第32話 貴族街の事情
ヒトヤ達がエル=アーサス討伐の依頼を完了した数日後。
「おう、いらっしゃ……」
店の扉を開けた客に、店主としてお決まりの歓迎の言葉をドヴェルグは途中で止めた。ドヴェルグの目には僅かな哀れみが滲んでいる。
「……それ……どうしたの?」
ドヴェルグの店を訪れていたアマゾンスイートの三人も各々思い思いの表情を見せながらその客、ヒトヤを見つめた。
ヒトヤの手には焦げ付き、壊れた防護ベストが握られていた。
ヒトヤにとって四人は見知らぬ他人でもない。話す義理、というほどのものはないのだが、隠すようなことでもない。黙っているのもどうかと考え、防護ベストが壊れた経緯を話すことにした。
「……災難だったな」
「人形狩りにとって死にかけるなんて経験は特別なものでもないでしょう。トータルでプラス。そう前向きに考えなさい」
「……ああ。わかってる……」
エル=アーサスの討伐報酬二十万ゼラ。さらに狩ったエル=アーサスの手を戦利品として届けたことでヒトヤの懐には二十五万ゼラ以上の金が入ってきていた。
レミナの言うとおり金額で言うならば確かにプラスであるし、人形狩りにとって死地からの生還はむしろ誇るべき成果だ。
それだけではない。
フーシェやシャオン、キャリスから学んだ戦闘技術。先の依頼は金以外の面でもヒトヤにとって得たものが大きい。
だがヒトヤとしては思う所もあった。
騎士への復讐を志すヒトヤにとって最も優先的に欲しいもの。それは騎士を超える力だ。そして騎士達は装備、訓練の両面から平均すれば人形狩り達よりも強いというのが周囲の評価だ。
センターで依頼の報告後に言われたキャリスの言葉をヒトヤは思い出す。
「また同じ依頼を受けるときはよろしくして頂戴……そのときは、できればもう少し腕を磨いておいてほしいわね」
人形狩りであり、歳もそう変わらぬであろうキャリスから僅かに感じた上から目線。それは単純にキャリスが生まれから多少高慢な一面を持っているからでもあったのだが、依頼を受けたメンバーの中で唯一深刻なダメージを受けたヒトヤには純粋に自分の力量不足を指摘された様にも感じられて、ヒトヤは僅かに落ち込んでいた。
アマゾンスイートの面々はそんなヒトヤの様子を見て、今は余り触れてやるべきではないと、目で互いの意思を確認する。
一方ドヴェルグとしては防具が壊れた以上、新しいものを薦めるのが店主としての役目。少しだけヒトヤに気を遣いながらも再度防護ベストの購入をヒトヤに薦めた。
「空気が読めないの? こういうときに割り引きとかで客の苦労に酬いるのが良い店主ってもんじゃない?」
「ダメージ喰らった人形狩りに割引してたら定価で売れる時の方が少ねえよ。こっちも生活があんだ」
ドヴェルグは口を挟むレミナを一睨みして、ドカドカと足音を立てながら店の奥へヒトヤに売る防護ベストを取りに行った。
その様子をからかいの笑みを浮かべつつ肩を竦めて見送ったレミナは、ふと思い出すようにヒトヤに視線を向ける。
「そういえばさっきヒトヤが言っていたキャリスって、あのキャリスよね? キャリス・メイソン」
「どのキャリスか解んないけど、部下っぽいのが二人いたぞ。アンドリューとラーナって奴。名字は……聞いたっけ? 覚えてないな」
「アンドリューとラーナなら間違いないわ。メイソンプライドの三人ね。人形狩りの間で一時期話題になったもの」
「有名になる程強い奴らだったのか?」
「いえ、どっちかっていうと別の面で目立ってたわ。あの格好だし」
「……あ、そっちか」
それなりに長い時間を一緒に過ごしたせいでヒトヤは既にキャリス達の格好になれてしまっていたが、確かにキャリス達の格好が人形狩りに相応しいとは、今もヒトヤには思えない。
「それ以上に話題になったのはキャリス達の出自だったけどね」
