第49話 美を感じる心

 ヒトヤは森林地帯へと向かっていた。

 機械鎧を手に入れたとはいえ、懐はやはり寂しいままだ。


 ランクを上げれば買える有用な装備はいくらでもあるが、ランクが幾ら上がっても金がなければ意味がない。


「紋章持ち……か」


 ヒトヤはイクサやレミナから紋章持ちなる者達のことを聞いていた。

 具体的に紋章とはどういったものか。それも市長ミカドが紋章顕わに力を行使したことで解った。

 初めて見た他人の紋章。

 市長と色違いとはいえ、同じような何かがヒトヤの胸には刻まれている。


 ヒトヤはそのことをイクサに問うた。

 紋章のような何か? いや、これは紋章であろうと。

 イクサはおそらく紋章であろう、と応えた。あくまで推測だと。


「前にも言ったが紋章に黒は存在しない。市長が権勢を保つ力が紋章によるものだというのは実感しただろう? だから紋章というのは都市にとって重要なものなんだ。そんな中、都市も知らぬ紋章を持つ者がいる……そんな風に都市が考えれば、お前がどうなるかも教えたな?」


 結局ヒトヤが知ることが出来たのは、変らず自分の紋章を知られるのは拙いということだけだ。

 いや、紋章の力についてヒントはある。人並み外れた回復能力。おそらくこれが自身の能力なのだろうとヒトヤは考えた。

 だとすれば勇者の力などに比べれば随分心許ない力だ。


 幾ら高い回復能力があるといっても、死んで生き返ることはないだろう。勿論ヒトヤは検証のために試す気にはなれなかった。

 少なくとも首を斬られ、或いは心臓を突き刺されても回復するなどという状況をヒトヤは想像できなかった。


 傷は直ぐに治るが致命の一撃には機能しない。それが自分の能力だというのならあってもなくても同じだ。ヒトヤの敵は騎士。刃を持ち、知性を持ち、的確に致命にいたる攻撃を放つ者達なのだから。


 ヤツシとの戦いに勝てたのは運が良かった以外の何者でもあるまい。

 ヒトヤはそう考えた。そしていつか運に頼らず勝たねばならぬ戦いがあると。


 だからヒトヤは今日も依頼を探し、森林地帯へと足を向ける。

 強くなる。その為の近道は装備の充実だ。装備を買う為には金が要る。


 いつの間にかヒトヤの視界に映る風景は草原から森林へと切り替わっていた。

 既に野獣とロイドバーミンの蠢く危険地帯へと入り込んでいたらしい。


 端末を開きマップを確認する。

 依頼内容はロイドバーミンの暴走体が確認されたと言われる地点に行き、現状を視察することだ。


 場所はそう遠くない。

 ヒトヤはマップの示す方向へと進み続ける。


「グルゥウウウウ……」


 ふと茂みの向こうから、聞き覚えのある唸り越えをヒトヤの耳が捉えた。


「エル=アーサス……」


 ヒトヤは腰から刀を抜き、その声の主へと構える。

 ガサリガサリと茂みを揺らしながら近づいてくる巨体。

 姿を現したそれは、大きな傷跡を首に持つ、ヒトヤの言うとおりエル=アーサスだった。


 ヒトヤはその傷に見覚えがある気がした。

 ふと始めて出会ったエル=アーサスの首に確かヒトヤはこのような傷を負わせた記憶があった。


(同じ個体? ……それにしては……)


 大きい。ヒトヤがあの時見たエル=アーサスよりその個体はあるかに巨大に見えた。

 或いは恐怖による錯覚だろうか?

