第47話 機械鎧
ヒトヤの懐は現状、それはそれは寂しいものだ。
防具に所持金を使い込み、その殆どを壊した上、前回の依頼は結局失敗扱い。
都市が集合をかけた広場に、姿をくらましたシュウジ達が現われなかったこともあり、都市の、つまり騎士の疑いはシュウジ達へと向かっていた。
都市としては不名誉ではあるが、シュウジ達に騎士の一人が嵌められ、ロイドバーミンの輸送の疑いをかけられた挙げ句に殺されて口を封じられたとできれば、正義は守られる。
都市側の都合も加わって、冤罪すら乗せられたツルナリグループの拠点は、どこもかしこももぬけの殻。
もう都市にはいないのだろうと噂が立つ中、流石にセンターもシュウジから報酬を取り立てることは出来なかったのだ。
この騒動においてヒトヤの受けた、金を受け取れないという被害はある意味では軽傷だ。失ったものがあるわけではない。
シュウジ達、つまりツルナリグループに奴隷扱いを受けていた借金持ちは取り立てる相手がいなくなったことで一時は喜んだが、それは同時に職を失った瞬間でもあった。
相手が無職でも都市は容赦なく住民税を取り立てる。払えぬ者は都市に住む資格なしと。
仕事を失い、稼ぐ手段をなくし、都市を離れざるを得なくなった者達は、絶望を胸に廃棄地区へと身を落したという。
とはいえ、廃棄地区に住むヒトヤに彼等の悲哀など解りようもなく、また他人の不幸を哀れむほどヒトヤには心に余裕がない。
これから人形狩りを続け、騎士を狩るなら金は必要だ。
他人がどうなろうがその事実は変わらない。
そんな中、いつも通りガラクタをアランに届けると、ボンボ武装具店に来るよう連絡があったから、用件は解らぬまでもヒトヤはボンボ武装具店に足を延ばすことにした。キャリス達と交わした弁償の約束に期待したのだ。
命を狙った償いがヤツシの代わりに防具を弁償することであるというのは、ヒトヤの中ではそれなりに辻褄が合っていた。
命を防具によって拾った経験が何度もあるヒトヤにとって、防具は言わばゲームで言うところの残機のようなものだ。
一機奪いかけた敵に一機賠償させられるのなら、ヒトヤの中でキャリス達の因縁は完全にクリア、むしろプラスだ。
一方キャリス達が約束を守るとは限らない。
ヒトヤは期待と不安を抱えながら、ボンボ武装具店の入り口を潜った。
「おう、いらっしゃい」
「ヒトヤ。はぁい」
「あ、久しぶりー」
店に入るとカウンターにはヒトヤにはお馴染み、店主のドヴェルグとレミナ達アマゾンスイートの三人がヒトヤを迎えた。
笑顔で手を振るアマゾンスイートに気恥ずかしさを感じつつも、小さく手を振り返す。ヒトヤの様子は実に子供っぽく、ミヤビは笑顔を浮かべながらついヒトヤの頭を撫でた。
「で、ヒトヤ。用件はこいつだ」
ドヴェルグは準備してあったものをカウンターにドスンと置く。
ヒトヤの期待通り、ドヴェルグの用意した者はキャリスの弁償品であった。
機械鎧と呼ばれるものの中では安価であるが、それでも確かな性能を持つ防具。
それがドヴェルグが用意したものだ。
「対衝撃機構内蔵ベスト、B921。デルピーチ社が販売する定価格帯の機械鎧だ。本来ならランク20を超えた連中が使うような装備なんだが……」
人形狩りが指定ランク以上の装備を買うことは本来難しいが、例外や抜け道はある。
この辺りの制約は死にやすい人形狩りと希少で高性能な装備の釣り合いを取るため、人形狩りに物を売る店に都市が課したものだ。表向きには限られた物資の中で、高精度な装備を無駄にしない、というのが理由としてある。また装備の製造会社からすれば自社の装備をまとった人形狩りが多数命を落すようなことがあれば、社の製品への評判が落ちる。
型落ち品が制約から外れるのは、以降製造、販売しないわけだから多少評判が落ちても構わないから、という側面もある。
要は企業からの要望だ。
経済を回し、活性化させたい都市としては企業の意見は無視できない。
言い方を変えれば、企業に無理を押し通せる影響力があるならば、こんな制約は簡単に抜けることができる。
販売店を通さずに企業から直接購入するなど、方法は様々だ。
つまりキャリス達はその影響力を持っている、ということなのだが、ヒトヤはそのことまでは考えが至らなかった。
「こいつはただ、硬い柔らかいって防具じゃねえ。なんたって機械鎧だからな」
機械鎧の基礎とも言われる対衝撃機構。
まず防具と言うのは簡単にいうと攻撃を防げる硬度のあるものだ。
だが衝撃は硬い防具の上からでも身体に伝わる。ある一定以上の攻撃に対して、防具の硬度をどんなに高めても無意味だ。防具が無事でも来ている人間が耐えられない。
そこで防具の製造企業はこの衝撃を殺す為の機構を考えることになる。硬い部材の下に緩衝材となる物を備える二段構造。これが今の一般的な防具だ。
しかし緩衝材が和らげられる衝撃の強さにも限度がある。
