらか、或いは双方が来る可能性は高い」
「……そうだな」
頷いた者のアランズマインドの戦力はイクサに依るところが大きい。
警戒を強める、というのは敵が攻め入った時に備え、武装を強化するということだ。だが、じゃあと準備できないのが廃棄地区だ。
「なあ、イクサ」
「ん?」
「ヒトヤを暫く借りられないか?」
アランはイクサに要望する。
しかし、イクサの返答は否であった。
「頷いてやりたいところだが……あいつは今遠征中でな。その後も優先しなきゃ行けないことが腐るほどある。悪いな」
「そうか……そうだな」
アランも答えを予期していたかのように直ぐに引き下がった。
ヒトヤは森林地帯を歩いていた。
イクサの指示によるものだった。
イクサがどこから拾って来たのか、或いは予め持っていたのか解らないが、端末を取り出し、マップデータをヒトヤに送ったのは今から三日前だ。
「暫く森林地帯で生活してこい。目安は一週間ほどだな」
なぜと問うヒトヤにイクサはこう答えた。
「騎士を斬ろうとするなら森林地帯の奥地で。そういっただろう? なら森林地帯で生活できなくてどうする? 一日歩いて辿り着けるような近い場所で、そう何度も騎士達と都合良く戦えると思っているのか?」
ヒトヤは既に何人もの騎士をその手にかけている。
そしてその全てが強運の元に達成できたと言って良い。
誰も見ていない場所で騎士と斬り合う。そんなシチュエーションに恵まれること自体が強運だ。そして勝てる状況であったことも。
酔っ払った裸の騎士、紋章使いとの一対一の戦闘。普通ならばそのような状況で戦えることなどない。
あくまでヒトヤが身に着けるべき力とは、森林地帯で遠征する騎士隊という複数を相手に、一人戦う。そんな無茶な力なのだ。
それでもやろうと思うならば、様々なものがまだヒトヤには足りていない。
森林地帯で時によっては何日も潜伏し続けることも必要になるだろう。
多数を一人で討つのだ。そもそも地の利はあるに越したことはない。
殺すことが目的ならば、わざわざ斬り合うよりも有効な手段はある。罠の技術は最優先で手に入れるべきだ。
ヒトヤはイクサの言い分に、確かにと頷き、今こうして森林地帯を進んでいる。
少し前までのヒトヤであれば森林地帯に潜む野獣やロイドバーミンを怖れ拒んでいたかもしれないが、エル=アーサスを斬った時、森林地帯への恐怖がヒトヤの心から払拭されていた。
まずは訓練とイクサの指示したポイントまで行って戻る。それだけの聞くだけなら手軽な訓練という事もあり意気込んだヒトヤ。
持ち前の高い索敵能力もあり、危険を避け、避けられない脅威には刃で対抗し、なんとか今も五体満足のままだ。
「……こいつがなかったら、危なかったときもあったけどな」
そう呟きながらヒトヤは機械鎧をコンコンと叩く。既に何度もヒトヤの命を救った防具は現在まだ見た目に傷も目立たず、まだまだ新品といえる輝きを保っている。
自分でそう分析できる程度にヒトヤに余裕があると言ってもいいだろう。
ヤツシとの戦闘をはじめとし、驚異的な成長を果たしたヒトヤにとって、多少の野獣やロイドバーミンなど敵ではなくなっていた。
「さて、で……そろそろ指定ポイントなんだけど……」
ヒトヤの目は突如拓けた空間を捉えていた。
マップが指示する場所に間違いない。
「こんな所もあるんだな……」
森林地帯にヒトヤが持つイメージは、瓦礫と化した前世界の建築物を蔦が覆い、木々が突き破る。鬱蒼と何処までも木々の広がる空間だ。
エル=アーサスの巣の様に地形によっては湖などのおかげで、木々が生えていない場所もあるが、ここには湖のようなものは少なくともない。
「壊れた家……ありゃ防壁か?」
代わりに既に蔦は絡みついているものの、まだ無事な家屋が数軒。そしてその家々を取り囲む様に腐り朽ちたバリケードが見える。
ふとヒトヤはクデタマ村を思い出した。
クデタマ村が存在していたのだ。他にも村があっておかしくはない。
そしてその可能性にヒトヤは行き着いたことで、もう一つの可能性に思い至った。
「……滅んだ村……まさか騎士か?」
だとすればイクサはどうしてここをヒトヤの目的地に選んだのだろうか?
疑問は直ぐに湧き出る怒りに掻き消された。
「騎士……」
ヒトヤが騎士を恨む理由。あの日の光景がヒトヤの脳裏に蘇る。
握った拳。その拳の振り下ろす先はここにはいない。
「……」
供養というわけでもなかろうが、ヒトヤはその村の探索を開始した。
どんな生活をしていたのだろうか?
どうして滅ぼされたのだろう?
他人事だとは思えぬヒトヤは、滅んだ村の家を一軒一軒周り、戸を開け、痕跡を探した。
ヒトヤは或いは、どこかに生き残りがいるのでは? と甘い希望を持ったのかもしれない。
この村から逃げだし、今も潜伏する自分の同類。
もしそんな者達がいたならば、自分の復讐に協力してくれるかもしれない。
それは甘すぎる妄想だ。
結局ヒトヤが廃墟と化した家を巡って手に入れた住民達の痕跡は何一つなかった。
既に甘い幻想も消えたヒトヤ。
代わりに見つけたものが一つ。
「黒い……ロイドバーミン?」
ロイドバーミンの肌は白人種のように白い者が多い。少なくともヒトヤは黒いロイドバーミンを見たことがなかった。
黒い肌色のロイドバーミンの一部と思われる、左胸から手先に至るまでの部位。
肩甲骨付近には抉れたような痕があった。
「腐ってる……ってわけじゃないよな?」
珍しいものは高く売れる。
ヒトヤは折角来た駄賃代わりと、その腕を持ち帰る為バックパックに突っ込み、廃棄地区へと帰るべく歩き始めた。
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