第40話 四つ巴
キャリスに誘われるがまま、ヒトヤ達が到着したその場所は、樹木が突き破り、元が建物と知らなければそう見えないような、数ある前次代に建てられた廃墟の中では比較的建物と判別できる廃墟だった。
シュウジとその部下達の思惑がヤツシとヒトヤ達人形狩りの潰し合いであった以上、彼等が手を組んだ今、シュウジ達の部下がいつ襲ってくるか解らない。
周囲を石の壁で覆われた空間は、確かに敵からの奇襲を受け難い。その上で所々破損した石壁は風通りが良く、比較的センスパラライズのような毒も充満し難い。と言ってもばら撒かれれば影響は受けるだろうが。
ひとまず現在のヤツシの境遇から考えて適した場所ではあった。
このような場所をキャリス達が知っていることは全くおかしな事ではない。
同じく遠征任務に従事する白獅音のような騎士に聞いても知っているだろう。
人には休息が必要だ。休息を取れる場所を把握しておくのも人形狩りとして取得すべき知識の一つだ。
ヒトヤのような森林地帯に入って間もない人形狩りや、ヤツシの様に防衛任務に専任する騎士でもなければ、常識とも言える情報だ。
「ところで、特徴的なその剣。朱羅印かしら?」
「……詳しいな」
「むしろ常識でしょう?」
ヤツシの腰に帯びた細く長い剣。
防衛を任務とする朱羅印は基本的に対人戦を前提としている。
防壁に守られた都市。仮にロイドバーミンが襲い、侵入するような事態とて、防壁が都市への侵入の時間稼ぎにもならないような事態は考え難い。
その間に装備を整えれば良いのだから普段は犯罪者。人間に対し有効な武器を装備している。
軽さは速さに繋がる。鎧で全身を固めたような者が相手でないならば、人間を倒すのに武器の威力はさほど要らない。細剣で急所を突けば戦いは終わる。
この考え方は例えば白獅音では通じない。
彼等の前提はロイドバーミンや獣との戦いだ。加えて相手によって武器を持ち変えるなどということも遠征先では難しい。だから腰に帯びる剣は重厚な片手でも両手でも使えるバスタードソードが標準だ。
耐人特化の武器を装備する騎士団は珍しい。故に朱羅印の武装の話も有名とまではいかないが知るものは多い。
ヤツシもその辺りは知っている。だから違和感もない。
先の言葉も自分を観察していることへの皮肉のようなものだ。
現状知られたくない自分が何者かという情報が鎧、武器から漏れてしまっている。
そのことを目の前の少女に指摘された様で、ヤツシは外套で剣を隠すように包もうとし、その手を止めた。
突如金属の打ち鳴らされる音が鳴り響いた。
「……どういうつもりだ!?」
「これを防ぐとは、まさか紋章持ちですか? 厄介な……ラーナ!」
突如始まったキャリスとヤツシの戦い。更にラーナが参戦する。
キャリス達とヤツシが振るう刃と刃。打ち鳴らされて響く音が目の前の騎士を討つ機会を淡々と狙っていたヒトヤの意識を臨戦状態へと引き起こす。
だからこそヒトヤは気付いた。
刃が空を切る音。
ヒトヤはその音の正体を確かめもせず、危険を警報する本能に従い身を逸らす。
一瞬までその場にヒトヤの頭部があった空を、高速の短剣が抜けていった。刃が頬を掠り、赤い鮮血が視界に映る。
ヒトヤは素早くその短剣の出所に視界を向ける。その視線の先にいたのは当然アンドリューであった。
「おや、困りましたな。さっさと片付けてお嬢様の支援に向かいたかったのですが」
僅かな戸惑いを表情に浮かべるも、すぐにアンドリューは今度は両手に短剣を持ち、ヒトヤへと一直線に疾駆する。
(早っ!?)
