第36話 義賊の狙い
義賊の予告日を明日に迎えた月の日、ヨイバミの日。
ワラタダが訪れたのは都市の平民街の中でも、都市の外側にあるスラム。通称貧民街であった。
既に使われなくなって久しいのか、一見廃墟のような建築物の中には人間大の大きな箱がいくつも積まれていた。
「急な手配だ。解っていると思うが、高くつくぞ」
「無論承知しております。必ず支払わせて頂きますよ。シュウジ様にはその旨と今後もまたご厚意を頂けますようお伝え頂ければと」
「フン……まあ、いいだろう」
各々の手下を引き連れやってきた廃墟の中で、ワラタダと対面するのはコザンであった。
面倒事に巻き込んでくれやがってという表情を隠すこともなく、しかしこれも仕事と割り切っているのか、ワラタダの媚びるような態度に一応受け入れる姿勢を見せる。
「しかし、よく考えられましたな」
「真面に相手にするから馬鹿を見る。使える者は使えばいい」
ワラタダは予告状を受けた日、どうすべきかをシュウジに相談に走った。
シュウジにとってワラタダは取引先の一つでしかないが、他人には言えぬ秘密を共有する間柄でもある。
シュウジは暫く考えた後、ワラタダに一つの策を与えた。
義賊は所詮盗賊。捕まればただの罪人だ。
市民の中には義賊を応援する者達もいるが、それは彼等が成果を挙げているからだ。
貴族街と平民街の格差。いざとなれば平民街の者は見捨てると言われているようなものだ。加えて、常日頃貴族街の者に使われている鬱憤。平民街の者の中に心の底から貴族街の者達に好意を持つ者などいなかった。
だから義賊が貴族街に住む者の悪事を晒し、その家が潰れる様は爽快であった。
爽快感。一種の酔いだ。義賊が失敗すれば酔いは覚める。
義賊は愚かにも予告状などと言うものを送ってきた。
或いは今までも送っていたのだろうか? 少なくともシュウジは市営放送で予告状等というものは聞いたことがなかった。そしてそれを利用することを考えた。
予告日自体がフェイクなどという可能性は充分にある。だからまず、これを潰す。
予告状を大々的に公にしてしまえば、義賊は予告日にワラタダを襲わざるを得ないだろう。義賊が何者か知らないが、逃亡ルートの確保など、何者かの支援は受けているはずだ。そしてその何者かはおそらく爽快感に酔った市民の中の誰か。そうシュウジは予測した。だから予告状を公にしてしまえば、熱狂する市民の酔いを覚まさぬ為にも義賊は予告日当日、快楽主義を襲わなければならない。
これは面子だ。力をもって皆を率いるものは、強さを証明し続けなければならない。証明するからついてくる者が現われる。それは義賊にも言えることであるはずだ。
その上で大々的に公にする手段として、予告状を騎士団に届けさせた。勿論快楽主義には騎士団には知られてはならぬ秘密がある。だから一方で快楽主義で公にされてはならない秘密を全てこの廃墟に移したのだ。
これで当日義賊が失敗し、騎士団に捕まるならそれでよし。義賊が成功し、快楽主義に忍び込んでもそこには何もない。そういう構図が出来上がる。
ダメージを負うのは騎士団か義賊だ。
「ここに移動する上で幾つかの予約の取り消しをせねばなりませんでしたが、確かにシュウジ様の言うとおり、予告状を公にしたことで仕方なしと納得して頂けました」
「騎士団が動くような案件。そう思えば不満など飲み込むさ。結局快楽におぼれた奴らは、それが消えることに耐えられやしないのだからな」
コザンはそう言いながら積み重ねられた箱に目をやった。
その時、廃墟の入り口から呻き声が聞こえた。
「何だ!」
いち早く気付いたコザンに応じるようにコザンの手下達が入り口に向かって武器を構える。
