第38話 ムギョウとアサギ

 ヤツシがシュウジの元へ密談に向かった同時刻。

 ムギョウはアサギの貴族街の高級レストランで対面していた。


 特に特別なことではない。

 四大企業が支援する騎士団は、やはり大きく四つの派閥に分かれている。

 白獅音、朱羅印、蒼天礼ソウテンレイ碧影香ヘキエイカ

 いつしか各々が独自の隊名を名乗るようになったのはいつ頃からか。


 しかしながら各隊は同じ騎士団。競合相手ではあっても敵対すべき相手ではない。

 誰かが命じたからか、自ら動いたのかも定かではないが、各隊長はこうして定期的にコミュニケーションをとる機会を設けている。


 レストラン「レムナント・マナ」。

 一流の料理人が提供する食事は万人の舌を唸らせるヒガシヤマト最高級の料亭は、その味に相応しい価格帯より客を選ぶ。客に合わせて店のセキュリティーも高い。食事が提供される席は全て個室。

 結果、このレストランは都市最高の味を誇りながらも、来る客は純粋に味を楽しむ為に来る者より、経営密談に使う場所として使う者の方が多かった。


 ムギョウとアサギ。隊長同士、互いに隊の機密も知っている。

 本人達がとってはちょっとした雑談のつもりで漏らした機密が問題になってもつまらない。

 だから隊長同士の対談はこの店で行うのが通例となっていた。

 

「しかしお前のところのエース君は血気盛んだな」

「あれくらいが丁度良い。人の上に立つ重責に打ち勝つ対抗策は上を目指す野望だけだ」


 アサギがヤツシを優遇しているのは間違いない。にも関わらずアサギが応えながらも少し苦い顔をしたことに気付いたムギョウは少し掘り下げることにした。


「不本意なのか?」

「……いや、奴こそ朱羅印の時代を任せるに相応しい。そう思っているよ」

「こう言っちゃなんだが……なぜだ?」


 確かにヤツシは紋章持ちであり、その点確かな力の持ち主ではある。だが紋章持ちはヤツシだけではない。

 正直ムギョウにはヤツシの人間性まで考えたとき、アサギが手放しでそこまで評価する人材には見えなかった。少なくとももっと評価されるべき人材がいるように思えた。


「ヤツシはな……顔が良い。スタイルもな」

「……は?」


 だから続くアサギの言葉に惚けることしか出来なかった。


「意外な理由か?」

「そりゃあ……そうだろう」


 騎士隊の次代の隊長を見た目で選んだ。そんなことが周囲に知られればアサギの評価はどうなることやら。

 流石に呆れるムギョウにアサギはしかし、むしろ明確に自身の考えを述べた。


「朱羅印の任務は防衛だ。他の隊に比べてどうやっても活躍の場が少ない。それでも資金提供元は活躍を求める。他の隊に負けるな。何の為の資金援助か、とな」

「……そりゃまあ、そうだが」

「スポンサーからすれば自分が資金援助をしている隊が活躍し、スポンサーのおかげです、と市営放送で言うからこそ資金援助の意味がある。市営放送に映らない騎士隊は、いつかスポンサーから見捨てられる。その点私は良かった。隊長の中でも紅一点。自分で言うのもなんだが、男共からもて囃される程度には見た目も良い」

「確かに自分で言うことじゃないな」


 口元に皮肉の笑みを浮かべながら、ムギョウはアサギの言わんとすることを理解した。


 朱羅印の市営放送が映したくなるような者でなくてはならない。とアサギは言っているのだ。スター或いはアイドルとなれる存在であることが朱羅印の隊長には求められるのだと。


 それは自身の扱いから学んだ事なのかもしれない。

 アサギはムギョウから見て確かな実力があると思っているが、周囲が、スポンサーが、アサギの何に期待し、評価したのかはムギョウと同じではなかったという事だろう。


「防壁がある以上、朱羅印が手柄を得る機会はそう多くない。かといって都市防衛を捨てて手柄を取りに外に出るわけにも行かない。ならば少ない活躍の機会で他の隊以上の話題をかっ攫わなきゃいけないのさ。その為に必要なのは、隊を率いる人格じゃない。市民の人気を得るビジュアルなのさ」


 そう言いいながらアサギは手を握りしめる。握りしめた手が僅かに震えた。

 ムギョウはアサギの心中を察し、少しだけ話題を反らせる為に軽口を叩く。


「……そうか。しかし知らなかったよ。お前、ああいうのがタイプだったのか?」

「いや? むしろ苦手だな。あのチャラチャラした感じは」

「あ、そう」

「あいつを選んだのは事務の連中が黄色い声援を送るのを見たからだ。私の好みじゃない。まあ、それでも、同じ隊の中で育ててきたんだ。今はそれなりに情も湧くがな」

「……そうか」

「あの件であいつが市民の捌け口になっていることは知っている。言われるまでもなくフォローするさ。ここで潰れられたら今までの苦労が水の泡だ」

「……ならいい」

「噛みつかれた割に気を使うじゃないか? ヤツシが気に入ったってわけじゃないだろう?」

「……お前に気を使ってるんだ」

「おや? もしかして私に惚れてるのかい?」

「アホウ……ただ元同門のよしみだ」





 形はどうあれ義賊の予告日は過ぎた。

 義賊の目的が果たされた以上、少なくとももうこれ以上快楽主義が狙われることはあるまい。

 既に快楽主義は閉店。ワラタダは義賊に縛り上げられた姿のまま騎士達に回収された。今頃取り調べを受けているだろう。


 この件は終わった。

 マナミの人形狩りとしての防衛任務も。


 晴れて戻った訓練場で剣を振るマナミの表情は冴えなかった。


(私は何を期待していたの?)


