第33話 予告状

 人形狩りとの面会を終え、エル=アーサスの討伐依頼の報酬をセンターに納めたワラタダは、その足で都市内のある場所へと向かった。

 古びたプレハブのような大きな建屋は一見倉庫のようにも見える。


 その建造物の周囲を様々な武器を手にする者達が見張っていた。


「……ワラタダか」


 見張りの内の一人がワラタダの姿を確認して近寄ってきたが、既に知った顔だ。そこに警戒の色はない。


「ああ。シュウジ殿は?」

「話は通っている。事務所だ。入れ」


 見張りに言われるがまま、ワラタダは倉庫のような建築物の中に入る。

 事実倉庫であるのか、広々とした一階には様々な箱や布を被せられた物が、棚や床に並べられている。

 それらを横目に二階に上り、廊下を進んだ先にある部屋。


 ワラタダがその扉をノックすると、無愛想な返事が返ってきた。


「入れ」

「失礼します」


 部屋に入ると大きなソファに足を組み、両側に露出の多い格好をした女を侍らす男が一人。


「よう。あんまり待たすからこのまま始めちまおうかと思ったところだ」


 女の身体をいやらしく撫で回しながら、嘲るようにその男、シュウジはワラタダを見下す。


「も、申し訳ありません」


 緊張のために流れる汗を拭きながらワラタダはただ謝罪の言葉を述べた。


「それで?」

「え、あ、はい。エル=アーサスの討伐は既にセンターを介し、人形狩りへと依頼済みです。集まった人数は六人。多少費用はかさみますが、中にはランク20を超える人形狩りもおりますれば、討伐については何とかなるかと」

「へえ……誰? そのランク20以上って」

「確か……ウェイブランと名乗っていたかと」

「ほう……ウェイブランね。確かシュラインが……まあいいや。なら獣共の方は何とかなりそうだな」


 ワラタダは目の前の男シュウジの言葉に少し驚きを見せた。

 誰かを信用する。そんな言葉とは無縁の男だと思っていたからだ。

 だからウェイブランの名前だけで依頼は成功すると踏んだ、シュウジのウェイブランへの信頼感はワラタダにとって違和感を強く感じるものであった為、ワラタダは自身は人形狩り自体に特に興味はなかったものの、ふとウェイブランに関心を持った。


「何者ですか? ウェイブランというのは?」

「あ? ああ……なんだったっけ? 北の都市にある武術道場だかなんだかから出て来た戦闘のエキスパートみたいな連中だ。俺も詳しいことはよく知らん」

「はあ……」

「まあ別にそんなことはどうでもいいんだよ。そいつらが失敗したらまた新しい人形狩りを雇えばいいんだ。あの報酬でランク20の人形狩りが釣れる依頼だ。そう解っただけで十分だな」

「……なるほど」


 先ほどの態度を翻すようなシュウジの態度に、ワラタダは逆にいつも通りだと思いながらここに呼ばれた用件を確認する。


「それで、荷物の方は?」

「下に用意してある。とはいえ、現状はまだエル=アーサスがあそこにのさばっている状態だ。高くつくぞ?」

「勿論理解しております。それと、奴隷達は?」

「確保済みだ。帰るときにコザンに聞きな。確か十五人だったか? 上玉だ」

「それはそれは」

「フッ。たっぷり使って稼いでくれ……ただし解っていると思うが……」

「分配を誤魔化すような事は致しません。儂も命が惜しいですからな」

「正しい答えだ」


 話は終わったと手を払うシュウジに従いワラタダは事務所を退出する。

 そしてコザンから奴隷を受け取った後、ワラタダは自身の経営する娼館、快楽主義へと帰って行った。





 数日後エル=アーサス討伐の報に安堵するワラタダの下に、一枚の手紙が届く。


「なんだ……これは?」

「そ、それが、今朝門の隙間に刺さっておりまして」

「誰だ!? こんなふざけたことをする者は?」

「わ、解りません……誰もその手紙を届けた者を見ていないのです」

「見張りは何をやっていた!?」


 ワラタダの手にする手紙。封を開けるとそこにはこう書かれていた。


【予告状】

 悪逆なる商いで私服を肥やす娼館「快楽主義」。

 翌アマツキの日、その罪を白日の下に晒します。

 -義賊 テンメイカイ-


 市営放送で話題の義賊。何度もニュースになることはそれだけの実績を積める力があると言うことでもある。

 そしてまた、ワラタダには義賊が白日の下に晒すと書く悪事の内容にも心当たりがあった。


(……本物か? マズい……直ぐにシュウジ殿に連絡を取らねば)

「店の警備を厳重に固めよ。予告状には来週の火の曜日とあるが、盗人の言うことだ。信用はできん。それとこのふざけた予告状を届けた者を突き止めろ! 何としてもだ! 儂は直ぐにツルナリグループの事務所へ向かう!」






 エル=アーサスの依頼を完了したヒトヤはいつもの日常へと戻っていた。


 いつも通りガラクタを集め、いつも通りアランズマインドへと届ける。

 イノリが出迎えるのもいつも通り。少し違ったのは


「何してるんだ? アイツ」

「神さまに祈っているんだって。明天皇女神あかまのおうめがみ様……だったっけ?」

「なんで?」

「神さまに祈ると救われるだって……都市内の教会でずっとやってたんだって」

「……ふーん」


 祈るだけで救われるならこんなに楽なこともない。

 祈ればクデタマ村は果たして騎士達の刃を避けられただろうか?