超前傾姿勢で疾駆するアンドリューにヒトヤは愛刀を抜いて迎える。アンドリューの双刃は早く変幻自在。
「くっ……」
(……この者……)
埋め声を上げながらも、そのアンドリューの攻撃を避け、重い刃で弾くヒトヤにアンドリューは驚嘆した。
メイソン家で執事兼護衛を務めていたアンドリューの腕前は一流。しかも人形狩りと違いその戦闘は対人戦を想定したものだ。
ランク10になったばかりの人形狩り等、本来相手にはならない。
実際アンドリューの思惑は間違っていない。
相手がヒトヤでなければ、アンドリュー以上の速度と技術を持ってヒトヤを鍛えるイクサとの訓練を継続していたヒトヤでなければ瞬殺できていた。
いや、最初の投剣時点で勝負は決まっていたのだ。
力任せに叩き切るのではなく、最小限の動きと技で斬る。
ヒトヤがその技術を手に入れ始めていたのもヒトヤとアンドリューの勝負を拮抗させている理由であった。
そうはいえど優勢なのはアンドリューだ。しかし焦っているのもアンドリューだった。
(マズい……ですね)
アンドリューが気にするのはもう一方の戦いだ。
キャリスとラーナ。二人の攻勢にヤツシは五分以上の戦いを繰り広げていた。
キャリスの剣を捌き反撃しようとするところをラーナの鞭が襲う。その一閃を難なく避ける間にキャリスが間合いを取る。間合いを詰めようとするヤツシにラーナがもう一閃を。躱して見せた隙にキャリスが再度剣を振るうが、それを知っていたようにヤツシはその刃を防いでみせる。
二人で的を散らせ、更にヤツシの間合いの外からのラーナの攻撃にヤツシが対応しきれずにいるから勝敗がついていないだけで、戦局はヤツシが優勢。
早く目の前の少年を片付け、キャリスとラーナを支援したいアンドリューだが、その少年はギリギリながらもアンドリューの刃を躱し、受けて命を繋いでいる。
真面にやり合えば負ける相手ではない。とはいえ、背中を見せて勝てる相手でもない。
すぐにキャリスとラーナの元に向かいたいアンドリューにとって少年は確かな障害であった。
(このままでは……)
アンドリューは想定していなかった障害に舌打ちしながら、一旦の撤退を提案する。
「お嬢様!」
「仕方ないわね! ラーナ!」
キャリスの声と同時にラーナが叩きつけたのは催涙効果を伴う煙玉。
この建築物の中ではその煙幕はすぐに晴れるだろうが、効果がないわけではない。
顔を腕でヤツシが覆い、動きを止めたその隙にキャリス達は建屋の中から外へと脱出した。
「厄介ね……多分あれ、武者の紋章よ」
「そうでしょうな」
キャリス達は建築物の外、大きな樹木の上で身を隠し、休息を取りつつ、素早く戦況を分析する。
市営放送を賑わし、快楽主義を襲った義賊。その正体はキャリス達メイソンプライドであった。
といっても最初から義賊がメイソンプライドだったわけではない。
キャリス達は元々いた義賊を名乗る盗賊テンメイカイを殺害し、彼等に成り代わって義賊を名乗った。
エル=アーサスが巣を作る原因となった殺害事件が実はこれである。
そのキャリス達の目から見て、今回の依頼は明らかにおかしかった。
裏で繋がりがなければ騎士を挑発しているようにしか見えないシュウジの依頼。
しかし、キャリス達はヤツシの行動まで把握できていたわけではない。
だから状況を確認するべく、人形狩りとしてこの依頼に参加したのだ。
キャリス達のこの依頼における行動方針は二通り。
もし騎士と全く繋がっておらず、シュウジが本当に自分でこの依頼を出したなら、その場にいるシュウジの配下を皆殺しにし、その悪事を再度都市にばらまくことで義賊としての名声を上げる。
