第41話 武者の紋章

 対ロイドバーミン人間兵器、「紋章持ち」。

 始めに造られたのは勇者であったという。


 電流を操り、人にあり得ぬ速度と雷撃による火力を誇る勇者の紋章は、確かにロイドバーミンに対し有効ではあったが多くの問題点もあった。


 一つは他者との連携が取れないこと。

 雷光纏い戦う勇者の隣に常人がいれば、当然感電してしまう。


 一つは続戦能力の低さ。

 体から電撃放つなどというエネルギー消費の大きい力を、長時間発動していられるわけがない。


 そしてもう一つ。機械武器が使えないことだ。

 機械剣、機械槍、機械弓とこの世界には様々な機械武器がある。

 中には失敗作と呼ばれるものもないわけではないが、基本的には装備すればその者の戦力を飛躍的に向上させるものが多い。

 そしてその大半が過剰な外部からの電流に弱い。


 故障する、まではいかなくとも誤作動、暴発、など影響は受ける。

 そして戦場というコンマ何秒が時に生死を分ける極限の場所で、僅かな誤動作でも致命的な結果に結びつきかねない。


 それでも僅かな時間とて、他の追随を許さぬ速度と火力を叩き出す勇者の能力は、使い方によっては有効ではある。

 特に多数の敵が待ち構える場所へ特攻させるような戦いを強いられるときであれば、勇者以上に頼れる者もいない。


 しかしながら、紋章持ちが開発された当初、都市に閉じこもっていた者達にとって必要だった力は防衛力だった。

 攻め寄せるロイドバーミン達に長期に渡って渡り合う力であった。


 開発者達が勇者の力に一定の価値を認めながらも、他の紋章の開発に舵を切ったのは当然の流れであったと言えよう。


 そんな流れの中で、開発された武者の紋章は、短期決戦では勇者の様な爆発力はないものの、確かに勇者には実現できぬ防衛力と継戦能力を備えていた。


 その能力は身体強化と予知。

 筋力と骨格を強化した人間の肉体をベースに、脳に発信と受信の機構を追加した生物兵器だ。


 予知などと聞くと胡散臭くも感じるが、絶対に覆せない未来というのは確かにある。例えば時速100kmで走る車が一秒後止まっていることはあり得ぬように、僅か一瞬先の未来であれば、予知と呼ぶに足る「外れない推測」は理論上可能である。


 人間が都市に立て籠った当時、人類滅亡の瀬戸際、しかし人類は全ての文明を失った訳ではなかった。

 都市は残された前自体の遺産、スーパーコンピューターに武者の紋章持ちが視覚と聴覚から得た情報と、その後に訪れた結果をデータとして蓄積し続けた。

 戦う相手には困らぬ当時、そうして得たビッグデータが割り出す予測は、より磨き抜かれ、確かに予知と呼ぶに相応しい予測をはじき出すに至る。


 敵の動きを一瞬先とはいえ完全に先読みし、その予知に対処できるだけの強化された肉体で戦う紋章持ちは、正に武者。紋章を持つだけで歴戦の強者と肩を並べ、鍛錬によって力を磨けば、紋章なき常人に適う術なし。

 更に勇者には使えぬ機械武器を使えば、攻撃力も不足はない。

 戦局に応じた武器を選んで戦う武者は、応用力でも勇者を上回った。


 しかし


(こいつ、一体……まさか、波動転勁……?)


 ヤツシは焦れていた。


 相手の動きを先読みし、予測地点に刃を振れば、敵を切り裂ける。

 それが武者の戦い方の基本だ。


 しかし、目の前のヒトヤ。突如背後より斬り掛かってきた少年をヤツシは未だその刃で切り裂けずにいた。


 ヤツシは武者の力を覆す常人の存在を思い出した。

 それはアサギから聞かされた話だった。


 北の都市クロノモリ。

 ヒガシヤマト同様ロイドバーミンの防衛力を欲した都市は、ヒガシヤマトの援助を受け、紋章持ちを迎え入れた。


 絶対の強者、戦いの切り札。紋章持ち。

 そのブランドはある武道場の戦士の手によって傷つけられることになる。


 紋章持ちとて人なる身。食事も眠りも必要だ。

 広大な都市を守る為に必要な人手は紋章持ちだけでは補えない。

 クロノモリはヒガシヤマトより紋章持ちを歓迎しつつも、都市内から継続して都市防衛に就く兵士を募った。


 ある程度戦えねば兵士としては使えない。

 クロノモリは兵士選抜を紋章持ちに頼み、そして武者の紋章持ちがその依頼を快く受けたという。


 選抜方法は模擬戦。

 そして、その模擬戦で武者の紋章持ちは一人の常人に敗北を喫した。


 虎狩道こしゅどう院。波動転勁なる武術を伝える。

 その奥義は肉体を鍛え上げ、先読みを極意とする武術。

 武者の紋章とよく似た思想の元に生み出された常人の操る技術だ。


 この件は都市によって隠蔽され、ただ武者の紋章使いにのみ極秘案件として伝えられる。武者の紋章がその存在意義を問われることになった、少なくとも紋章持ちにとっては大事件であった。


 武者の紋章持ちが勝てぬ常人。それを目にした武者は波動転勁を連想する。

 



(クソッ! しくじった!)


