第34話 ウェイブラン

 都市ヒガシヤマトより北へに位置する都市クロノモリ。

 ロイドバーミンや野獣に襲われることがなくとも、大人が歩いて一週間以上はかかる。


 実際にその様なことはあり得ないから、この都市間を移動するのであれば騎士など屈強な者を集め、それなりの規模で隊を編成し、更に見張りや戦闘により長引く旅路に備えて荷物を揃え、その荷物の多さ故に歩みの速度は落ちて……

 前時代の廃墟と、それを覆い、侵食し、視界を塞ぐ樹木をかき分け、ロイドバーミンや野獣を撃退しながら行軍する、死と隣り合わせの一ヶ月。


 ヒトヤが生きるこの時代、都市間を移動するというのはそういうことだ。

 早い話、一般の者達が出来ることではない。


 騎士や人形狩りとて、今生きる都市以外の都市を見たことがある者など希少であろう。

 都市間を移動した経歴がある。それだけで強者と認められる実績となる。


 そんな中、たった二人でクロノモリからヒガシヤマトへ抜けてきた姉弟。

 彼等が持つ身分証明書は確かにクロノモリの物で疑う余地もなく、それ故に彼等の噂は直ぐに門番を務めた騎士から、やがてヒガシヤマトの住民へと広がった。


 中にはとんだホラ話と彼等を嘲る者達もいたが、実際その姉弟の戦いを見れば、その者達は態度を翻した。


 波動転勁。

 クロノモリに伝わる狩りと戦いの為の武術。

 その起源はフーシェもシャオンも、今その技を継ぐ誰もが知らない。

 古にその地に生きた原住民にある、などと言われることもあるが真相など調べようがない。


 武術が趣味や商売の時代ならば、誰が開発したなどという話は立場によっては重視すべきものかもしれないが、戦いが実際にある時代だ。

 明日をも知れぬ身なれば使えるものは使うのが道理。誰が創始者かなど、必要に迫られて習得する者達にはどうでもよいことであった。


「敵の利点を潰し、自分の利点を押しつける。強くあることは常勝を目指す者の最低条件。強さは勝利を得るための要素の一つに過ぎないから。そう教わっただろう?」

「……そうだけどさぁ」

「甘えた声出すんじゃないよ。徒手空拳なんて人間の利点を捨ててるような闘技を好きで選んだのはアンタだろう?」

「好きで選んだんじゃなくて、武器が苦手なんだって」


 波動転勁を伝えるクロノモリにある道場、虎狩道院こしゅどういん

 そこでは決まった武器を教える様なことはしていない。波動転勁における基本的な身体操作をみっちりと仕込まれた後、ひたすら実戦訓練の中で自分に合う武器を探し、極めていくという訓練形式を取る。

 その理念は打たれる前に打て。

 訓練で防具を着けることは許されず、木製の武器を使用し、当たれば勝負がつく。

 必然的に痛みを避け、また勝つために、そこで修行する者は速度を重視した術理を身に着けていく。

 そして互いに速さを鍛えた者同士の訓練の中で、身体能力だけでは躱せぬ一撃を体感する。

 それでもその一撃を躱すため、今度は敵の行動を先読みする術を学ぶ。


 人の利点を道具を使うことだとするならば、シャオンの言うとおり武器を持たずに戦うことを選ぶ者は珍妙と言わざるを得ない。

 選ぶ武器は可能な限りリーチが長く、必殺性があり、さらに連戦を考えるならば丈夫であると尚良い。携帯性もあれば言うことはないが、持てないほどならともかく、優先順位として高くはない。


