第39話 策謀
「待ち合わせの場所は端末に送っておいた。各自確認してくれ」
奴隷斡旋業を収益の主力とするツルナリグループのトップ、シュウジ・ツルナリ。
ツルナリグループの悪名からその名を知るものは多いが、その姿を見た者は少ない。
ある種の有名人を情報収集も兼ねて一目見ようとでも思ったのか、依頼を受注したわけでもない人形狩り達も、その顔合わせの場に多数訪れていた。
彼等は皆、シュウジから距離をとるようにシュウジを囲んでいた。
そしてシュウジからの依頼を受ける人形狩りをある者は悪者を見る目で、ある者は哀れみを込めた視線で見ていた。
借金を理由に行われる人身売買。
主観的感情によって考える者にとってそれは単なる悪であり、俯瞰的理論で考える者にとってそれは必要悪だ。
借りた物を返さない。それを罪と呼ぶなら返せぬ借金は罪。
だが貧しき者が生きるために仕方なく行ったそれを、他の殺人のような悪意ある罪と並べ、罪人として扱うのは誰しも躊躇する。
収監するわけにもいかず、かといって放置するわけにもいかない。
結果ただ見捨てられ、都市の外に放逐される者達に伸される救いの手。
また、力なき貧困層に借金は返すべき、という強迫観念を植え付けるツルナリグループの存在は、財を持ち、金貸しを一つの生業とする者達にとっては有り難い存在でもあった。
人形狩りという武力集団がいながら、ツルナリグループという悪が正義の名の下に今も潰されずに生き残っているのは、どこかでその必要性を認められてから、というのも要因の一つだ。
その一方で積極的に自ら関わろうとする者は当然ながらいなかった。
そんな人形狩り達の思惑と感情の中でシュウジの依頼を受けるべく、その場に集まった四人はヒトヤとメイソンプライド。即ちキャリス、アンドリュー、ラーナであった。
シュウジに荷担する者達。或いは金の為か弱みを握られたか、何らかの理由で受注せざるを得なかった者達。集まった人形狩り達がヒトヤ達に向ける視線の色の違いは、各々の解釈の違いでもあった。キャリス達の格好にただ戸惑う視線もゼロではなかったが。
廃棄地区に住むヒトヤに取って都市に住む者の視線など、外国人の日本人に対する評価程度に他人事である。
ヒトヤは飄々と集まった人形狩り達の視線を受け流していたし、キャリス達も貴族街に生まれた者故か、態度は堂々としたものだった。
シュウジは人形狩り達の視線に気圧されぬ受注者達の態度に僅かな感心を見せた。
「端末の指示する場所に行けば、俺の部下が待機している。後はそいつらの指示に従って護送任務を果たしてくれれば良い」
ヤツシが朱羅印に入ってすぐ、アサギに呼ばれてヤツシはレムナント・マナへと向かった。個室の中で待ち構えていたのはアサギと、センターの役員でヤリノと名乗る男だった。
ヤリノが気安くアサギの肩を撫でながらヤツシを見て発した言葉をヤツシは忘れない。その時歯を食いしばったアサギの表情を忘れない。
「なるほど。確かに良い看板になりそうだな」
ヤツシから見ても自分が他の同じ紋章持ちに比べ、騎士として際立って優れているとは思えなかった。それでもアサギは自分を特別扱いしてきた。
騎士として明確に優れた力を持つアサギ。アサギがヤリノと二人、夜の街に消える姿を見たのは一度や二度ではない。そのときのアサギの表情に、少なくともヤツシには幸福の色を見てとることは出来なかった。
アサギを軽蔑したことはない。アサギは隊の為に自分の全てを捧げている。
そのアサギが理由はどうあれ期待してくれたのだ。ならば応えねばなるまい。
ヤツシは少しずつ自分に課した責任という名の下に押し潰されていった。そしてその辛さを他者に当たることで発散した。
コウキに出会ったのはそんな折だ。
特攻特化の勇者の紋章。都市の外で戦歴を挙げ続ける白獅音のエース。
ヤツシには許せなかった。紋章持ちという変わらぬ才能。ただ持っている才能を振るえば称賛を浴びる白獅音。
嫉妬。その感情がヤツシの中でコウキを敵に転じた。
「おい。流石に惚けるのはよしてくれ。余裕なのは心強いがな」
「……フン」