 自らに問う。答えは出ない、いや、答えたくない自分に気が付く。

 母の治療の為、騎士団に入った。高額の金が必要だった。

 金を稼ぐ為には上に行く必要があった。上に行くためには力が必要だった。

 マナミは凡人だった。どの隊も隊長と呼ばれるものは紋章持ちだ。


 紋章持ちに常人は勝てない。マナミは上に行けない。

 そんな常識を誰かに打ち破って欲しかった。


 ヒトヤを思い出す。

 地下遺跡で見せた、鍛え上げた高ランクの人形狩りに迫る程の動き。

 自分には出来ないことを常人がやってみせた。


 あれが出来るなら、そしてその上があるのなら。或いは紋章持ちに常人が対抗することも出来るのだろうか?


 このままでは母を治せない。そんな現実を否定する常人の力をマナミは求めている。


 なぜ、あの時マナミは防衛任務に参加したのか。

 その問いに答えれば、マナミは騎士としての罪悪感に苛まされてしまう。

 だから解りきった答えを自分に問いながら、解らぬふりしか出来なかった。


 マナミの求めていたもの。常人であろう義賊が紋章持ちたるヤツシを破るその瞬間。それは騎士の任務失敗を願うものだ。


 ある意味でマナミの願いは叶ったが、それはマナミの求めていたものとはかけ離れたものだった。

 少なくとも武力という面で言えば、義賊は朱羅印との、ヤツシとの衝突を避けたのだ。それがマナミには義賊からの答えのように思えた。常人は紋章持ちには勝てないと義賊が言っているような気がした。


 剣を振る自分の手をマナミは見る。

 この訓練の先にマナミ自身がどれほどの力を得られるというのか。


「おい、マナミ。そろそろ休憩行こうぜ……マナミ?」


 コウキの誘いを右から左に。マナミはただ剣を振る。

 不可能だと誰かから言われたからとて、諦められない、諦めるわけにはいかないことがある。





「あの馬鹿が……」


 ムギョウとの談合から帰り、部下から今日訓練城にヤツシの姿が見えなかったと聞いたとき、アサギは無理もないと考えた。

 お前が朱羅印をいつか率いろと常日頃言ってきた。

 その期待に応える為にヤツシはヤツシなりに努力してきた。努力の方向が間違っていなかったとは言えないが。


 若くして期待をかけられ無意識に根付いたエリート意識。次代を担うという義務感が他者に舐められてはならないというプライドに転化し、他の騎士達との衝突に繋がっていることも知っている。特に白獅音のエースとの関係の悪さは、騎士団の中では知らぬ者がいないほど有名だ。

 自分の育て方は間違っていたかもしれない。そう思ったことも一度や二度ではない。

 

 だが、それでもこのようなことをするとは思っていなかった。


(短絡的にも程がある)


 焦りか。

 朱羅印という成果を上げ難い隊で、自分の力を認めさせる。

 その機会を得るはずだった場所で、ヤツシはただの道化であった。


 あれは朱羅印の失敗だ。アサギの失敗だ。ヤツシの失敗ではない。

 しかし、誰が撮影したのか市営放送に映された快楽主義にカバラスが突っ込む映像にはヤツシが映っていた。

 義賊を止められなかった朱羅印の原因はヤツシだ。そんな心ない声がある。


 失った信頼は少しずつ回復するものだ。

 明らかになった貴族街の不祥事に対応し、その上で義賊を捕縛する。

 騎士は正義を執行せねばならない。面子は大事だが、やられたからやり返すなどと言う喧嘩をしてれば良いわけじゃない。


 しかしヤツシはただ義賊の捕縛を優先した。これから処断すべき悪と取引をして。


 水の日、イツクサの日。


 またも訓練場に来なかったヤツシ。不信に思ったアサギは部下に調査を命じた。

 朱羅印はナミナギ派。センターの依頼情報を得るのは簡単だった。


 このタイミングで貼られたシュウジ・ツルナリからの護送依頼。これが本当にシュウジからのものであるならば余りにも考えなしと言わざるを得ない。

 そんな相手の悪事を今まで気付かずに見逃すほど朱羅印は無能ではない。


 アサギはそこから全てを察した。


「如何致します?」

「もう既に出発したのだろう? 追いつけるのか?」

「……いえ」


 暫し考え、アサギは部下に命じた。


「高ランクの人形狩りの所在を確保してくれ。可能な限りで良い」

「人形狩り? ……まさか奴らの中に?」


 義賊がいるのですか? と問う部下にアサギは首を横に振る。


「いや、そう決まったわけじゃない。絶対に違うと言えるわけでもないが」

「では、どういう?」

「もしヤツシが襲われ、敗れるとすれば可能性のある者達はそう多くない」

「それはまあ……ヤツシは紋章持ちですからね」

「ああ。生きて帰ってくるならそれでいい。だが、もしヤツシが敗れる様なことがあれば……」

「……襲った者。義賊の正体はヤツシの手に負えないような武芸者。高ランクの人形狩りである可能性が高い……」

「あくまで可能性だがな。それとウェイブラン。奴らの居場所は最優先だ」

「ウェイブラン……奴らですか」

「ああ……武者の紋章の存在意義を破壊する者達……奴らにだけはヤツシをやらせるわけにはいかない」

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