第35話 依頼への反応

 ヒトヤがセンターへと足を運ぶと、いつか見たような騒ぎがセンターのタープテントを中心に生じていた。


 掲示板の張り紙は一つのみ。訪れた人形狩り達は思い思いに仲間や知り合いの者達と話し、情報を行いながら周囲の動向を伺っている。


(さほど希少な状況ってわけでもないのか? それともたまたま続いただけか?)


 地下遺跡の依頼が貼り出された際、周囲の様子から珍しいケースかなのだろうと勝手に考えていたヒトヤだったが、あれからさほど間もなくこの状況である。

 思ったよりもよくある事なのかもだろうか。そうヒトヤは考えつつ依頼内容に目を通した。



【緊急依頼:ランク不問】

 都市警護強化の為、人形狩り諸君に見回り隊への参加を依頼する。


 ・報酬は一人につき一日二万ゼラ。

 ・依頼期間は本日より二週間。

 ・依頼受注者は、その時より依頼完了まで朱羅印の指揮下に入るものとする。

 ・受注後の途中離脱は朱羅印よりの指示あるまで基本許可しない。


 依頼者 ヒガシヤマト騎士団 朱羅印隊長 アサギ・ウェイカー



(騎士からの依頼? ……誰が受けるか)


 依頼内容を見てヒトヤは頭に血が上り、直ぐに帰ろうと考えたが、情報収集は大事だと常日頃教えられていることもある。足を止め、少し悩んだ後にヒメノの座る席へと向かった。


「あら、ヒトヤ。いらっしゃい」

「あ、ヒメノさん。あの……」

「あの依頼ね」

「はい」


 まただ、とヒトヤは戸惑う。ヒメノの前に行くとどうにも緊張して言葉が詰まる。言葉使いもやはりヒメノの前に立つと勝手に変わってしまう。

 ヒメノはヒトヤの戸惑いを依頼に対するものだと解釈し、構わず説明を続けた。


「あの依頼はね、簡単にいうと義賊への対抗処置なのよ」

「……義賊」


 最近ヒトヤには妙によく聞くワードだ。いや、都市で話題であるならば、都市で生きる人形狩りと関わりのあるヒトヤの耳に入るのは当然だ。妙な縁を感じる気持ちを気のせいだと割り切ってヒトヤはヒメノの説明に耳を傾けた。


「義賊が犯行予告をしたらしいの。詳細は伝わっていないんだけど、犯行日程をわざわざ送りつけたらしいのよ」

「……なんでそんなことを?」


 わざわざ事前に宣言する理由がヒトヤには解らなかった。


「捕まらないって絶対の自信がある、というのは大前提だと思うわね。その上で、騎士団はこの件を騎士達への攻撃として捉えているわ。一方で陽動という噂もあるのだけれど、というかこちらが本命と考えているみたいね」


 盗む日、盗む場所。言わずもがな犯行を成功させたいならば、情報は可能な限り知られることなく実行に移すべきだ。

 だが義賊達は犯行を予告した。


 この予告状を知らされた騎士団は二つの可能性を予想した。

 まず予告通りに犯行を行う場合。

 もし成功すれば、それは盗みを行う対象だけではない。わざわざ情報を与えられていたにも関わらず犯行を防ぐことが出来なかった騎士団の評判を地に落す。

 朱羅印が防衛する都市中央の貴族街。その価値は騎士の防衛が手厚いという一点にある。だがその騎士達に突如現われた義賊なる者達の犯行を防ぐ力もない、などということにでもなれば……都市内が大きく揺らぐことになる。