ふと何故か思い出した昔。ヤツシにその記憶を呼び起こさせた感情はなんであったか? 今対象は違えど白獅音と同様に都市の外で成果を上げんとするヤツシ。どこかその行動に感じる自己矛盾がその理由かも知れない。
気持ちを切り替えるようにヤツシは体の向きを変える。
視線の先にあるのは積み上げられた人間大の箱。荷台に括り付けられ、カバラスへと繋がれている。
後は証人を待てばいい。ヤツシが義賊を撃ち倒す、その瞬間を目撃する者を。
「もう一度聞くが、退く気はないんだな?」
「ああ。こっちも上司命令でね」
「……チッ」
ヤツシは舌打ちをしながら同行者から目を逸らす。
ヤツシとしては義賊の相手は自分一人の方が都合がよかった。
だがシュウジは自身の部下を護送要因として送ってきた。傍目に見ればシュウジがツルナリグループと騎士の暗に繋がっていると見せつける為であろうことは明白であった。ヤツシも気付かなかったわけではなかったが、その点については無視した。
ここでシュウジの部下を追い返し、端末でその連絡がシュウジに届けば、シュウジは依頼を取り消すかもしれない。
この状況を目撃され、市民に広げられることは、ヤツシの目論見である既に朱羅印はツルナリグループを抑えているというアピール、という目的に対して逆効果になり得るのだが、ヤツシは妥協した。
今大事なことは失ったものを取り戻すこと。その他は後で考えれば良い。
目撃されたとて、この件が終わった後すぐにツルナリグループを検挙すれば、市民の話題などどうとでも誘導できる。
稚拙な奪還願望と安直な楽観視。それがヤツシに彼等の動向を許させていた。
今ヤツシは外套で騎士と解らぬよう変装している。
目撃者の前に華々しく姿を現すのは、義賊を捕まえてからでいい。
ヤツシの姿に合わせ、シュウジの部下達も外套を纏っていた。
深くフードを被った顔も知らぬ仲間。
そこに待ち人、ヒトヤ達が現われた。
「全員準備しろ」
ヤツシは立ち上がる。
そしてシュウジの部下達も立ち上がった。
「依頼の内容は聞いているな?」
「ええ。どうぞ、よろしくお願いします」
人形狩りの流儀で言えば、ヒトヤ達四人のリーダーはキャリスだ。
外套を被ったままの姿で前に出るヤツシに、キャリスも進み出て挨拶を交わす。
ふと吹いた風がヤツシの外套を僅かにめくる。
その隙間から覗く金属光沢の鎧にヒトヤはすぐに気が付いた。
この依頼には騎士が絡んでいるかもしれない。
その程度にヒメノからヒトヤは聞いていたこともあり、ヒトヤはヤツシが騎士であるとすぐに察した。
(こいつ……後ろの奴らも?)
ヒトヤの前に撃つべき敵が六名。
(多いな……)
なによりここで刃を振るうにはキャリス達が邪魔だった。
(まずはどうにか、キャリス達にここから離れて貰わないと……なんだ!?)
突如荷台の荷物からパンッと爆発するような音がした。
小さな爆発。怪我人がでるようなものではない。
だがその衝撃で荷物の蓋が落ち、中身が顕わになった。中には生気のない人体、つまりロイドバーミンの遺体が入っていた。
「な!?」
ヤツシは外套越しに解る程の驚愕の表情を浮かべた。
中身は空のフェイクの筈だ。それなのに、
「義賊だ! 義賊の襲撃だ! 探し出して迎え撃て!」
シュウジの部下が大声を上げながら散開する。
「ま、待て!」
ヤツシが狼狽えながらも制止するが、シュウジの部下達は止まらなかった。
(……嵌められたか?)
ヤツシは漸く気が付いた。
これでヤツシはもう姿を現すことはできない。
例えヤツシが義賊を捕縛したとしても、それはそれ。ヤツシはロイドバーミンを都市に運び込むという犯罪行為への荷担をしたことになってしまう。
目撃者は既にいる。目の前には人形狩りが四人。
(……
目撃者を殺せば証拠はなくなる。いや、それだけでは不十分だ。ロイドバーミンの遺体を焼き払い、証拠を隠滅し、その上でシュウジの部下も皆殺しにしなくては。
既にシュウジの部下は散開している。
一人二人は今から追って斬り伏せることも出来るだろう。
だが、五人はどうか? もしこの状況を写真でも撮られていたならば? ヤツシの顔が写真に写っていたならば? そして彼等の一人でも都市に帰り、市営放送にその写真を送られたならば? ヤツシは終わりだ。
(……クソッ! あの野郎共!)