もし騎士と繋がっていて、この依頼に騎士が出てくるのであれば、騎士を殺害し、その遺体を都市に届け、その後キャリス達義賊を狙って出動するであろう都市の暗部を引きずり出す。
キャリス達にとってシュウジやツルナリグループのことは、はっきり言えばどうでもよかったのだ。
都市の暗部との対峙こそがキャリス達の目的だったのだから。
そして実際に受けたこの依頼。キャリス達にとってその中身は非常に中途半端なものだった。
騎士と繋がっているのであれば、待ち受けているのは皆騎士。そうキャリス達は思っていた。
だが、実際にいた騎士はヤツシ一人。更にそのヤツシはシュウジに嵌められ、悪事への加担者とされてしまった。
この事実に戸惑ったのはヤツシだけではない。キャリスも内心では狼狽えながら、しかしおくびにも出さずにヤツシを人目につかない廃墟へと誘導した。
シュウジの部下達の動向は気にかかったが、ひとまず騎士がいるならば仕留めておいた方が良いと瞬時に判断した。
ヒトヤも招いたのはヒトヤが先に帰れば、騎士を殺害した疑いが間違いなく自分達に向けられてしまう。
騎士を殺したのはあくまで義賊。そう都市に思わせる必要があった。だから人形狩りも力を合わせて義賊に対抗するも、不幸にも騎士とヒトヤは殺害された。そのシナリオの為にヒトヤも殺すつもりで誘ったのだ。
キャリスは今にしてみれば早計な判断だったかと思い返す。
その後キャリスは二つの誤算に見舞われたからだ。
一つは本来守られるべき紋章使いが単独でこの件に参加していたこと。
騎士団の財産とも言える紋章使いを無防備に単独でこのようなところに送るという状況をキャリス達は考えていなかった。
一つはヒトヤの強さだ。先のエル=アーサスの依頼で見たヒトヤの実力からアンドリューなら瞬殺できると踏んでいた。
本来なら二人の殺害を終え、シュウジの部下達をどうするか? を今考えている状況のはずだったのだが、キャリス達は現状何の成果も上げられていない。
頭を抱え、ため息を吐くキャリスにラーナが声をかける。
「お嬢様、あれを」
ラーナの指差す方向には数人の人影。
その内の一名が大切そうに何かを握りしめている。
「毒……かしらね?」
「おそらくは」
彼等の持つものをセンスパラライズのような散布型の毒だとキャリスは判断した。
本来なら同士討ちをしてくれるはずだった騎士と人形狩り。
しかし彼等は仲良く揃って姿を消した。戸惑いながらも、シュウジの部下達の任務は騎士と人形狩りを殺すこと。
彼等が同士討ちをしないのであれば、力に差があれど、それを覆す切り札があるとなればその足取りを追ってくるのは当然ではあった。
「先にやりますか?」
「後々不確定要素は残したくはないし……一つの手よね。その間、あっちの二人を放っておいていいのかって不安はあるけど」
「それは問題なさそうですな」
双眼鏡で建屋の中、ヤツシとヒトヤを監視していたアンドリューから双眼鏡を手渡される。
「……どういうこと?」
「はて? 本当にどういうことでしょうな……」
双眼鏡を受け取ったキャリス。その視界の中でヒトヤとヤツシが斬り合っていた。
キャリス達メイソンプライドが退いた直後、奇襲に備えヒトヤとヤツシは背中合わせに周囲を警戒する。
廃墟の中で二人だけ。
敵の敵は味方ではあるが、ヒトヤにとって背後にいるのは明確な敵。
そして今この瞬間はヒトヤに取ってヤツシを殺害する絶好の機会であった。
「……どいつもこいつも! 警戒を怠るなよ。次に会ったときこそ、俺の剣で奴らを斬り裂いてやる」
「いや……」
「?」
「お前が死ね」
ヒトヤは無防備に背中を見せるヤツシに斬り掛かった。
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