 ヒトヤはヤツシの剣にただ防戦一方となっていた。


 不意を突いたと思った初撃は、まるで予測されてたかのようにあっけなく受けられ、その後すぐに形勢は逆転。


 ヤツシの的確すぎる攻撃を、何とか死力を尽くして躱し、受けて命を繋いでいるが、逆に言えば出来ていることはそれだけだった。


 予測された未来を覆す方法はある。

 例えば敵が斬り掛かると予測し、放たれたカウンターがあるとして。

 そのカウンターに反応し、身を躱せば斬られることはない。


 だが普通に考えてそれは難しい。

 敵の速度を上回る圧倒的な速度と反応速度を要するからだ。


 敵が強者である程に、実現は現実的ではない。

 加えて自分のとった行動の勢いに負けずに中断し、体をねじ曲げる負荷を肉体にかけ続けることになる。


 そんな非現実的な行動をヒトヤが実行できているのは、更に圧倒的な速度で剣を振るイクサとの戦闘訓練が要因としては大きい。

 イクサの更に的確で重く早い攻撃を一年以上も受けたヒトヤは、かろうじてヤツシの攻撃から致命傷を避けていた。


 それでも体にはもう十を超える傷をつけられている。

 いや、新たに手に入れた鎧がなければ既に命はなかった。


 傷は回復しているものもあるが、それでも失った血液は体力を削る。


(このままじゃ……マズい……か)


 脈打つ胸を気にもせず、ただヤツシの剣に集中し、生き延びる為だけの行動をとる。

 しかし、それが現状を打破することはあり得ない。

 この場でヒトヤが最終的に生き延びる為にはヤツシの命を断たねばならないが、ヒトヤは攻勢に出れてはいないのだ。


 客観的に見ればヤツシが繰り出す斬撃刺突にヒトヤが嬲られているようにしかみえない現状。

 瞬きするだけで死の刃に斬り裂かれる。そんな絶望的な状況が不意にヤツシが退いたことで終わった。


(……なんだ?)


 休息を欲していたヒトヤには有り難い間であった。

 忌々しそうにヒトヤを睨みながらも、自身の刃を気にするヤツシをヒトヤは見ながら、少しでも体力を回復させることに努めた。




(チッ……)


 内心で舌打ちをしながら、ヤツシは自身の持つ細剣の刃を見る。

 その刃には僅かにひびが入っていた。


 苛烈なヤツシの刃を受けるヒトヤの刀。

 ヒトヤの刃は重く分厚い。故に切れ味も期待できないが、頑丈さではドヴェルグは目を見開くほど。そしてその重さ故に攻撃力は申し分ない。


 その刃に強化をされた身体による力で細身の剣を叩きつけ続ければどうなるか。

 ある意味でヤツシの刃の罅は当然の結果であった。


(せめて武器を変えてくるべきだったか)


 ヤツシは隊には知られぬよう、この依頼を出した。

 だから持ち出せるのは常時貸し出しされている鎧と細剣だけだった。


 機械武器は高価で数に限りもある。

 だからいつもは保管されている。


 例えるなら警察の手に負えない犯罪に出てくる特殊部隊を考えれば解り易いだろうか?

 他の武器は必要なときに持ち出すというのが隊のルールだ。

 だからヤツシはこの単独作戦を実行する上で、隊に知られぬ為にも細剣しか持ち出せなかったのだ。


 勿論自費で武器を買うという手もあっただろう。

 だが、紋章持ちとして高い自信とプライドを持つヤツシは、その必要を感じなかった。


(あと何合持つ……?)


 罅が入ったならば、いつか折れる時が来る。

 そして武者の紋章は折れる直前、その予測結果を伝えてくれるかもしれないが、予め何秒後に折れるなどというような限定情報は提供してくれない。


 あくまで武者の紋章が予測するのは数瞬後の未来だけだ。






「や……やめてくれ……」


 懇願する男の肩を、容赦なくキャリスの刃が斬り裂いた。


「さて、こっちは片付いたわね」


 男達、シュウジの部下の遺体を見下すキャリスの横で、ラーナが男達の所持していた物を確かめる。


「センスパラライズですね。お嬢様ご注意を」

「まったく……下衆の考えそうな事ね、といいたいけど。有り難く使わせて貰おうかしら」


 シュウジの部下が所持していたセンスパラライズを手にキャリスはヒトヤとヤツシのいる廃墟の方向を向いた。


 紋章使いに身一つで対抗するのは難しい。

 逆に正面からの戦いに拘らなければ、どうとでもなるのだ。


 寝ているところを襲うのもいいだろう。罠に嵌めるのも良いだろう。そして毒を使って動きを止めるのも有効な手段だ。


「あの少年は……如何致します?」

「そうね……あの騎士と戦っている理由は解らないけど、今のところ味方と呼べるわけではないし……それに残念だけど、あの廃墟にこれを撒けば巻き添えは避けられないわね」

「わたくしめも既に彼とは刃を交えた身。確かに味方になって貰うのは難しいでしょうな」

「では」

「二人まとめて逝ってもらうわ。今、私達の正体を都市に知られるわけにはいかないもの」


 非常な決断を下すキャリスの表情はどこか痛々しい。

 目的の為に手段を選べるのは余裕のある者だけだ。

 例え誰かを巻き込むことになっても突き進む。そう決めたときからキャリスは何度も内心で苦しみながら決断を下してきた。


 これもその一つに過ぎない。しかし確実に蓄積されるキャリスの心の傷。

 使える者達はそんな主を悲しみの目で見ながらも、ただ従うのだった。

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