人目につかぬよう明りもつけずにいた為、その視界は悪い。解ったのは見張りの手下がバタリと倒れたシルエットと音だけだ。
「ワラタダ、貴様
「そんな! ……儂では……いえ」
儂ではない、ならばコザンが尾行されたことになる。
そう察し、言葉を飲み込んだワラタダは、ならば襲撃者を撃退してこの状況を取り返そうとする。
「襲撃者だ! 殺して構わん! 迎え撃てぃ!」
コザンに遅れること何拍か、ワラタダの部下達も武器を構える。
何名かが警戒しながら廃墟の古びたランタンに火を入れていく。
廃墟の中が小さな明りに照らされ、視界が広がった直後、今度はワラタダの後ろから何者かが倒れる音がした。
「なんだ!? コザン殿!?」
倒れたのはコザン。後頭部に突き刺さった短剣。致命傷だった。
無意識に投げた者の姿を目で追うコザンの視界に映ったのは、廃墟故に開いた壁の穴。
(まさか、あの小さな穴から正確に……)
周囲を見回すと他にも壁には穴がある。
その穴の延長線状から逃げるように廃墟の隅へと移動しながら、ワラタダは恐怖に従い声を荒げた。
「何をしておる! 襲撃者を見つけ出してさっさと殺せ!」
しかし既にあっさりと殺されたコザンを見て恐慌状態にある手下達に、戦意など期待できるはずもなかった。
「足を引っ張るなよ、白獅音」
「ええ」
火の日、アマツキの日の夜。義賊の予告日。
アサギに命じられ快楽主義周辺の警備に抜擢されたのはヤツシであった。
赤き武者の紋章を持つ朱羅印のエースと目される彼に、朱羅印隊長のアサギは手柄を与えるべくこの場を任せた。
防衛任務で実績を残す為には都市に攻め入る何者かが必要だ。
そして堅牢な防壁に守られた都市ヒガシヤマトはロイドバーミンの侵入難しく、それ故に手柄を立て難い。
ヤツシを認めさせる、という意味合いもあったが、それ以上に彼の持つ紋章の力にアサギは信頼を置いていた。
朱羅印に属するヤツシは、隊のためにも、自身のためにも、その期待に応えんと気合を入れてこの任に就いた。
この作戦で朱羅印は防壁の上に陣取る者が多い。
街の警備は先に雇った人形狩りで人数を賄っている。
この状況において最も重要な地点であり、しかし人員を割くことが出来ない。
敵が現われればヤツシが対応するであろうが、敵を見つけることがまずは肝要。
そんな中人数を埋める為に、信用できない人形狩りよりはと騎士でもあるマナミがヤツシの指揮下に入れられたのは当然ではあった。
「まあいい。見つけたら報せな。後は俺がやるからよ」
折角のお膳立て。足を引っ張るどうこう関係なくヤツシは義賊を全て自身で迎え撃つつもりであった。
街の警備に人形狩りを動員した朱羅印は言わば現状面子に負債を抱えている状態だ。義賊を捉えるだけでは足りない。圧倒的な騎士の強さを見せつけ、負債を貯蓄へと変える。
そう意気込んでいるヤツシの耳に他の人形狩りの声が聞こえた。
「おい! 突っ込んで来るぞ!」
「うおぉお!」
「なんだってんだ!?」
声の方を見ると夜の闇に閉じた路に火の明りが揺らめく。
その明りは少しずつ大きくなっている。
(こっちに向かってる? 一体何が!?)
混乱するヤツシの視界に少しずつそれは明らかになっていった。
尻尾に火をつけられ、必死に走るカバラス達とそれらが引く荷台。
猛然と向かってくるそれを見たヤツシは数瞬の戸惑いの後、人形狩り達に指揮を飛ばす。
「止めろ! 義賊だ!」
今日他にこのような事をする者もいまい。
ヤツシの推測は正確だったが、指揮は正しくはなかった。
四頭のカバラスと荷台。その前に立ったところで引き飛ばされるのがオチだ。
戸惑う人形狩り達は二の足を踏み、結局カバラスと荷台はまっすぐ快楽主義へと向かってくる。
(クソッ!)