 その点、素手による戦闘を流儀とするフーシェは道場でもかなり特異な存在であった。


「ていうかさ。剣を使う奴らって、なんで自分の足切らないわけ?」

「泣き言言ってるんじゃないよ」

「泣き言じゃなくて、純粋な疑問なんだけど」

「周りが変なんじゃなくてお前が不器用なだけだからね?」

「容赦ないなぁ……」


 とはいってもフーシェは何も好き好んで徒手空拳を選んだわけではないのだが。

 木剣を振れば自身の足を打ち、木槍を突けば石突で自身の腹を打つ。

 武器を持つと何故か自傷するが、しかし決して無才ではなく、むしろ素手同士の戦いであれば若くして道場最強と言われる程の才と実力を持つ男、フーシェ。

 そんな彼は定期的に行う姉シャオンとの訓練で、シャオンに一方的に叩きのめされて、地面に転がされていた。


「リーチ、つまり後手の不利を埋めるのは先読みの技術。先手を先読みし、無効化して後手を放つ。それができなきゃ後手の利点は押しつけられない。先読みは波動転勁の基礎にして極地だ」

「つまり俺がシャオン姉に勝つためにはシャオン姉の先読みの更に先を読まなきゃならない……いや、言うのは簡単だけどさ」

「いいからやんな」

「鬼かよ?」

「できなきゃ、アンタはずっとこの後もアタシに叩きのめされることになるんだよ」

「心配するなら手加減してくれないかな?」

「アタシの訓練にならないって言ってるんだ。アンタの心配なんかしてない。ほら、さっさと立ちな」


 やれやれとまだ少しふらつく頭を振って意識を集中する。

 不意打ちもできない面と向かった訓練という場でリーチで負ける敵に攻撃する手段は、先にシャオンが言った通り後の先、或いは相手が反応する前に距離を詰めて打ち込む先の先。


 どちらもフーシェには厳しい話だ。

 他の相手ならともかく、速度を重視する波動転勁を同じく身に着けたシャオン。

 彼女もまた無才ではなく、またその武器は武器の中でも長いリーチを持つ槍。

 といっても訓練だ。使用しているのは槍に見立てた木の棒ではあるが。


 先読みの実力は互角。速度も互角。だからリーチの差が明確に勝敗を分ける。


(さて、どうするかな……)


 フーシェが構えると同時にシャオンがジリジリと間合いを詰めてくる。

 シャオンのフーシェに対する作戦はシンプルで容赦がない。

 このまま待っていればシャオンはフーシェを武器の間合いに捉えて突いてくる。

 突きは捉えにくくしかも早い。シャオンの突きとなれば尚更だ。

 捌くのも一苦労だが、仮に捌けたとしても次に繋げるのは、尚難しい。

 シャオンがその瞬間バックステップで距離をとるからだ。

 では槍の間合いに入る直前に踏み込めば? やはりシャオンは慌てることなくバックステップで距離を保ち、槍を突いてくる。


 ある意味フ-シェは正しく先を読めていた。読めた上で勝機を見つけられなかった。 


 槍を掴もうと構えてみれば、シャオンはフーシェの下半身を狙って槍を繰り出した。一撃捌いてダメならば二撃捌こうと構えてみれば、シャオンは乱撃を浴びせてきた。フーシェが跳べばシャオンも跳び、フーシェが身を屈めて突っ込めばシャオンは地面を槍ですくい上げて目潰しを狙う。


 何度も共に戦い、こうして訓練しているが故に互いに相手の手の内は知り尽くしている。だから機転一つでは返せない相性の悪さがフーシェとシャオンの勝敗を分けている。


(なら、今までやったことのないことをやってみるか)


 シャオンの突きが繰り出される。

 フーシェはその突きに自身の拳を合わせた。

 弾かれる槍と拳。このまま踏み込んでもシャオンは後ろに跳ぶだけ。

 シャオンが徹底的に間合いを取る。それがフーシェの敗因であるならば、シャオンを何とか誘い込まねばならない。


 フーシェは弾かれた拳の勢いを使い後方へと跳ねる。


(誘われてくれよ)


 シャオンが体勢崩れたフーシェを追撃すべく踏み込んでくれれば、体勢を崩したフーシェの方が不利ではあるが勝機はある。


「……そりゃねえって、シャオン姉」

「アホか?」


 しかしてシャオンは追撃することなく、しっかりと槍を構え直し、またジリジリと間合いを詰めてきた。当然と言えば当然だ。どうせ勝てる相手に予想外の勝機を得ようと焦る必要など何処にもない。