「出自?」
「キャリスは貴族街の出身なのよ。それなのに……っていってもヒトヤにはイメージし難いわよね」
「?」
ドヴェルグはまだ戻ってくる気配はない。
レミナ達はドヴェルグが手配した新しい装備を受け取る為に来店していたのだが、配達時間より少し早めに来店した為、まだ受け取れていない。
ドヴェルグから装備を受け取るまで、時間を持て余しているレミナは時間つぶしも兼ねてヒトヤに貴族街とキャリスのことを話すことにした。
「貴族街っていうのは俗称で、要は企業のお偉いさん達が住む都市の中央地区を言うのよ」
都市には様々な企業がある。そして企業には経営者が当然いて、彼等は基本的に富裕層である。
都市は防壁と騎士によってその防衛が成り立っている。
騎士の手が届き易い中央の区画ほど、治安はよく外敵に対しても安全だ。
そこで都市は居住区によって住民税を変えている。つまり都市の中央区画に住む程に取られる税金は高くなるわけだ。
更に都市は治めた税金の高さは住民の都市への貢献度の高さであると明言している。加えて防衛隊なる部隊、朱羅印を編成することで貴族街の価値を高めていた。
都市に住む者達にとって都市の維持は自分達の命と生活の維持だ。
都市が出したその御触れによって、貴族街に住むことは富裕層の義務という風潮が高まった。今では商談などで経営者が貴族街に住んでいない企業とは取引しない、などというケースは珍しくもない。
それを抜いてもより安全な場所で人は生きたいものだ。富裕層はこぞって中央区画に住処を移した。
結果取引を円滑にするためにも富裕層が税金の高い場所に住み、高い税金を払えぬ豊かならぬ者達が外側に住むという構図が生まれた。そして、住民が企業経営者となる都市中央区画はいつしか貴族街と呼ばれるようになり、その対比として外側は平民街と呼ばれるようになった。
当然その貴族街で生まれたキャリスの両親は経営者であり、富裕層である。
キャリスに対しても娘が裕福で幸せな暮らしをしていけるよう、企業経営を継がせるべく教育を施していたはずだ。
そんな娘がいつ死ぬか解らぬ人形狩りとしてデビューしたのだ。
しかも本人は特に自分の出自を隠さず、しかもあの格好である。確かに話題にならぬはずがなかった。
「当時は金持ちの道楽か、気が狂ったかって訝しむ声もあったんだけどね。その後の市営放送で流れたニュースでキャリス達が人形狩りになったことに納得する人形狩りも現れ始めたわ」
「何があったんだ?」
「キャリスの両親メイソン夫妻は何者かに殺されたみたいなの」
「殺された?」
「ええ」
メイソン家に何者かが侵入し、キャリスの両親が殺害された。
そのニュースは市民達の間で二つの大きな話題となった。
まず、犯人は都市の中央、騎士達の厳しい警戒網を突破したということだ。とてつもなく難しい犯行だと分析する者もいれば、逆に都市の防衛は充分なのかと疑う者もいた。高い税金を払って住む富裕層達にとって税金の意味を問う内容だ。
中には都市に直接問い合わせた者もいたらしい。
吹き出した都市への不満。それも都市の経済を左右する富裕層の不満だ。
だがその不満は大きな波となることはなく、沈静化する。
彼等がその後都市から何を言われ、沈黙したのか知る者はいない。
そして同時期、同じく市営放送で話題になった者達がいた。義賊達だ。
市営放送で明言されてはいなかったが、都市の住民達は彼等の手による事件であるのではないかと疑った。
そして義賊も犯行声明においてそれを仄めかしたことがあったという。
結果義賊達は騎士達の警戒網を潜り抜け、貴族街で犯行を犯した凄腕の者達であるという噂が広まった。
市営放送で度々義賊達が話題になるのは、住民達の注目度がそれだけ高いことの表れでもある。