ヒトヤが突如の出来事に戸惑う中、キャリスもまた一瞬の躊躇はあれど、ヤツシとの対話を続けた。
ヤツシが一瞬見せた殺気に気が付かなかったわけでもなかろうが、素知らぬ顔で、
「これは、もしや嵌められたのかしら?」
「解るのか!? いや、なぜそう思う?」
終わったと思った状況で現われた理解者。一瞬ヤツシは流されそうになったが、この状況でまるで全てを知っているかのような相手の態度に警戒心を顕わにする。
「これでも目は良い方です。何かが投げ込まれて箱が爆発した、というならば私も勘違いしたかもしれませんが、箱の爆発は明らかに予め仕込まれたもの。冷静に考えられれば私達に箱の中身を見せたい何者かが行ったこと。そして、彼等は予めこの状況を知っていたように散開し、あなただけが戸惑うにここに残った。普通に考えてあなたが嵌められたと考えるのが自然でしょう」
この場でベストな判断を下そうと、ヤツシは混乱する頭を無理矢理回転させる。
「おそらく奴らの狙いはあなたに私達を襲わせること。都市の禁忌、箱の中身を私達に知られたあなたにとって、私達が生きているのは都合が悪い。ですがあなたが如何に剛なる騎士であろうとも、こちらは四人。それもランク10以上の人形狩り。そして、我々とて森林地帯に向かう身。無防備ではないわ」
「なぜ……俺を騎士だと?」
「変装するなら、その特徴的な鎧は脱ぐべきでしたね」
「む……」
ヤツシは外套から覗き見える自分の鎧に視線を落す。
その様子を笑いながら、キャリスは言葉を続けた。
「どんなにあなたが強くても、私達が戦えばあなたの外套ぐらいは剥ぎ取れますし、傷くらいは負わせられます。それを写真に収め、都市に送る一方で何らかの武器……おそらく毒か何かで弱ったあなたを殺害するつもりですね。それが彼等の作戦でしょう。都市の市民には、騎士がツルナリグループと組み、ロイドバーミンを運ぼうとしていた所を義賊に襲われた死亡事件と伝えられる」
「……」
「勿論私達が勝ち、あなたが死ねばそれで良し。結局私達が彼等に殺され、あなたが義賊に殺害されたという話が広まることに変わりはありません。そしてあなたの遺体をツルナリグループは悲しみに暮れた表情で運ぶ。それを見た市民はロイドバーミンが都市に運ばれていた裏には、都市も協力していたという噂が広まる」
「……」
「貴族街の選ばれし者達の欲望を満たすため、結局都市も悪事に荷担していた。そう市民が思い込めば、都市はこの件を何らかの方法で揉み消しにかかる。或いはツルナリグループはそのどさくさに紛れて都市の追求を躱すこともできるかもしれませんね」
「……俺は利用されたということか……」
「残念ながらそうでしょう。ですが手はあります」
「なんだ?」
「私達が手を組み、ここから姿をくらませばいい。彼等は私達を殺害すべく追うでしょう。彼等の目的は私達を殺し、あなたの遺体を利用して、さも騎士とツルナリグループは繋がっていると演出することにあるのですから」
そして追って来た彼等をここにいる全員で迎え撃つ。
奴らの死体を都市に晒し、あくまで騎士はツルナリグループの敵だと誇示すればいい。
そう説得するキャリスにヤツシは揺らいだ。いや、完全に説かれていた。
今はこの人形狩りを味方につけた方がいい。
そう判断したヤツシにキャリスは笑いかけながら、ヤツシを促した。
「では行きましょう。この辺りは見知った場所です。あちらに奴らを迎え撃つに良い場所があります」
ヒトヤのターゲットは騎士、ヤツシだ。
状況の全てが理解できたわけではないが、そのヤツシをキャリス達が連れて行工としている。
キャリスはヒトヤも手招きした。ヒトヤは自分の思惑からキャリスの後を追従した。
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