「なめんな! チィッ! エグッ!? ウゲッ!」


 本日何度目かになるか解らぬ棒の痛みをその身に受けて、フーシェは再度大地に倒れた。





「あー、痛え……」


 訓練が終わり、あちこち痛む身体に嘆くフーシェを見るシャオンの目はどこか冷たい。


「あのボウズみたいにさっさと回復してくれないかね」

「やっぱりそう思ったかい?」


 フーシェとしては不機嫌そうな無言のシャオンが怖くて、空気を変えるために言った台詞だったのだが、シャオンも気になっていたのか、表情から不機嫌さを消して答えた。


「そりゃまあ、防具のおかげ……ってだけじゃ片付かないよな」

「そうだね」


 フーシェとシャオンの二人が思い出すのは、エル=アーサスの変異体の電撃を受けたヒトヤが直ぐに回復し立ち上がり、更には変異体の首を断ち切った瞬間だ。

 回復が余りに早すぎる。

 ヒトヤは電撃を受け、更にエル=アーサスの剛腕で吹き飛ばされた後だ。

 普通の人間なら動けるようになるまでに相当な時間を必要とするはずだ。というか死んでいてもおかしくはない。


 防具の中には耐電性に優れたものもあり、ヒトヤがそれを身に着けていた可能性もある。エル=アーサスの一撃からの復帰も生命の危機を感じたヒトヤが絞り出した火事場の馬鹿力かもしれない。


「それにエル=アーサスを斬った剣筋」

「ああ……ちょっとなんつーか。成長しすぎ?」


 だが土壇場で振り絞った力は無駄が多い。本能に任せて放たれる一撃は、余程修練を積んで身体に技を染み込ませた者でもない限り、力任せのものになる。

 エル=アーサスの変異体の首を断った一撃は、フーシェ達が感心するほどに研ぎ澄まされたものだった。

 生物の首を断つのは難しい。

 人間の細い首とて難しいとされる中、巨獣の首となれば尚更だ。

 硬い骨を避けて斬ることが出来たのはただの偶然だったとしても、断ち斬るためにどれだけの技量がいるのか。


 少なくともフーシェとシャオンが地下遺跡で見たヒトヤの剣は荒く力任せだった。

 それでも体格の割に強い力でロイドバーミンを倒して見せたヒトヤをフーシェ達は称賛していたが、エル=アーサスの変異体に放った一撃は全くの別物。

 仮に地下遺跡より訓練を積み、技を磨いたとして、それをあの状況で体現できるだろうか。

 天才と言われる姉弟とて術を修めるに当たり、それ相応の期間を必要とした。


「紋章持ち……ってことはないよな」

「どの紋章だい? 回復特化の紋章なんて聞いたことないよ?」

「えーと。例えば……勇者かな……実は回復したんじゃなくて耐電性があって。エル=アーサスの一撃は身体が軽いから吹っ飛んだおかげで大したダメージじゃなかった。あの一撃は……俺達を超える超天才が放った奇跡の一撃……とか?」

「勇者なら無理矢理騎士にされるし、仮に廃棄地区生まれで見逃されたとして、あの状況で加減するかい? 勇者ならお返しに雷撃纏って突っ込むなりぶっ放すなりするだろう?」

「そうかもしれないけど。じゃあ……ニューコード?」

「ニューコードは身体機能の一部を強化されるんだろ? 回復能力を強化された超天才ってことで納得するとして、それじゃあレミナ並みのあの索敵能力はどう説明するんだい?」

「そこなんだよなぁ……単純に生まれつき聴覚が良いとか?」

「ニューコードの存在意義が解らなくなるね」

「そういうシャオン姉は? どう考えてる?」

「解るわけないだろ」

「いや。考えようぜ? そこは」

「考えてるからアンタみたいに軽々しく結論を出さないんだよ、バカタレ」

「えぇ……」


 弟は姉に口でも勝てなかった。

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