第48話 シュウジ・ツルナリ
防壁によって守られた城塞都市。
当然ながら面積は有限だ。
人が増えたからとて拡張しようなどと、そう簡単に出来ることではない。
市民権。都市ヒガシヤマトに住む権利。
権利は責任と裏表。
住む権利と対になる責任とは、納税のことだ。
金なきものに権利なし。
野獣とロイドバーミンの脅威溢れるこの世界で、権利の剥奪とは即ち死。
少なくとも都市の住民達はそう教え込まれている。
都市外部の敵が市民を害するニュースが市営放送で流れたことはない。
事実か情報統制かは人によって解釈の異なるところだが、都市ヒガシヤマトに防壁があるという事実を知るものは、少なくとも都市内の方が遙かに外より安全であることを疑いはしないし、また防壁がある事実を知らぬ者もいない。
安心と安全は都市の存在意義だ。
例え物言わぬ遺体となったとはいえ、ロイドバーミンが都市内に秘密裏に入り込んでいたなどという事態は、都市の存在意義を揺るがすものだ。
組織は人の集合体。人が皆組織に不信感を抱けば組織は崩壊へと進んで行く。
ただしそんな人そのものを統制できるような存在がいなければ、だが……
ある意味で義賊とシュウジの目的は同じであった。
騎士にロイドバーミンの遺体を密輸する片棒を担がせる。
市民の非難の目を都市へと向ける。
その対処の為に都市が行うべき行動は? 責任をとることだ。
都市運営者達の何人かに責任を被せ、追放する。
突如指導者がいなくなれば組織の構成員は右往左往するのは目に見えている。
都市の仕事にも影響が出るだろう。
一部の仕事が停滞なり不備が出て、それが明るみになれば都市は市民の信頼を更に失う。
ここからキャリス達義賊とシュウジの見込みは違った。
キャリス達は都市の暗部が動くと考えていた。
情報統制、都市への反感を煽るものの暗殺、新たな大きい事件を意図的に起こし、市営放送に流すことで快楽主義の記憶を薄める。考えられる行動は様々だ。
シュウジは騎士が名誉と信頼を取り戻す為に義賊捕縛に力を入れると考えていた。
そして義賊に全ての罪を被せ、都市の正義を修復する。
そして双方の見込みは共に違った。
都市が行ったのは、言ってみれば究極の力技だった。
覇者の力をもって、市民を全て黙らせたのだ。
市長ミカド・アマクニ。
その姿を見たことのある市民はついこの間まで希少だった。
本当に存在するのかも怪しい。そしてその力も。
覇者の力。それは正に都市伝説だった。
都市が廃棄地区を含め全市民を呼び出す。通達された都市からの指示にキャリスもシュウジも覇者の力が頭を過ぎる。
双方の反応は置かれた状況から違いが出た。
正体を隠しているキャリス達はいい。
快楽主義で使ったコストを損切りし、新たに目的の為の方法を考えればいいだけだ。
だから拘束具を使って備え、ひとまず都市から向けられるの疑いの視線から外れるという手段を使った。
しかしシュウジは依頼に名を載せた本人だ。
騎士を罠に嵌めた事実はどうやっても消えない。
市民達が黙った今、都市に、騎士達に怖れるものはない。
ただ仲間を失った恨みを、自分達を陥れた者達に復讐すべく刃を振るうだろう。
シュウジは通達を受けたその日、都市内での生活を全て放り投げ、廃棄地区へと逃亡した。
レックスリゾート。
アランズマインド、ロックスラムに並ぶ廃棄地区の三大組織の一つ。
その正体はツルナリグループの言わば下請けだった。
借金から娼館に身売りされた女性達。同情に値する一方、売られる場所があるだけ良いという見方もある。
娼館に入れても金にならぬ者達もいるのだ。
ではそう言った者達はどうするのか?