 だが、都市や騎士団はあまりこの線を怖れてはいなかった。

 都市防衛の要、朱羅印。その実力に絶対の信頼を置いているからだ。


 一方その朱羅印は現在警戒態勢の任の下、既に貴族街を中心に都市内を巡回し、いつ義賊が現われても対応出来る状況にある。

 そんな中での予告状だ。騎士団はこの予告状を、陽動を目的としたものと考えた。


 義賊にとって現在の朱羅印の警戒態勢は彼等の目的の障害でしかないはずだ。

 もし、彼等の目的が快楽主義以外の場所にあるのであれば、警戒中の朱羅印を快楽主義に引きつけ、その間に目的の場所を襲う、と算段したと考える方が妥当だ。

 それ程に騎士団とやり合うというのは都市の民にとって馬鹿げたことだった。


 つまり、真面に今の状況で朱羅印とぶつかりたくないと考えた義賊の姑息な作戦。それが予告状であったのだろうと。

 さて、そうなると朱羅印としては困ったことになる。

 本当に快楽主義を狙ってくるならば戦力を集中し、防衛を果たせばいい。

 だが、陽動の可能性が高いとなれば朱羅印は戦力を分散し、都市全体を防衛せねばならない。


 義賊の狙いが解れば良いが、それは義賊に聞かねば解るまい。

 何故快楽主義を指名したのか、その当たりにヒントがあるかもしれないと考える者もいたが、全て推測の範囲。

 結局朱羅印は戦力の分散に付き合うしか手がなかった。


「そこで人形狩りを限定期間騎士団に編入することで見た目の戦力向上を狙ったのよ」


 人形狩りと騎士との確執は誰もが知っている。

 いざとなったとき人形狩りが命を賭して騎士や都市の為に戦うなどと朱羅印は考えていなかった。

 では何故の依頼か。早い話がハリボテである。

 分散すれば人出が減る。ならばその人出を増やせばいい。


 武装した者が多数いる。それだけで人は脅威を感じる。

 実情はどうでもいい。都市全体を隙間なく武装した者が巡回している状況でどんな度胸があれば犯行など行おうと思うのか。


 その為に朱羅印の隊長アサギは人形狩りと騎士との確執を理解した上でこの依頼を出したのだ。

 勿論騎士の面子から考えれば上策ではない。自分達だけでは都市を守れないと言っているようなものだ。

 だが、その点はむしろ義賊への信頼をもってアサギは問題なしと判断した。


 今ほどではないにしろ、常に都市は朱羅印が防衛の任に当たっている。

 その警備を抜けて今まで犯行を達成してきた義賊。

 それ程の腕があるならば、有象無象の人形狩りに捕まる連中ではあるまい。

 いくら多数の武装者が都市を徘徊しているからと言って大々的に予告状を公にされたのだ。義賊の面子を考えれば何らかの行動は起こすはずだ。そして逃げ帰る義賊を街の防壁に監視のために配置した朱羅印で補足し、彼等のアジトを特定する。

 あとは踏み込めば良い。最終的な手柄は朱羅印のものになる。その上で人形狩りなど雇ってもやはり役には立たなかったと言えば良いだけだ。

 

 ヒメノはセンターの受付にすぎない。だからそこまでの事情を知らされていたわけではないが、割と正しくこの状況を推測していた。


「だから多分、そこまでの危険性はこの仕事にはないわ」


 義賊も多数の人形狩り相手に正面切って斬り掛かるほど無謀ではあるまい。

 奇襲などにより戦闘の可能性はあるにしても、そもそも義賊の目的は戦闘ではない。倒れて動かぬ相手ならば目にもくれまい。

 つまりいざとなったらやられたふりをすればいいし、なにより義賊との邂逅確率など、どれほどのものか。


 また朱羅印はセンター有するナミナギ派でもある。それもあってヒメノとしてはこの依頼は是非ともお薦めしたい案件であった。


「だからどう? 珍しくお薦めできる危険性の少ない仕事よ?」

「そうですね……やめておきます」

「え?」


 ただし、薦めている相手は危険があるかどうかで、受ける依頼を決めている相手ではないのだが。


「どうして? ……危険がない仕事が嫌ってわけじゃないのよね?」

「いえ、そんな変人じゃないですよ、俺は」


 実戦経験にもならず、騎士を狙うチャンスどころか、騎士に使われねばならない。

 ヒトヤがそんな仕事を引き受けるはずもなかった。





 ヒトヤが依頼を断った夜、マナミの家にコウキが訪れていた。


「なあ、流石に考え直さないか?」

「直さない」


 素っ気なくマナミはそっぽを向いてコウキの提案を否定した。


「解ってるのか? 依頼がいつ終わるとも解らないんだし。朱羅印の指揮下に入るんだぞ?」

「解ってるわよ。隊長の許可も貰ったんだから、問題ないでしょ」

「そういうことじゃなくて……」


 今日受けた朱羅印からの依頼。

 ムギョウもこの依頼がさしたる危険がないことを解っていた。だから何らかの気分転換になればと、マナミの様子がおかしいと考えていたムギョウは、思う所はありながらもマナミが朱羅印からの依頼をうけることを了承した。


「煩いわね。大体、コウキはヤツシが嫌いなだけでしょ。いがみ合うのは構わないけど私を巻き込まないで」

「いや、そんなことは……ないけど……」

「とにかく、もう決めたことなの。ほら、もう帰って」

「マナミ……おい、ちょ! ……」


 コウキを玄関の外に無理矢理押し返し、マナミは扉を閉めた。


「マナミ! 聞けって! おい、マナミ!」


 締めた扉にもたれ掛かり、外から扉を叩きながら大声で呼びかけるコウキの声を黙殺する。


「私は……あなたとは違うのよ」


 マナミからふと漏れたつぶやきを聞いた者はいなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る