紋章使いとはいえ何でも出来るわけではない。
武者の紋章は勇者の紋章のような絶対の攻撃力を誇るものではなかった。
躊躇い、結局ヤツシはカバラス達が快楽主義へと突っ込むことを許してしまう。
大きな衝突音。嘶くカバラス。横転する荷台。
幌で隠されていた荷台から積み荷が快楽主義の前で散乱する。
「な!? これは……」
荷台から落ちたのは縛られ、猿ぐつわをされたワラタダ。
そして、廃墟に積み重ねられていた箱だった。
箱は全て開けられ、散乱した衝撃でその中身を警備する人形狩り達の前に晒す。
「……ロイドバーミン」
マナミの呟きが散乱した荷物を現す全てだった。
どのような処理をされたのか、人を見ても全く反応せず、物言わぬ人形と化した、それも女性型のロイドバーミンばかりが路上に散らばっていた。
そして散らばったものがもう一つ。
それは写真だった。
ワラタダ達が廃墟へとロイドバーミンの入った箱を運び込むときの写真。
ワラタダ達が箱の前で密談をしている写真。
無数の写真が散らばり、人形狩り達の目に触れた。
ヤツシはふと思い出す。
【予告状】
悪逆なる商いで私服を肥やす娼館「快楽主義」。
翌アマツキの日、その罪を白日の下に晒します。
-義賊 テンメイカイ-
義賊は何もこの日、快楽主義を襲撃するなどと一言も予告状には書いていなかった。
「これはまた……どう言ったらいいのかしらね」
人の口に戸は立てられぬ。
人形狩り達によって昨日起きた事件はすぐさま市営放送の扱うところとなった。
ボンボ武装店で市営放送を見ながら、レミナは眉をひそめた。
「どうにもならんだろ」
同じく市営放送を見ながら、ドヴェルグは冷たく切り捨てた。
快楽主義。借金を返せず廃棄地区へと落ちた女を集め、安く娼婦として働かせる。
その行為に眉をひそめるものはいるが、それが犯罪かと言われれば難しい。
何もしなければ街の外に放り出され、野垂れ死ぬ者達。
彼女達の命を救っている面も確かにあるのだ。
その辺りは都市の人間であればある程度周知していた。義賊のいう悪逆なる行為とやらもそのことだろうと思われていた。それを見た市民の一部が
だが義賊が晒したワラタダの秘密はそれとは大きく違った。
ロイドバーミン、人の敵。
街の防壁も騎士も基本的にはロイドバーミンに対抗する為に存在する。
そんなロイドバーミンを街中に入れる等という犯罪は到底許されるものではない。
許さるのはセンターを通し、停止したことを認められた遺品としての物だけだ。
仮に素人が判断したロイドバーミンの遺体が再稼働し、街で暴れるようなことが起きれば。その様な観点からロイドバーミンの遺体を街に無許可で入れるのは禁止されている。そして運び込まれたロイドバーミンは分解され部品として再利用される。
だがそのロイドバーミンを快楽主義はその形状を保ったまま、都市に無許可で入れていた。
理由は、単純だ。ロイドバーミンの身体を抱きたいという客がいたからだ。
ロイドバーミンは如何なる製作意図か、その一部は性行為を可能とする。
またその機能を持つロイドバーミンは人間ではあり得ぬほどの美しい造形をしているのが大半だ。
人の浅ましい欲望。
都市に住む者達にとって、ロイドバーミンは自身を閉じ込める敵だ。その敵を蹂躙したいという欲望を持つ者がいる。特にそう言った欲望は権力を持つ者に程多い。
快楽主義はただの娼館ではなかった。
処置をして停止させたロイドバーミンを都市に無許可で運び込み、貴族街の乗客相手にロイドバーミンを抱かせるというサービスを提供していた。
その事実を、確かに義賊は白日の下に晒したのだった。晒されたのは平民街にある娼館の不祥事などではすまない。客として通っていた貴族街の住民の闇だ。
「騎士はさんざんだな。これじゃまるで騎士は犯罪者の味方をしたみたいに映っちまう。汚名返上の為にも、何人か貴族街の連中を見せしめに吊るかもな」
「これはかなり貴族街が揺れるわね。」
「それだけじゃねえだろ。裏で繋がってる連中を切り捨ててでも騎士は何らかの手柄を取りに行くぞ」
「……ツルナリグループね」
「義賊の奴ら、一体何を狙ってるんだ? ……マジで都市を敵にしてやり合う気か?」
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