「ふーん……義賊って強いんだな。騎士は勿論、あのアンドリューとかラーナも突破したってことだろう?」
「本当に義賊達がメイソン夫妻を殺害した犯人なら、ね」
レミナの説明により状況の理解はできたものの、都市の外で生きるヒトヤにとっては所詮他人事。ただ義賊なる者達がキャリス達を超える腕前を持っている可能性がある。そのことはヒトヤの心に深く残った。
上には上がいる。それも同じ人なれば、つまりやはり人たる自分はまだまだ上にいける。
ヒトヤは無意識に標本となる者を探していた。
いつも訓練をつけてくれるイクサ。まるで追いつける気がしない。力、速さ、技、強くなるほどに、全てにおいて適うものがないと、その差を自覚させられる。
今や教えを受けながらも、どこでイクサを特別視する自分がいる。
イクサの教えに従い本当に自分は強くなれるのか? 時に疑うこともある。
だからヒトヤは無意識に追い求めていた。
強くなる。その為には特別な者でなくていい。自分も強くなれる。そう思いたかった。
多数の強者と出会い、この世に強者と呼ばれる者達が多数いることを認識した先に、ヒトヤはその確信を得る。
強者を多く抱える騎士という組織に打ち勝つならば、特別な強さが必要だ。その矛盾にヒトヤは無意識の思い故に気付いてはいなかった。
来店したときは落ち込んだ表情も見せたヒトヤだったが、その表情は晴れていた。
レミナがヒトヤのその表情に気づき、自分の話がヒトヤの気分を持ち直すのに一役買ったかと機嫌を良くしていると、ドヴェルグが戻って来た。
「レミナ、商品が届いたぞ。放電機能付きの矢、シューティングボルトだ」
「待ってたわ。これでカレンの、というか私達の弱点が埋められるわ」
「そうですね。といっても数の制限がありますから、使用の指示は任せますよ? リーダー」
「解ってるわよ」
新たな武器を手に入れ盛り上がるレミナ達を横目に、ドヴェルグはヒトヤに商品を手渡す。
「それとヒトヤ。新しい防護ベストだ」
「前のと形が違うぞ?」
「前のは二個も壊されて在庫切れだ。本当はランク15以上にしか売れねえんだが」
「俺、まだランク11だけど」
エル=アーサスの討伐でランクは一つ上がったが、15には届いていない。
戸惑うヒトヤにドヴェルグは口元を釣り上げる。
「こいつの製造元、ゴルドマン精工が同ランク帯の新型装備を開発してな。型落ちになったんだ。ランク制限は良い装備を低ランク人形狩りが装備して、なくされるのが痛いって理由でついてるからな。新型が出て、なくなっても惜しくない型落ち品は多少販売に融通が利くのさ」
「へえ」
「といってもランク15が装備する防具だ。性能は間違いねえ。だからそれなりの金額はするけどな。十七万ゼラ。どうする?」
「……買う」
「毎度あり」
早速精算を始めるドヴェルグにレミナが嫌みを含ませて声をかける。
「ヒトヤに甘くない? 私達にはシールドもランク制限があるからって売ってくれなかったのに」
「型落ち品だっつってんだろ? 倉庫で埃被った売れ残りなら考えてやるよ」
「嫌よ。そんな誰にも見向きもされない商品」
「じゃあ文句言うな」
レミナとドヴェルグの言葉の応酬をBGMに、新たな装備をヒトヤは装着する。
調整機構で身体にピタリとフィットした新たな防具を軽く叩く。
気のせいかもしれないが、ヒトヤにはその感触から前の防具よりも頑丈に感じた。
(これならエル=アーサスの攻撃にも耐えられるのかな? いや、そもそも当たんないようにしなきゃな)
防具が壊れた回数だけ死を運良く免れている。そして運とはいつか尽きるものだ。
端末から指定された金額を送信しながら、この防具は今度こそ壊さず大事に使おう。ヒトヤはそう思った。
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