 ヒトヤは自身に問う。ヒトヤの心音は違うと応えた。


「まあ、どっちでもいいか」


 ヒトヤが呟くと同時にエル=アーサスもまたヒトヤへと飛び掛かった。


「ヴォオオオオオ!」


 ヒトヤを叩き潰すかのように振り抜かれた腕。

 太く、強く、その爪は鋭い。

 真面に喰らえば必ずや致命の一撃となり得るそれをヒトヤは、頬をかすめるような最小限の動きで躱し、エル=アーサスの懐へと飛び込む。


「シッ!」


 飛び込んだ勢いを殺さぬまま振り抜かれた刀は、エル=アーサスの首の傷跡を捉え、そして斬断した。


 ドサリと前に落ちるエル=アーサスの屍。

 ヒトヤはそれを見てふと思った。


(やっぱり……綺麗だな)


 不要な感情を取り戻した意味にヒトヤは気付かない。気付く必要もなかった。


 かつて恐怖に震えた驚異をあっさりと抜けて、辿り着いたマップの指定場所。

 先程のエル=アーサスの仕業だろうか?

 そこには食いちぎられたロイドバーミンの遺体が数体転がっていた。


 ヒトヤは無言でその画像を端末に収め、取れるものを取って帰途に就いた。





 

 ヒトヤが依頼を終えたと同時期、都市の中央にある巨大なビル、通称【アマクニ城】のロビーに四名の騎士が呼び出されていた。

 その四名を並べた前に立つのはミカドの護衛とヒトヤに判断された男であった。


「こうして集まるのはいつ振りだったか……」


 その男は静かにそう呟いた。


「まあ、いい。私はな、こうして集まる機会はむしろ少ない方が良いと思っている。何故か解るか? ステイサム隊長」

「は。互いにやるべき事が解っているならば、そもそも話合いなど必要ない。ですかな? レイホウ団長」

「よろしい。その通りだ。流石賢者の長と言っておこう。だが今私は貴君等を呼び寄せた。何故か? 自身の役目が解っていない者がいたからだ。いや、者達……か? さて、アサギ隊長。質問だ。騎士の役目とは?」

「はっ。都市の脅威から都市を守ると同時に、前世界の遺物を収集し、都市ヒガシヤマトが前時代の文明を超える為の尖兵と心得ております」

「うむ。言葉だけ聞けば解っているといえよう……では、都市とは?」

「先人の残してくれた、このヒガシヤマトという防壁に守られた場所。そしてそこに住む市民のことと--」

「違う」


 アサギの言葉を切るように、騎士団の団長レイホウは断じた。


「都市とは、市長だ。市長がいるから、騎士がいて、騎士がいるから市民共は生きていける。これを知解していないから間違える。ムギョウ隊長」

「はっ」

「世界の脅威とはなんだ?」

「ロイドバーミンと野獣のことであります」

「……それだけか?」

「? それと……前時代の残した武装や、未来を考えるなら他の都市なども入るかと」

「……ふう」


 レイホウはわざとらしく頭を抱え、何も解っていないとでもうように首を横に数回振った。


「肝心なものが入っていない。市民という脅威がな」

「……市民……ですか」

「よいか。よく覚えておけ。市民とは言わば家畜と同じだ。都市を発展させるに必要だから保護して飼うのだ。肉を獲るまで家畜を生かすようにな。餌をやり、家畜を守るのは肉を得る為だ。家畜への良心からではない!」


 声荒げながらも感情を感じない程に冷酷なレイホウの表情。言葉と冷たい視線を受け、並んだ四人の隊長達は肌が泡立つのを皆自覚した。


「家畜の不満に飼い主が右往左往してどうする? 騒ぐ家畜は黙らせろ! 見せしめに一匹二匹刻んでな! それが出来ぬから朱羅印はこの様な恥を晒したのだ」


 アサギは何かを言おうとして、しかし言葉を飲み込んだ。

 騎士隊長といえど、言い返す胆力を持ち得ない。目の前の相手はそういう者だった。


「飼い主に噛みつく家畜は処分して当然。まあ、しかしその点については既に市長が直々に対処して下さった。諸君ら、特にアサギ。君達の隊は市長に大いなる感謝を捧げると共に猛省することだ」