レックスリゾートに売られるのである。
廃棄地区。都市から見れば荒野に等しい死地ではあるが、それでも人が生きているという実績はある。
もし廃棄地区すら追い出されるようなことがあれば、本当に生きる術を失ってしまう。どんな剛の者とて安心して眠れる寝床は必要なのだ。
レックスリゾートは都市を追い出され、それでも生にしがみつく者達に寝る場所を与える代わりに、過酷な労働を強いる一派だ。
都市の如く住む者に納金を強要する。勿論レックスリゾートに落ちた者に払う財など有りはしない。彼等はただ借金が膨らんでいく。
レックスリゾートの命じる住民税は法外だ。如何に命じられる労働を熟しても返すどころか借金は膨らんでいく。
しかしレックスリゾートを出て行く勇気も持てない。既に街から追い出された外界で強者の傘から外れる勇気など蛮勇以外の何者でもあるまい。
だから彼等は命じられるまま過酷な労働に就く。ここから追い出されたくない。その一心で。
労働は主に人形狩りとして死地に向かい、遺物を回収することが殆どである。
ヒトヤが地下遺跡で会ったウジキやカジも、レックスリゾートで無理矢理人形狩りの仕事をさせられていた者達だった。
安い装備を与え、外界を探索させる。死んでしまえばそれまで。
というか死ぬのが普通だ。しかし中にはロイドバーミンを倒し、回収してくる者もいる。
ロイドバーミンと普通の人間。余程鍛え抜いた者や高額な装備を身に着けた者でないのならロイドバーミンの方が単純な戦闘能力は高い。
しかし人間をみれば知性を失い襲いかかる獣と化すロイドバーミンは、何の訓練もしていないか弱い常人でも撃ち倒す手はある。
最もメジャーな手段は罠だ。落とし穴をはじめ、ノーコストで用意できる罠は多数ある。
罠を使って急所を突かれて倒されたロイドバーミンの遺体は比較的綺麗だ。
この綺麗な遺体を使ってより高い収益を得る方法として、貴族街の住民専用に売り出したサービス。それが快楽主義にロイドバーミンが運ばれた経緯だった。
勿論シュウジには裏の思惑があった。
貴族街の住民達。都市を構成する企業の重役。
彼等にロイドバーミンの遺体を抱かせるサービスは、彼等の弱みを握ることに等しい。
そうして貴族街の住民達がシュウジに逆らえなくなれば、シュウジの立場、ツルナリグループの影響力は都市内で大きなものとなる。
しかしそれが明るみにされたあの日。そして市長が住民を集めたあの日、全てが潰えた。
「クソがぁ! デタラメにも程があんだろうがよ!」
「落ち着いて下さいよ、シュウジさん」
「これが落ち着いてられっか!? ディー!」
「気持ちは分かりますが、ここじゃ物を集めるのも一苦労なんですよ」
椅子や机を蹴り飛ばし、怒りを顕わにするシュウジをディーと呼ばれた男がたしなめる。
たくましく、無精髭を生やした男。一般の市民が彼を見たら、怖さに距離を取る。ディーはそんな風貌の男だ。
「それより、この後のこと考えましょうや。都市との繋がりが消えたんです」
ツルナリグループは貴族街の住民と繋がっていた。
ロイドバーミンの遺体に限った話ではない。薬、裏金、様々な方法でつる有りグループは貴族街との繋がりを作ってきた。
その全てが無に帰した。
市長が市民を集める。シュウジはその通達を無視して逃げた。
そんなシュウジを繋がりのあった貴族街の住民が斬り捨て、我関せずとなっているのは明白だ。誰もが解ったはずだ。都市に、市長に逆らってはいけない。
ヤツシの一件もあり、都市は完全にシュウジを狙っている。
そしてツルナリグループとレックスリゾートの繋がりもまた、多くの者に知られている事実だった。
いつ朱羅印の騎士達が踏み込んでくるか解らない。
本来ならば恐怖に縮こまっていてもおかしくはない状況なのだが、ディーと呼ばれた男はまるで意に介していないかのように、むしろ口元には笑みすら浮かべていた。
「ディー。テメエ……状況解ってんのか?」
「解ってますよ。所詮朱羅印でしょう? 良くいえば万能。悪く言えば……所詮人間の範囲内。それが武者の紋章ってやつです」
「……チッ」
舌打ちをしながらもディーの視線に耐えきれずシュウジは顔をディーから逸らした。ディーの顔に浮かぶのはやはり笑み。戦闘狂とも言える気質をもつ男が浮かべる特有の笑み。笑っているにも関わらず、その表情を見た者は恐怖を感じる。そういう表情だった。
「人間にちょっと毛が生えたような連中だ。怖れる必要もないでしょう? 朱羅印なんぞ。ロックスラムの連中に至っちゃ尚更だ」
「朱羅印を倒しても次が来るかもしれねえだろ?」
「来ないでしょうよ。朱螺印が返り討ちなんてなったら、それこそ騎士の連中はそろって面目丸つぶれ。都市は情報隠蔽に忙しくなる。そんな中でどうやってデカい戦いをもう一回やるんです?」
「……アランズマインドは?」
「イクサって奴がちと面倒だが、まあ、本当に抗争になるならやりようはいくらでもあるでしょうよ。それに奴らは、やられたらやり返すを徹底している。防御主体であっちから攻撃してくるような奴らじゃない」
ディーにそう論じられればシュウジも反論する言葉はなかった。
シュウジにとって目の前の男、ディーは切り札とも言える懐刀。誰よりその腕はシュウジが買っている。
「……任せて良いんだな?」
「勿論。俺を誰だと思ってるんです? 人形狩り、クレイモアのリーダー、ディー・レックスですよ?」
そう言いながら掲げたディーの腕には、人が扱うには余りに大きい大剣が握られていた。
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