その限度を機構をもって超えたのが、この対衝撃機構である。
衝撃を感知し、表面の装甲部分に瞬間的な振動を与える。つまり装甲を移動させることで攻撃ベクトルを逸らす。
この機構により従来の防具と同様の重量で有っても、その防御力は圧倒的というのが開発元の宣伝文句だ。
所持金の大半を使って買い、大事にしようと決めた防具を早速一戦目で破壊された一方で、騎士、つまり紋章持ちの力を経験したヒトヤは、防具を大事に、攻撃を受けないで勝ち続けるなどという甘い決意は既に捨てている。一方だからこそ防具はより丈夫なものを渇望していた。
早速調整し、身に纏った機械鎧。違和感はない。むしろ着慣れた物のようにしっくりと身体に馴染んでいる様にヒトヤには思えた。
「それと送り主、キャリスから伝言だ。約束の物、迷惑をかけたお詫びも兼ねて利子をつけて返すわ。だとさ」
「ねえ。キャリスと何があったの? 決して安いものじゃないけど、こんなもの送るなんて相当よね」
「……アイツらがちょっとヘマして。それが理由で俺がやられたんだ。多分そのことだと思う。アイツら元々貴族街? とかなにかの出身なんだろう? 金銭感覚おかしいんじゃないか?」
「……ふーん。まあ確かに私達の感覚とは違う人種よね」
咄嗟にヒトヤは嘘をついた。
多少心を許し始めた相手とは言え、本当の事など言えるわけもない。
とっさについた嘘にしてはキャリスの伝言とも矛盾がない。
レミナ達もそれ以上深くは追求するつもりはないらしく、そのことにヒトヤは胸をなで下ろした。
防具を受け取り、ヒトヤが帰った後もレミナ達はボンボ武装店で歓談を続けていた。
「これで義賊騒ぎも一段落ね……」
「残念そうじゃないか」
「義賊の肩を持つ気は更々ないけどね。義賊達が犯行に及ぶ度に零れてくる情報はそれなりに貴重だったのよ」
「まあ、お前さんらからすればそうだわな……」
「誰かさんがランク50以上に売るような殲滅兵器を融通してくれれば、私達も義賊なんか気にしなくていいんだけど」
「できるか。こうしてお前さん等が来る度に新しい製品情報と中古で流れた高ランク帯の武器情報を流してやるのが精一杯だ」
ドヴェルグの言葉にため息をつきながら、レミナは愚痴を零す。
「どこに型落ちの殲滅兵器が安値で売ってないかしら。落ちてたら、なおいいわよね」
「んなわけあるか。危なすぎるわ」
ドヴェルグの返す言葉にふて腐れた表情を見せるレミナ。
このままだと八つ当たり気味にレミナはドヴェルグをからかい弄ることが解っているドヴェルグは、別の話題を切り出した。
「そういえば聞いたか?」
「何よ?」
「トモシナの一家の話だ」
「トモシナ? ……あー、義賊に殺された貴族街の家よね? 確か娘さんが行方不明なんだっけ?」
「ああ、それだ。その事件の後、おかしな事に教会に相当な金が流れたらしいぞ」
「……その情報、大丈夫?」
「お前らじゃなきゃ話さねえよ」
「そうしなさい……トモシナって確かデルピーチ社の重役じゃなかったかしら?」
「そうだ。その重役が死んで教会に金が流れた……どう思う?」
「んー……企業内闘争で人が死ぬなんてのは珍しい話でもないけど、もしトモシナ家が消えることで特をしたのは教会って状況をそのまま捉えるなら……怪しいのは教会? でも……確かトモシナ家ってセント・マザー教の熱心な信者だったはずよね?」
「……そう……なんだよなぁ」
「義賊が自分の大義を示す為に、盗んだ金の一部を教会に流して体裁を保ったってだけじゃない?」
「やっぱ、そうだよな」
「何? ドヴェルグはどんな想像をしてたの?」
「いや、妄想と笑ってくれていいんだけどよ。義賊の中身が実は入れ替わってんじゃねえか? ってちょっと考えたことがあってな」
「根拠は?」
「いやさ、なんとなくな。前の義賊は必ず金を奪ってたと思うんだが、快楽主義にしてもツルナリグループにしても金を取られたって感じじゃないだろう? なんかやってること変ってないか?」
「……そう……いわれれば?」
「さっきの話で言うなら、快楽主義からもツルナリからも金を奪って教会に寄付するのが今までのやり方だったと思うんだよ。だから、前の義賊は教会とつるんでいて、その後入れ替わった連中がそれを知らずに……なんてな」
「やり方が変ったっていうのはともかく、入れ替わったとか教会とっていうのは考えが飛躍しすぎよ……多分、ね」
「やっぱりそうか……」
「まあ、一応記憶に留めとくわ。ある意味ではデルピーチ社の情報ではあるしね。ありがとう、ドヴェルグ」
「へっ。いいってことよ」
「……そういえば、なんて言ったっけ? そのトモシナ家のお嬢さん」
「確か……ウミネ? ウミネ・トモシナだったかな」
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