「……はっ」


 アサギは頷くことしか出来なかった。


「さて、市民共は置いておいて……まだ課題は残っている。武者が殺害された事実は消えず、シュウジ・ツルナリは姿を消したままだ。市長にご助力頂いたこの件。きっちり片をつけねば騎士の存在意義を問われよう。ジンマ隊長」

「はっ」

「任せて良いな?」

「勿論です」

「どうせ隠れるところなど廃棄地区くらいのものだ。治安などという言葉とは無縁の場所。貴殿には都合が良かろう?」

「はっ」

「折角市長が黙らせた家畜を結局潰すようなことになれば、力を貸して頂いた市長に対して申し訳がたたん。市民共の沈黙を都市への称賛に変えて見せろ」

「……御意に」





 借金奴隷達。世間では時に無能と同一の意味で語られるが彼等も人間だ。知性はある。

 シュウジが都市から逃げたことで一部の借金奴隷達は身の振り方を考えた。

 いつか都市に戻る。それが廃棄地区に住む借金奴隷達の希望だった。

 だが、自分の属するグループのトップ、シュウジが都市から逃げた今、もうその望みは潰えたと言って良い。

 

 彼等からすればツルナリグループの傘下であるレックスリゾートに属するメリットは大分低下している。

 だが、なくなったわけではない。

 自力で都市に戻れるわけでもなく、かといって安全とはほど遠い廃棄地区での暮らし。大きな力の傘から抜け出るにはかなりの勇気が必要だ。


 結局大半の借金奴隷はレックスリゾートに留まったが、逃げ出す者達もいた。


 ウジキもその内の一人だった。


「冗談じゃねえ。このままあんなところにいたら干涸らびちまう」


 レックスリゾートの様子が変ったことに気付かない者はいない。

 理由は明らかにされていないが、どう見てもレックスリゾートは大きな戦闘に備えている。

 自分達から起こすつもりか、それとも他からの攻撃を警戒しているのか。


 どちらでもいい。

 抗争が起きればウジキ達借金奴隷は確実に肉壁として前線に出される。

 そうなれば死という結末しか予想できない。


 ウジキの予想は正しかった。

 だが、では逃げだしたから助かるのか、という一点について予測が足りなかった。

 まして、逃亡進路を決めず、ただレックスリゾートと距離を取るために進むなど無謀以外のなんでもない。この廃棄地区では。


 恐怖から後ろを気にしながら走り続けるウジキ。

 突如そのウジキは顔面は大きな金属の手で掴まれ、宙吊りにされた。


「イギッ!? イダダダダダ!?」

「うるせえな」


 リンゴの様に握りつぶされたウジキの頭部。

 それがウジキの最後だった。


「ったく……汚れちまったじゃねえか」


 顔をしかめて呟く巨漢。

 その巨漢にやたらと手と足の長いひょろりとした体型の男がヘラヘラとしながら声をかけた。


「誰です? そいつ?」

「この方向から来たんだからレックスリゾートの斥候か何かだろ?」

「だとしたら人材不足にも程がないですか?」

「だな……一応聞いておくべきだったか?」

ってから考えてもしょうがないでしょう?」

「そりゃそうだ」

「って、それより早くいかねえと、遅れますぜ? 都市の連中は時間にうるせえんですから」

「……急ぐか。ビドウ、一応先に跳べ」

「人使い粗いなぁ……了解」


 ビドウと呼ばれたヘラヘラした男の膝関節が本来の方向と逆に曲がる。

 粉じんを上げて大地を蹴り上たビドウは巨漢の背を優に超える跳躍を見せる。


「ゲフッ。周り見ろっての」


 その跳躍に驚く素振りも見せず、巨漢は嫌そうに粉じんを手で払った。


「さて、俺も急ぐか」


 そしてビドウを追うように、巨漢はのそりのそりと歩き始めた。






<あとがき>


 二巻完ということでしばらくお休みをいただきます。

 多分二週間ほど。

 再開の際はまたよろしくお願いいたします。




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