(そんなわけはないよな……でも)


 ヒトヤは祈る少女ウミネの行動に全く共感できなかったが、自分には解らない何かがこの行為にはあるのかもしれない。

 教会という自分の知らない場所への興味もあり、気にはなったが今は仕事中。ウミネの祈りを邪魔する必要もない。

 まずはアランのいる部屋へと向かった。


「やあ、ヒトヤ。今日もすまんな。助かるよ」

「気にするな。どっちかといえば自分の為だ」

「そうか。そういえばまた大変な良い依頼を受けたようだな。高い防具を二つも壊されたと聞いたぞ?」

「まあ……」


 死にかけた思い出を笑って話す気にもなれず、ヒトヤは誤魔化すように頭を掻く。


「森林地帯の危険を身をもって実感できたよ」

「若者が成長できたというなら何よりだ。だが気をつけてくれよ? お前に何かがあったらイノリは泣くし、廃棄品集めの人手は減るしでこちらも良いことがない」

「そ。どうも」

「ははは。まあ、今回は運がなかった部分も大きいだろうがな。お前さん達が討伐後センターも騎士を使って調査を入れたらしい。エル=アーサスの巣の近くで人の遺体が見つかったそうだ。廃棄品を売ったとき都市の人間がそう話していた」

「遺体?」

「ああ。斬殺死体だそうだ。といっても食われて白骨化していたそうだがな。推測だが、何らかの理由で人があの場所で殺され、その血の臭いにエル=アーサスが惹かれてやってきた。そして良い水場と餌場があったから新たな住処として巣くったってところだろう。本来危険な森林地帯とは言え、そんなに出会うような脅威じゃなかったはずだが、お前は当たりを引いたらしい」

「嬉しくない当たりだな……奴らに出会ったのは運が悪かった……か。森林地帯ってのはああいうのが沢山いる場所なのかと思ってた」

「今後絶対出会わないとは言わないが、森林地帯とはいえ草原地帯と面した場所など騎士や人形狩りが散々往復しているんだ。そうそう大きな脅威なんてないさ。いきなりハードな連中にぶつかったってことだな」

「……」

「なんなら神様にでも祈ったらどうだ? 効果は保証せんがな」


 笑いながらヒトヤの集めたガラクタを手に自分のデスクへと座るアランを見ながら、ふとヒトヤは暇潰し程度に先ほどのウミネの話をすることにした。


「なあ、アラン。あんたも祈ったりすることあるのか?」

「ん? いや。私にそんな信仰はないな」

「信仰?」

「ああ。簡単にいえば目に見えない、知覚できない存在を信じる心だ」

「そんなのいるのか?」

「知覚できないんだ。証明はできないさ。だから信じるかどうかって話になる」

「……なんでそんなもの信じるんだ?」

「理由は色々さ。信じることに根拠は要らない。救いを求める者に救いの手を差し伸べる存在がいると語れば、信じたくなるのが人間だ」


 そう話すアランの浮かべる表情は皮肉で満ちていた。


「でも信じるやつがいるって事は、救われた奴がいるってことだろう?」

「実績か……そうだな。人生っていうのは大別すれば成功か失敗かだ。成功し救われた者には神が救済されたという。失敗し救われなかった者には神の試練だという」

「なんだそりゃ」


 神とか関係ないじゃないか。そう表情で語るヒトヤを笑いながらアランは続ける。


「成功した者が神の救いのおかげだと言われれば、自身も続きたいと思う者も出る。あいつに出来たなら自分にだって、とな。そうして野望に目覚める者を、活力を取り戻す者を生み出している……という意味では意味があるんだろう」

「祈らなくてもいいじゃないか、そんなの」

「同じ場所で同じような境遇の者が成功するというのが大事なんだ。見ず知らずの人間が成功したって気にもならないだろう?」

「それはまあ」

「だから人を集めるわけだ。それで誰かが成功すれば、その実績が他の者を奮い立たせる。そしてその者を、そうです。あなたにも出来ます。なぜなら神の祝福はあなたにもあるのだから、と後押しする。それが教会だ」

「それで教会って何の得があるんだ?」

「感謝した信者から献金をもらえる」

「……なんか……あんまり良い所に聞こえないな」

「純粋な慈善事業を行う団体なんてない。皆自分の生活がかかっているのだからな」

「……」


 そう言われると否定するのも違う気がする。

 良い場所ではないかもしれないが、悪い所でもないのかもしれない。

 そもそも自分は教会に行くこともない。ならばどうでもいいとヒトヤは教会と祈りについて割り切った。


「まあ、神の試練だからと理由付けされて、我慢して祈るだけというのはどうかと思ってしまうな。私は個人の思想は自由であると思っている。だから祈りをやめろなどと言う気はない。だが、両親を殺されて尚、祈り続けるウミネを見ていると、どうにも痛々しい気持ちにはなる」

「殺された? 誰に?」

「義賊だ」

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